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彼方の昴  作者: 鋏屋
第一章 入学編
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3. 異世界の恩師

 王城に戻った二人は、正門を横手に見ながら城壁を迂回して騎士団伝習場がある裏門に回った。

 西側を向く城の正門は、基本的に王族や大貴族達が使用するもので、数名の衛士達が出入りする者を監視しているが、裏門は出入りの商人や下働き、そして伝習所が近い騎士達が使用しており、守衛の数も正門の半分ほどである。

 ミファは門に居る守衛達に軽く挨拶をし、アインもにこやかに愛想笑いを浮かべて挨拶しながらミファの後について門をくぐった。アインの微笑みに照れながらも小さく手を振る守衛を見ながら、ミファは軽くため息をついた。

(彼女が男だと知ったら…… それもアインノール殿下だと知ったら、彼らはどのような顔をするだろうか…… しかし何だ、この残念で悔しい気持ちは?)

 そんなことを考えながら拳を握るミファ。本物の女である自分が、男であるアインノールに女の魅力で負けていることがちょっぴり残念だったのである。しかしそれが女の本能である事に全く気づいてない彼女であった。


 ミファはそのまま騎士伝習場横の宿舎に行くというので、アインは眠り山羊亭のサンドウからもらった瓶と麺の入った堤をミファに渡して分かれた。さすがに自室のある王族達の住む棟『紅玉の塔』に持ち込めないので、ミファに帝都に行くまで預けることにしたのである。

 アインはメイド姿のまま、王宮の回廊を歩いていたのだが、ふと立ち止まった。

「あ、そうだ、老師せんせいに挨拶してこよう」

 そう言うとアインはくるりと振り向き、歩いてきた回廊を戻った。数回角を曲がり、城の東にある広大な庭を横切って行くと、東の城壁にほど近い外れに小さな小屋があった。アインはその小屋の扉の前で立ち止まると胸元から赤い石が取り付けられたペンダントを取りだし、それを右手で握りしめ、左手をドアのノブに掛けながら何やらぶつぶつと言葉を並べ始めた。すると握った右拳から赤い光が漏れ出した。

接続リンクェルト

 アインが言った瞬間、右拳が一際大きく光り、直ぐに光が消滅した。アインは光が消滅したペンダントを再び胸に仕舞い、ゆっくりとドアを開いて中に入った。

 今アインが行ったのは『結晶術』というもので、この世界の生物が生まれながらに持っている『エナ』と呼ばれる生体エネルギーを『結晶石』という媒体を使って増幅させる事によって起こす超物理現象の事である。アインノールはこの結晶術を、彼の前世である藤間昴が住んでいた世界で『魔法』やら『魔術』と呼ばれていたものと解釈している。

 ただし、この結晶術はその現象を操る為にいろいろな条件や準備、及び技術を必要とし、複雑な術を使おうとするなら、より高度で大がかりな準備と、厳しい条件が課せられる。それに人間が元々内包している『エナ』はそれほど多くなく、しかも操れる現象がそれほど大きくないので、現在のカレン界における人間社会ではほとんど使われていなかった。

 しかしアインは、前世の世界では存在しなかった技術体系であったこともあり、この失われつつある結晶術に興味を持ち、こちらの世界で知り合ったある人物から様々な術を伝授されていた。今彼が使った術も、その人物が扉に施した結晶術に干渉するための物だった。


 中に入ると、そこは外からは想像出来ないほど大きな空間が広がっており、二階家ほどありそうな本棚がいくつも並び、その棚にはびっしりと本が詰まっている。

 本の背表紙には、このカレン界に伝わる文字の物もあるが、そのほとんどが見たことも無い文字で書かれている物で、アインには解読不能だった。上を見ると、そこに天井は無く、無数の宝石をちりばめたような星空が広がっていた。

 しかしアインは別段驚いた様子も無く、慣れた様子で周囲を見回した。

「さてと、どこ行ったかな…… 老師~っ! アインノールです~っ!! 老師~っ!!」

「そんなでっかい声で叫ばんでも聞こえるわい……」

 叫んだ直後に真後ろからそう声がかかり、アインは「うわぁぁぁっ!?」びっくりして飛び上がり振り向いた。するとそこには、アインと同じくらいの背格好の老人が立っていた。

「い、いきなり真後ろはビックリするのでやめてくださいよ、老師」

 未だに激しく鼓動する胸を押さえながらそう言うアインに、その老人は「体と一緒で肝っ玉の小さい奴じゃのう」とぼやいた。

 背は小柄なアインと同じくらいで、日本の着物のような服に、これまた日本の下駄のような物を履いている。子供のような体躯の首から上は、確かに皺の多いが、どことなく幼い印象で何ともアンバランスな感じだ。老師が軽く白髪を掻きあげると、人間で言うこめかみのあたりに、顔とは別にもう一つ目があった。それがきょろきょろと動く様は、なまじ他が普通の人間と変わらないだけに、一際奇怪に見えるのだった。

 このアインが老師《先生》と呼ぶ人物は、その名をアウシス・ペコリノと言い、この帝国領では高名な大賢者である。彼はアイン達人間とは違う『ファンダル族』と言う種族である。

 カレン界には人間の他に様々な生き物が住んでいる。中でも知的で文明を持つ物の代表がアイン達『人間』と、獣のような体を持つ『マキア族』という亜人種。そしてアウシスのような小柄で目を四つ持つ『ファンダル族』だった。

 人口比率は半分が人間、四割がマキア、残り一割がファンダルとなっている。

 一番人口の多い人間は町や村を作りそこで生活するが、マキア族は遊牧生活を好み、家畜と共に移動して生活している。そしてファンダル族は、主に森をその住処として森林の奥深くに自分たちのコロニーを作って生活しており、あまり他の種族と関わりを持たない。

 ファンダル族の特徴は、小柄で目が四つあることの他に、知に長けた者が多く、このカレン界で様々な現象を操る『結晶術』という不思議な術を使う。それと非常に長寿で、人間やマキア族の平均寿命が七〇から八〇歳なのに対して、ファンダル族は八〇〇歳から、中には一〇〇〇歳を超す者も少なくなかった。

 アウシスも現在一千歳を超えているが、歳を数えることが愚かしいと考えているため、自分でも正確な年齢を把握してはいないのである。

 アウシスは一五〇年ほど前、この国の先々代の王と知り合い、個人的な友誼からこの城の一角に自分の拠点を置かせてもらう代わりに、代々国の政について王に助言を与えてきたのである。それで今回『生き返った』とされるアインに興味を持ち、アイン専属の先生を引き受けていた。彼に結晶術を教えたのもこのアウシスだった。

「それで、今日は何の用じゃ? 来週から聖都に行くのであろう? 支度はいいのか?」

 アウシスがそう言うとアインは「ええ」と頷いた。

「これから出発前に色々支度するから、今のうちに老師に挨拶しておこうと思って。この五年間、マジでお世話になりました」

 そう言って頭を下げるアインに、アウシスはふうっとため息をついた。

「マジ…… ふむ、確か『本当に』という意味だったかの? まあお前は人間の中では優秀な教え子だったわい。もっとも、お前の魂はこの世界の理の外にその初源を置くのだから、この世界の人間と同じ尺度で測るのは間違いじゃがな……」

 アウシスはそう言いながらアインを奥に誘った。本棚の回廊の奥には大きめの作業机があり、その周りに椅子が並んでいた。上を見上げると星空しか無いはずなのに、何故かその机には光が当たっており、机の上に置かれた本や洋紙などがよく見える。

 アウシスはアインに椅子に座るように勧め、自らも自分の椅子に座ってアインに向き合った。

「儂はお前にこの世界で生きていく上で必要な知識を与えた。まあそれ以外にも色々教えたがの。特に結晶術はお前の好奇心もあったので普通の人間以上に深い造詣を得ただろう。あの日、儂に『この世界で生きる』と言ったその日から、お前はこの世界では特別な道を歩むことを撰んだ」

 アウシスのそんな言葉にアインはゆっくりと頷いた。

「もう儂からお前に教えるべきことはほとんど無いが、一つだけ忠告しよう。お前の中にあるその知は、この世界では非常に歪な物だ。この地でアインノールとして生きたこの五年間で培った知識では無いぞ? 藤間昴として生きた三五年の元の世界の知識のことだ。

 お前が持つその知識は、この世界では異質な物じゃ。なにしろこの世界の数百年先を行っておるからな。そもそも文明とは知識と経験に積み上げられ、磨かれていかなくてはならん。その課程を飛ばして一気に数百年先の知識だけを得ることは、本来はあり得ないことなのだ。だからアインノール…… いや、藤間昴よ。その知がこの世界どのような影響を及ぼすのか予想が付かない。予測の付かぬ力は、得てして世の理を曲げる事が多いものだ。この儂の言葉、頭の隅に置いておけ」

 そんなアウシスの言葉にアインは「はい」と頷いた。


 アウシスはこの目の前に居る少年が、真にこの世界の住人であったアインノール・ブラン・デルフィーゴではない事を知っている。臨終の折に、再び息を吹き返したアインノールは、何故かそれまでの記憶を何一つ覚えておらず、また言葉すら忘れてしまっており、意味不明な言葉を喋り続けていた。そこで困った国王はアインノールにアウシスを引き合わせたのだった。

 アウシスはアインノールと手振りで数回意思の疎通を行い、アインノールが喋っているのは、何かしらの言語である事を理解し解読をしていった。そしてアインノール自身の口から、自分は別の世界の住人で藤間昴という名前なのだと告白された。

 正直アウシスも信じられなかったが、彼の口から語られる異世界の話は、この時代の人間では想像すら出来ない物ばかりであり、彼が語る『科学』と言う技術体系はこの世界の物理法則にも則ったとても理にかなった理論だった為、アウシスはアインノールの言葉を信じた。これは膨大な知識を内包する大賢者アウシスだからこそと言えるだろう。

 それ以来アウシスはアインノールこと藤間昴の生きた異世界の文明の話を聞く代わりに、この世界の言葉や文化、学問などをアインノールに教えていったのである。つまりアウシスは、このカレン界でアインノールが異世界人『藤間昴』の意識と記憶を持つことを知るただ一人の存在なのである。

 

「しかるに藤間昴よ、お前はその異界の知恵で何を成す?」

 するとアインは少し考える仕草をする。そして何かを思い当たったのか手をパチンと合わせて頷いた。

「世界をもっと楽しくします」

 その答えは漠然としすぎていてアウシスは首を傾げた。

「前の世界での僕の人生は、毎日が退屈で仕方が無かった。大学でロボット工学を研究し、就職した会社は産業ロボットの開発。でも新しい物を作り出すことも無く、既存の機巧の改良やシステムの修復、プログラムのアップデート…… 新しいアイデアを打ち出して図面や企画書を提出してもチャレンジさせて貰えない。来る日も来る日も似たような毎日の積み重ねが死ぬまで続いて、その中に埋もれて、そのうち『それでも良いか』って考えてしまいそうになる……

 でもこの世界に来てからは、毎日が楽しくて仕方が無いです。毎日新しい発見が溢れてる。この世界にこれた僕はラッキーです。この世界は可能性に満ちてる、まさにフロンティアスピリッツを形にしたような世界ですよ! 僕はこの僕の中にある知識を使って、この世界をもっと楽しくしてみたい」

 アインノールは目をキラキラ輝かせて力説した。アウシスはヤレヤレと言った様子で肩をすくませた。

「道楽の為に世界を変えるか…… そんな贅沢な道楽につきあわされる世界もたまった物では無いのぅ…… まあどちらにしても、その知を使って事を成すのなら、この世界でいずれお前の名前は歴史に刻まれることになるじゃろう。それが大賢者としてなのか、それとも史上最悪の悪魔としてなのかは、後の世の人が評価を下すことじゃ。今はその若さと希望を胸に進めば良い」

 そう言ってアウシスはアインに右手を差し出した。

「確か『しぇいくはんど』と言ったかな? 戻ってきたら聖都での馬鹿話でも聞かせてくれ」

 アインはそう言うアウシスにちょっと困ったように眉を寄せた。

「馬鹿話はないでしょう…… まあでも了解です。楽しみにしていてくださいね。行ってまいります、老師せんせい

 アインはそう言いながらアウシスの手を握った。その手には前世でも居なかった、初めて心から尊敬できる恩師への感謝の気持ちが詰まった握手だった。


 

 

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