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彼方の昴  作者: 鋏屋
第五章 聖都事変編
34/74

34. 機操士

第二部スタートです。

 大陸歴一六二一年、聖歴二九七年、春。

 帝立ドルスタイン上級学院は新たな年度を向かえた。

 今期はドルスタイン上級学院の選択科目に、新たに『電磁科学科』という科が創設された。この電磁科学科は、もちろんアインノールが開発した『結晶電磁エンジン』と、それに付随する様々な科学技術を研究開発、並びにそれらの技術を習得するための科である。これはアインノールが軍からの寄付金取得の折に、彼たっての希望で新設された学科であったが、この電磁科学科創設にあたり学園側が最も難儀したのが実は講師の問題であった。

 元々科学という概念を持たないカレン界にあって、当然その分野を研究する人間も居ないわけで、講師としての人材など皆無である。その矢面に立たされたのは、なんと錬金科講師のアーノルド・ベルハート子爵であった。

 彼はアインノールの結晶電磁エンジンから電磁甲冑機兵バストゥール開発まで担任講師として立ち回り、その経験を買われて採用となった。

 が、しかしアーノルド本人も科学など全くの素人なので困ってしまったわけだが、そこで学園側は特例としてアインノールに最年少の『学科研究準教授』という立場を与え、電磁科学科の副講師として採用したのである。

 アインノール自身この学園側の人事には疑問を持ったのだが、アインノールは現在の学院文化系学科ではどの現任講師よりも高い知識と技術を持っているため、彼を教える講師がいないという現状である。結晶術科の講師、ユミカ・ミルストーン女史などは自分の結晶術式論理をアインノールに見て貰い、術式構築に間違いが無いかを確認して貰う始末であり、どちらが生徒なのか解らないと言った様子である。

 そもそもアインノール自身、この学院の錬金科にある大型結晶炉を使いたいだけで入学したため、当初の目的は達成しているのであるが、アインノールも仲間と共にいるこの学院に居心地の良さを感じており『準教授』として学徒を続けていたのである。

 そんな理由もあってか、正講師に錬金科と兼任でアーノルド、副講師に最年少の学科準教授であるアインノールを据えるという、前代未聞の体制で電磁科学科はスタートしたのである。

 またそれに加え、他の科にも少なからず変化があった。

 まずミファやガッテ、ミランノ達のいる騎士科は新たに『機操』というカリキュラムが増えた。これは当然読んで字のごとく、電磁甲冑機兵バストゥールを操る為の技術を学ぶための物で、騎士科の必修単位となった。

 ちなみに軍で採用される電磁甲冑兵バストゥール『疾風』の慣熟には、学院側からガッテとミランノが派遣され、操縦技術の説明などが行われる予定だが、それも暫くの間で、ある程度の操縦技術が伝われば後は軍での本格的な運用に向けての訓練が始まるとのことだった。

 錬金科では、従来の錬金科授業に加え、機兵整備コースという選択項目が追加された。これは電磁甲冑機兵バストゥール整備に特化した技術習得科目で、錬金科の生徒は通常の錬金技術と整備技術の二種類の科目から撰ぶことが出来る。この機兵整備コースは卒業と同時に聖帝の国家資格として新たに整備される『機兵整備士』資格への受験資格が与えられる事もあって今後人気が出そうな科目だった。

 そして結晶術科も新たに『結晶石回路技術』という新たな単位が増え、結晶術科の生徒は結晶石回路の構造や回路の制作、調整技術など結晶石回路の一通りの技術が習得が出来る事になる。これも今後、普及するであろう回路を応用した機械の発達に先駆けた技術として、卒業後の進路において大いに人気の科目になるとの予想だった。

 こうして様々な新しい試みが始まるドルスタイン学院は、新年度の新入生を迎えることとなる。


 入学式の講師紹介の折、その末席にアインの姿があった。新入生達は何故生徒が講師の紹介席にいるのか不思議に思ったが、新たに創設された電磁科学科の講師紹介の段で度肝を抜かれることになる。

 正講師のアーノルドに続き、副講師として紹介されたアインに当然新入生の親たちはその人事に訝しんだ。そこでアインの去年の功績を説明することになったが、聖帝指定凶獣であるタイトゥーヌ討伐を成功させた件はどうにも信じられなかったようで、あからさまな失笑を誘発していた。

 しかし学院長や理事、そしてレグザーム宰相閣下と、なんと現皇帝デリムト・マキアヌス・サンズクルス一四世直筆の書状を見せられれば納得せざるを得なかったのである。しかし、やはり電磁科学科は知名度が低く一年生の選択者は少なく、科員のほとんどは二年生と三年生だった。


 入学式から一週間後、初めての選択科目の授業が始まる。

 アインは一般教科の授業が終わり次第、技術棟に向かった。技術棟は本校舎の南側に位置する新設校舎にある。

 ここは去年アイン達錬金科の電磁甲冑機兵バストゥール仮設演習場に隣接されて建てられた新校舎でアインの所属する電磁科学科の他に、錬金科機兵整備コース、本校舎から移った結晶術科の三科にあてがわれた教室がある。ただし錬金科機兵整備コースは座学以外のほとんどを演習場前の大きな整備格納庫で行うため、校舎にいる生徒は電磁科学科と結晶術科の生徒である。

 技術棟に向かうにつれ、何かがぶつかる音とそれに伴った振動が大きさを増していく。脇の木立の間からは赤や青、白と言ったカラフルな色の、何か大きな物が動いているのがチラチラと見えている。そして木立を抜けると急に開けた広い広場、錬金科の演習場に出る。そしてそこには、色とりどりの鉄の巨人達が動き回っており、いつの間にか自分が巨人の国に迷い込んで仕舞ったかのような印象を受ける。

 その色とりどりの巨人達はもちろん、北部で有名な凶獣、岩巨人タイトゥーヌでは無い。電気と結晶術で動く機械仕掛けの電気騎士。カレン界での人類最強の兵器、電磁甲冑機兵バストゥールである。

 演習場では電磁甲冑機兵バストゥール二組四機による模擬戦が行われていた。

 その中でも外装が紫に塗装された一機が、相手にした青く塗装された疾風の一撃をするりと交わし、振り向きざまに手にした木刀で青い機体の脳天に一撃を入れた。これが実剣ならば、青い機体は頭を粉砕され、下手をしたら操縦席の上に配された結晶回路を破壊され機体が動かなくなっていたであろう。

 動きを止めた両者に、後方に控えていた外装を赤く染めた機体から『それまで!』と声が掛かった。すると紫と青の機体はお互いに向き直り、一歩下がって互いに一礼した。

「流石はミファ、もう完璧に乗りこなしてるね……」

 足を止めて電磁甲冑機兵バストゥールの模擬戦を観ていたアインはそう呟いた。

 紫と青の電磁甲冑機兵バストゥールは再びくるりと振り向き演習場の脇の方へ下がると、入れ替わるようにして今度は灰色の機体が二機、中央へ進んでいき、腰に携えた木剣を構え再び模擬戦が開始された。

 アインはその模擬戦を横目で見ながら、地面に両手をついて乗降姿勢になった紫と青の電磁甲冑機兵バストゥールに近づいていった。すると腹ばいになった紫の機体の背中の扉が開き、中から女生徒が出てきた。

 頭に付けた保護具を脱ぐと、美しい金髪がふわりと肩に舞い落ちる様は陽光に照らされて一際美しく、見ている者の心を奪う。そして澄んだ湖面を思わせる碧眼の瞳がアインを見て嬉しそうに踊った。ミファである。

「殿下、お出ででしたか」

 ミファはアインにそう言いながら乗降姿勢の電磁甲冑機兵バストゥールの背中から飛び降りる。その拍子に制服のスカートの裾がパッとまくり上がるが、騎士科の女子生徒は中に膝上までの皮下を吐いているので下履きが露出することは無い。

 乗降姿勢と言っても、立ち上がれば一八フィメ(約九メートル)はある電磁甲冑機兵バストゥールである。腹這いになっても背中から地面までは六フィメ(約三メートル)ほどあるわけで、本来なら縄梯子を使って下りるわけだが、ミファは難なく着地してアインに駆け寄っていった。

「お見事だよミファ。『咲耶姫サクヤ』をもう完全に乗りこなしているようだね」

 アインはそう言ってニコッと笑いかけた。そんなアインにミファは少し照れつつも「はい」と力強く頷き振り返ると、紫色の鎧を纏った電磁甲冑機兵バストゥールを眺めた。

 アインもミファに続いてその電磁甲冑機兵バストゥール、型式番号、昴ロ-ロ式一型(改)『咲耶姫サクヤ』を見上げる。

 この咲耶姫サクヤはアイン達が最初に作った三機の昴ロ-イ式四型『疾風』の壱号機を全面改修した機体で、外装を鱗状装甲スケイルにして軽量化を図り、かつ結晶回路をミファ用に最適化して調整した彼女の専用機である。

 この外装を鱗状装甲スケイルに変更した軽量機体は、聖帝軍でも配備が進んでおり、正式名称は昴ロ-ロ式一型『紫電』と呼ばれる。ミファの咲耶姫サクヤはいわばそのプロトタイプといえるが、咲耶姫サクヤは結晶回路をミファ専用に最適化しており、少々癖のある機体に仕上がっていた。

 彼女の使う『天人流アファーマル・ソリドゥーン』という剣術はスピードと摩擦で相手を『斬る』技である。そのため、それを効率的に行えるようアインの手で直接調整した専用の結晶回路を搭載している。

 通常の外装より装甲の薄い鱗状装甲スケイルのせいか、疾風よりもスリムで女性的な印象を受ける事もあり、アインは前世である日本の古事記に登場する姫の名前を取って咲耶姫サクヤと名付けたのだが、当然カレン界の住人には名前の由来はさっぱり解らないのである。

「初めは少々手こずりましたが、慣れれば確かにこの機体は使い易く感じます。以前の壱号機より格段に反応が早い気がしますね」

 ミファはそう言って両手を何度か握り操縦桿の感触を思い出していた。するとそんなミファを眺めながらアインが「だろうね……」と呟いた。

咲耶姫サクヤは結晶回路に動作のための手順を何カ所か省略した術式を記憶させているんだ。少し複雑な『連結式』という術式と適度な合間で『加速』の術式を割り込ませてある。反応速度が速いと感じるのはたぶんそのせいだろうね」

 とそこへ青い疾風から降りてきた生徒が頭の保護具を脱ぎながらやってきた。乱れた赤毛を手櫛で直すミランノであった。

「あたしも前に乗らせて貰ったけど、反応が早すぎて乗りにくいのなんの…… あたしの感覚では『考える前に動いてしまう』って感じだったわ。あんな敏感な機体に乗ってるミファの気が知れないわ。あ…… 別にアインノール君の調整に文句言ってるわけじゃないからね? 念のため」

 ミランノはそう言って肩をすくめて見せた。

「いえいえ。まあ咲耶姫サクヤの結晶回路はミファの動きや反応に会わせて調整した物ですからね。他の方が使っても使いにくいだけでしょう」

「じゃあさ、あたしの弐号機……『青騎士ブルーナイト』にもあたし専用の回路組んでくれない?」

 とミランノはアインにお願いする。するとアインは「う~ん……」と首を捻りつつ咲耶姫サクヤの隣で腹ばいになっている青い外装の疾風四型(改)を見る。

 この機体はミランノが正機操士を務めていた疾風弐号機に青い塗装の特注鎧を換装した物で、青い鎧にちなんでアインが『青騎士ブルーナイト』と名付けた。もちろんこれは異世界である地球の英語であり、カレン界では『リッデル・ノ・スカーティス』と呼ぶのが正しい。

 がしかし、名前が長いのとミランノ自身アインの『ブルーナイト』という言葉の韻が気に入りその名で呼ぶようになったのである。

 ちなみに、今現在演習場で行われている模擬戦の赤い審判機は以前の疾風参号機で、ガッテが専属で乗り込み、『赤騎士レッドナイト』という名前が付けられている。

「感覚で乗るミファと違って、マイセン先輩の場合は電磁甲冑機兵バストゥールという機械を『理解して操縦する』といった感じですからね。今更下手に回路を最適化しても機体のバランスを崩してしまって、逆に乗りにくくなってしまうと思うんですよ」

「で、でもミファも最初は乗りにくそうだったよ?」

 そういうミランノにアインは首を振った。

「『乗りこなしにくい』と『乗りにくい』は違いますよ。先輩の場合はたぶん後者になってしまいます。今の回路の仕様で経験値を増やしていけば、青騎士ブルーナイトは先輩の動きを覚え、自動的に最適化していくでしょう。でもミファの場合は彼女自身の反応速度に機体の回路伝達が追いつかないんです。ほとんどの戦闘機動が脊髄反射みたいな物ですからね」

 電磁甲冑機兵バストゥールは、その機体に同じ人間が乗り続けると、ある程度その機操士の動きを記憶する機能がある。故に条件反射的な動作もある程度ならこなしてしまうのであるが、ミファのそれはその反応機能すら凌駕してしまうのである。

 その理由は彼女の流派である『天人流アファーマル・ソリドゥーン』にあった。物心ついた頃から気の遠くなるような形の反復練習により技を頭では無く身体で覚えるのが彼女の体得する流派であり、その究極は『無心の境地』である。ほぼ全ての技は反復で身体に刷り込まれた脊髄反射であり、従来の結晶回路ではそれを拾いきれないのであった。

「ふ~ん、なんかよくわからないけど…… あたしの場合は今のままが良いってこと?」

 ミランノがそう首を傾げるとアインは「はい」とにっこり笑って頷いた。

「それにしても殿下、やはり今期はどうにも電磁甲冑機兵バストゥールが足りませんね」

「あ、うん、それそれ。アインノール君、何とかならないかな?」

 ミファの言葉にミランノも大きく頷いてそう言った。

「う~ん、これでも宰相閣下に無理言って先行生産の正式採用疾風素体を五機分回して貰ったんですけどね……」

 アインはそう唸って模擬戦が行われている演習場を眺める。演習場には咲耶姫サクヤ青騎士ブルーナイト、そして審判役をしている赤騎士レッドナイトの他に、灰色の外装を纏った聖帝軍正式仕様の疾風が五機ある。この計八機が現在ドルスタイン上級学院が所有する電磁甲冑機兵バストゥールである。

 以前の三機から比べれば倍以上だが、今期騎士科はこの電磁甲冑機兵バストゥール搭乗科目である『機操』が学べる唯一の修学機関と言うこともあり、生徒が殺到してしまい科目選択生徒が倍以上に増えてしまったのである。当初レグザーム宰相との約束で、相当数の電磁甲冑機兵バストゥールを聖帝直営工房から回して貰うはずだったのだが、聖帝側も軍への配備があるので学院にはある程度生産ラインが安定しないと回せないとのことだった。それでも五機分の素体を回してくれたのは、レグザーム宰相の配慮であったのだが、現状は全く間に合っていなかったのである。

「私の咲耶姫サクヤのせいで、貴重な一機が私以外誰も使えない物にしてしまって…… なんとも申し訳なく思います」

 そう申し訳なさそうにするミファにアインは首を振った。

「いや、ミファの咲耶姫サクヤは『紫電』の試作機でもあるわけだし、その紫電も聖帝軍の正式採用機になったんだから気にすること無いよ」

 そう言って頭を撫でるアインにミファは「はあ……」と頷いた。

「でも一年生もあんなに増えたし、機操の授業も滞るとちょっと問題だよね」

 そう言うミランノにアインはニコッと笑いかけた。

「ええ、そこで一つ思いついたことがあるんです」

 そう言うアインは満面の笑みを浮かべていた。アインのそんな笑顔が何を意味するのかを、ミファとミランノはその経験から知っていたのであった。



皆様、明けましておめでとうございます。

昨年はこんなしょーもないお話しにおつきあいくださり、大変感謝です。

年末から年始にかけてだいぶゆっくり休養しまして、本日より心機一転で第二部をスタートします。

まあ私のことですので、投稿は仕事の都合で不定期になるかも知れませんが、またおつきあいくださると嬉しく思います。

それでは今年もよろしくお願いいたします。

鋏屋でした。

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