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彼方の昴  作者: 鋏屋
第四章 凶獣激闘編
30/74

30. ミファの賭け

 アインの第二射が外れた直後、二体のタイトゥーヌ達は一際大きな威嚇の声を放ち、手にした棍棒を振り上げ二機の疾風に襲いかかった。

 ミファ達はここまでは牽制しつつ後退してきたが、今度はタイトゥーヌをこの場所に縛り付けておかなくてはならない為、その攻撃を迎え撃つ。

 と言っても真正面から受けるような愚を犯さず、敵より俊敏な疾風の機動力を活かし、ミファとミランノは二体のタイトゥーヌを中心に円を描くように立ち回っていた。


「くぅっ!」

 身体が一回り大きいが、意外にも俊敏な耳無しの一撃を、回避出来ないと判断し盾で捌いた弐号機の操縦席でミランノはそんな呻きを漏らした。操縦席に展開する術式で衝撃が緩和されているにも拘わらず、ミランノの身体は激しい衝撃と共に左右に大きく揺さぶられていた。

「やっぱり左腕がやばそう…… くそっ!」

 ミランノは先程投げ飛ばされてから感じている左腕の不調が、盾で受ける度に酷くなっていくのを感じていた。

 電磁甲冑機兵バストゥールの骨格と可動関節は人間のそれを模して作られている。幻象反応金属ティカナイト製の内部骨格も硬さとしなり具合を両立させるため、箇所によっては細い平板を何枚も重ねてあったり、細かな立方体ピースを幾つも繋げたりさせてあったりと、その強度はかなりのものがある。

 しかしながら関節の可動域は人間のそれと変わらず、その動きを妨げない為もあり、関節そのものは骨格ほど強固ではなく、人間同様可動域を超えるような動きや負荷が掛かれば比較的早く損傷する。

 弐号機は先程投げ飛ばされた折に腕の関節が逆方向に負荷が掛かってしまい、関節に若干の損傷があったのである。

 それでも咄嗟に自ら飛んでその損傷を最小限に抑えたミランノの技量は称賛に値する。まともに投げられていたら左腕が肘から完全に折れていたかも知れない。実際左腕の損傷に加え透影板の汚れによる視界不良という状況の中でミランノは良くやっていた。だが、彼女が不利なのは事実だった。そして更に悪い事が重なる。

「冷却水漏れ……?」

 透影板越しに見る左腕腕の肘から、ぼたぼたと水が流れているのに気付き、ミランノはそう言って舌打ちをした。ミランノは即座に左肩の止水弁を閉めるつまみを捻り冷却水の供給を止め、同時に電源供給もカットする。冷却水の循環が行われない鋼線筋肉繊維はあっという間に焼き付けを起こし内部の一時装甲ごと熱溶解してしまう恐れがあるからだ。

 電気供給を遮断された弐号機の左腕が弛緩したようにだらりとぶら下がる。その姿はなまじ人間に酷似しているせいで痛々しい。

「左腕はもう使えない。盾が使えないとなると、後は機動力を生かして避け続けるしか無い……か」

 ミランノはそう言いながら冷却水タンクの残量を示す水量計に視線を飛ばした。メインタンクの水残量は三割ほどに減っていた。続いて見た作戦時計の稼働時間から考えて、恐らく投げられて損傷したときから少量づつ漏れていたと思われた。予備タンクの水量を合わせても稼働時間は残り三時間ちょっとといったところである。

「ゴメンね疾風。後でバーン先輩に直して貰おうね。それで終わったらあたしがピッカピカに磨いてあげる……」

 ミランノはそう愛機に話しかけた。そして操縦桿を握る右手に力を込める。するとそれに反応し弐号機がギリリっと剣の柄を握りしめた。

「だからもう少し我慢して。これは君の力を世界に示すチャンスなんだ。私も頑張るから、君ももうちょっとだけ頑張ろう」

 そう言うミランノの声に応えるかのように座席下の電磁エンジンが鳴き、ポンプの回転数が上がり出す。それはミランノの意志を感知した結晶回路と、そこから発せられた命令伝達が起こす、ごくごく機械的働きなのであるが、ミランノにはそれが弐号機の意志のように感じクスっと微笑んだ。

「君は良い子だね…… よ~し、お姉さんも頑張っちゃうよ。一緒にあいつを倒すんだ!」

 ミランノはそう言って足下のペダルを蹴り込んだ。弐号機は放たれた弓のように全力疾走に移った。


 一方ミファはもう一体のタイトゥーヌを相手にしていた。

 ミファの刀はやはり彼女の流派である天人流アファーマル・ソリドゥーンの技を効率的に発揮できるようで、硬い岩の様なタイトゥーヌの身体を生肉の様に切り刻んでいた。

「はぁっ!!」

 振り回される棍棒をかいくぐり裂迫の気合いと共に繰り出した壱号機の横薙ぎの一閃は、タイトゥーヌのがら空きの脇腹を裂きその体液を周囲にまき散らし、それと同時にタイトゥーヌの口から絶叫のような声が迸った。

 さらに追撃の構えを取る壱号機だったが、もがきながらも遮二無二棍棒を振るうタイトゥーヌの行動で踏みとどまり、再び距離を取らざるを得ないミファは「くっ!」と悔しそうな声を漏らした。先ほどからこういった事が繰り返されており、今一歩攻めきれないミファは苛立ちを蓄積させていた。

 人間相手の斬り合いならフェイントや緩急を付けた攻撃や、わざと隙を作って誘い込むなどという駆け引きが使えるのだが、何せ相手は人間ほどの知性があるかどうかも怪しい化け物である。突然戦闘常識外な機動を示すタイトゥーヌにミファは若干翻弄され気味であった。

 だが完全に翻弄されること無く、少々後手に回るがそれらに対処出来たのは、実は以前ミスリアを交え、参号機をタイトゥーヌに見立てた訓練のおかげだったから驚きである。

 あのときミスリアは怪物役である参号機のガッテに現実感を持たせるために『迫真の怪物の演技を!』と声高に言いガッテに厳しい演技指導しており、人が想像付かない様な動きで参号機と模擬戦を繰り返した。

 もっとも、最終的に訓練はよくわからない方向に進み幕を閉じたのだが、その経験があってか、ミファは今こうしてタイトゥーヌの突発的な常識外の行動に何とか対処出来るのであった。

(レグザーム先輩に会ったらお礼を言うべきかな…… いや、ならばそれを見越した殿下にこそ私は感謝するべきであろう。やはり殿下はすばらしい慧眼をお持ちであると言うことだ。うん、我ながら理由付け完璧!)

 ミファはそんな事を考え操縦席で一人頷いた。ミファのアインへの盲信も筋金入りである。するとそんな事を考えたら苛立ちが消え、ミファの頭は冷静さを取り戻していた。

「レールカノンは次の発射までに六十秒ほど掛かると殿下は言っていた……」

 ミファはそう呟き、操縦席のフレームに取り付けられた時計を見る。先ほど外した発射から既に六十秒は経過しており、もう次弾の発射態勢は整っていると予測した。

「ならば一つ手を打ってみるか」

 ミファはそう言って壱号機に刀を少し引かせた状態で構えさせ、スッと腰を落としてその動きを止めた。

(長くは保たないが、動きを止めさせるのはほんの僅かで良いはず。さすれば殿下は必ずや当ててくれる。私は殿下を信じる!)

 ミファはそう心で念じ、壱号機をタイトゥーヌの真正面から突進させた。タイトゥーヌはそんな壱号機にうなり声を上げなら棍棒を振り上げ迎え撃った。

 ミファは一瞬壱号機に急制動をかけて棍棒の一撃をやり過ごすと、再度突進して手に持つ刀をタイトゥーヌの脇腹めがけて突き入れた。壱号機の刀は岩鎧の皮膚を貫通して脇腹に食い込み、そのまま背中に突き抜けた。

 するとタイトゥーヌは怒号のようなうなり声を上げて棍棒を放り投げ、両手で壱号機の両肩を掴んだ。その衝撃で操縦席には激震が襲い、ミファの身体は大きく揺さぶられながら動きを止めた。

「うぐぅっ!!」

 ミファの口から思わずそんな呻きが漏れる。正面の透影板には刀が深々と刺さったタイトゥーヌの脇腹が映り、その上の主観パネルには唾液の糸を引いたタイトゥーヌの口が映っていた。

 タイトゥーヌが得物を捕まえた喜びか、それとも脇腹に刺さった刀の痛みか解らないが、再度馬鹿でかい雄叫びを放ち、壱号機の両肩を掴む手の圧力を高めていく。すると操縦席はあちこちからミシミシと機体が軋む音が聞こえてきた。ミファはその圧力に負けないよう、操縦桿を力一杯握り締め己の気力を壱号機に注ぎ込む自分をイメージする。すると座席の下のエンジンから悲鳴のような音が上がった。

(負けられ……ない……っ!!)

 ミファがさらにそう強く思うと、壱号機の鋼線筋肉繊維がビクンっと震え、ぴたりと密着していた壱号機が徐々にタイトゥーヌの身体から離れていった。タイトゥーヌに膂力で劣る疾風だが、ミファが渾身の力で注ぎ込むエナにより、結晶術が鋼線筋肉繊維の上限目一杯まで瞬間的に出力を上げているのである。

『殿下ぁ、今ですっっ!!』

 そんな壱号機から大きなミファの声が響き渡った瞬間、けたたましい音と共に衝撃と青白い稲妻のような光が主観パネルから発せられ、操縦席が一瞬パっと明るくなりミファは目をくらませた。

 一瞬の空白の視界から回復したミファは、投影パネル越しに胸から上がそっくりえぐり取られたタイトゥーヌが見え、それがゆっくりと膝から崩れるようにして地面に横たわっていった。

「で、殿下…… 流石…… お見事ですっ!」

 ミファはそう操縦席でアインが居る丘を見やり、静かにそう呟いた。


『あー! 全くもう、みんなして無茶ばっかりだよ! ミファもあれほど言ったのに~っ!』

 二体目の狙撃に成功した参号機から、そんなアインの声が響いた。その参号機の横で、ガッテとラッツはそんな参号機を見上げていた。

「アインの奴、大丈夫か?」

 ラッツが心配そうにそう言う。するとガッテが「たぶん大丈夫だ」と答えた。

「結構イライラしてるみたいだけど、ちゃんと二体目も撃破に成功している。口じゃあーだこーだ言ってるけど頭はそれほど行き詰まってない証拠っすよ」

 ガッテはそう言いながら双眼鏡で再び戦場を眺める。

「さっき盾で受けて以来、弐号機の腕が動いていない。壊れたのか?」

 そう言うガッテにラッツも同じように双眼鏡で戦場を見る。するとガッテの言う通り、弐号機の左腕がブラブラと力なく弛緩しているように見える。

「確かにな。でも残り一体だ。壱号機もいるから何とかなるだろ?」

「う~ん、あのマキアの馬鹿娘が余計な事しなきゃ良いけど……」

 ラッツの言葉にガッテはそう答えた。現状不確定要素は馬で駆けつけてるレイの存在である。確かに足下でうろちょろされたら戦いにくいだろう。

「正直、次で決めてくれよ、アイン……」

 ガッテはそう言って再発射までの膝立ち姿勢のままでたたずむ参号機を見上げたのだった。


少し余裕が出来たのでどうにか1話更新。

私はこのお話で1話分をだいたい4000~5000文字を目安にして更新しているのですが、ここで書いてる方は結構少なめで更新している方が多いようです。

私の場合、ある程度読み応えがないと読む方もアレかなと思いそうしているのですが、もうちょっと少なめの方が連載小説としては読みやすいのでしょうか?

てかそもそも、私の話は読みにくいかもですけど……

どうもあの台詞と地の文に行間を空けるのが好きになれなくて私は詰めて書いているのですが、Web小説の場合、ビジュアル的に空けた方が読みやすいのでしょうか?

ご意見ありましたらお聞かせください。

鋏屋でした。

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