23. バストゥール出陣
聖都ノルマンからマルゴーン国の王都ゴーン迄は馬車で一◯日ほどだが、広大なマルゴーン領の最北部の都市であるラグマーン市都までは、それからさらに一◯日の日数を要する。アイン達一行はそれを二日ほど短縮してラグマーン市に到着した。
アイン達はそのまま直接市都内に入ることはせずに、一旦市外で待機して打合せをした。聖都ノルマンでの、バストゥールへの都民の慌てぶりを見て、無用な混乱を避ける為の配慮である。
打合せの結果、アインの護衛騎士長を務めるオリビトンとアイン達数人が、先行して調査団駐屯地へ赴き、ことの次第を説明するということになった。内訳はオリビトン他二名の騎士にアインとミファ、後は経理担当としてこの作戦に同行して来た商業科のレントの六人である。
この人選は、まずアイン達は、いくら宰相からのお墨付きをもらっているとは言え、社会的には学生であり、仮にも軍が行う行動に対して余りにも信用性が薄いとの意見があり、色々と面倒な軋轢を生む可能性を懸念し、ならば焔の騎士として知名度の高いオリビトンと、彼が仕える王国の第二王子であり、曲がりなりにも聖帝準子爵を持つアインが行けば、調査団もすんなり納得するだろうと考えたからだった。
レントについては、聖都出発前に彼の実家であるマクファィン商会に、コネで少なからず必要物資の支援をしてもらっており、ラグマーン市都にある商会の支店に支援物資の打合せに行くついでであった。
「やっぱりこっちはあったかいな。戻りたくなくなるなぁ……」
と馬上でオリビトンは呑気にそう言った。
「確かにあったかいですよね。こっちはもう春みたいだね、ミファ」
とアインがミファに声を掛けるが、ミファは「は、はい」と顔を赤くしながら妙に緊張して返事をした。それもそのはずで、ミファはアインを後ろに乗せて馬に乗っており、アインは落ちないようにミファに密着していたのである。
ミファにとっては予想外な幸運(?)なのだが、アインが密着しているせいで心臓の鼓動がアインに聞こえるんじゃ無いかと気が気では無い。もう色々といっぱいいっぱいな感のあるミファであった。
「ねえ、ミファ顔赤くない?」
とオリビトンの後ろに乗るレントがミファに聞く。レントはとっくにミファの気持ちに気がついており、あえてミファにそう言ったのである。
「そ、そんな事は無い」
ミファが照れ隠しに腰の愛刀『景光』を吊るし直しながらそう答え、しかしそれでもレントから顔を背ける姿が何とも微笑ましく、レントは笑いをこらえている。するとアインが「え? ミファ、ホント大丈夫?」と声を掛ける。
「だ、大丈夫です。それより殿下、落ちない様にしっかりと捕まってください」
「あ、うん…… でも走ってるわけじゃないし、大丈夫だよ」
「そ、その油断が禁物なのです」
そんなミファの言葉にアインは「そうかなぁ」と言いながらもミファに捕まる手に力を加えた。こうして、本部に着くまでの時間はミファにとって至福の時となった。そんなミファの照れながらも幸せそうな顔に、オリビトンとレントは少々呆れ顔になっていた。
ラグマーンに駐屯する聖帝軍特別凶獣調査団の仮設本部で、アイン達は指揮官の騎士、ドサップ・バン・クレイオ大隊長と会い今回の説明をした。子細は聖帝軍の北部方面第二師団長であるデルゴル・バン・オズマイル将軍から既に早馬で知らせが来ているそうで、説明はスムーズだった。そして打ち合わせの結果、バストゥールは市都を迂回し、先般タイトゥーヌの襲撃で壊滅したとされているノルダ村の手前のイルガノ村に向かう事になる。イルガノ村にはノルダ村から逃れてきた避難民と、特別調査隊第四隊が駐屯しているらしく、その第四隊と合流することになった。
ノルガノ村はラグマーン市都からさらに北にあり、馬車で二日の距離であるそうで、アイン達はこのラグマーン市都の郊外で二泊し、補給を終えて二日後の朝に出発することになった。
その間に、クレイオ大隊長から「電磁甲冑機兵を見せて欲しい」という申し出があったので、アインはその申し入れを快諾した。レグザーム宰相は軍上がりで、現場の意見を尊重するという話を耳にしている。ましてこの北部方面の責任者は、先日のお披露目でもバストゥールに触れて大いに関心を持っていたオズマイル将軍と言うこともあり、こういった現場の騎士にも売り込んでおけば後々プラスになるとの考えからだった。
アインは早速ドルスタイン学院のバストゥールが待機する待機場所にドサップ等を案内した。
待機所では、二機の疾風に引かせてきたメンテナンスカーゴが展開されており、その横には弐号機と参号機の疾風が乗降姿勢で各部の点検整備を行っていた。壱号機はガッテが乗り込み、整備機材や物資の積み卸しを行っている。その光景はアイン達はおなじみの光景なのだが、ドサップ等調査団の騎士達は目を丸くして見入っていた。
そこへ整備班長であるログナウと弐号機副操縦士であるミランノがやってきてアインに状況を伝える。
「弐号機、参号機共に各部に大きな異常は認められない。壱号機は作業中なのでまだわからんが、恐らく大丈夫だろう。ただ、両機とも足首と膝の関節パーツに摩耗が見られる。まあもっとも、ここまで連続して歩かせたのは初めてだから無理も無いけどな。深刻な物では無いが、本番前の整備では三機とも持ってきた予備部品と交換した方が良いかもしれないな」
アインはそのログナウの報告に頷いた。
「了解です。ただ壱号機だけは足ごとそっくり交換しましょう。ミファは今回の作戦で一番走って貰うことになると思うので。あと整備記録は細かく付けておいてくださいね。今後のための重要な記録情報になります」
アインがそう言うとログナウは「わかった」と頷いた。すると今度はミランノがアインに言う。
「アインノール君、冷却水用の水槽がもうほとんど無いの。地図で見るとこの直ぐ先に湖があるみたいだから、弐号機と参号機の整備が済んだら、あたしとラッツで水の補給に行こうと思うんだ。ポンプで直接汲むからカーゴの前だけ分離して引っ張っていくけど良いよね?」
するとアインが「かまいませんけど……」と呟く。
「でもポンプの電源はどうするんです? 『前部牽引車両』にはまだ電磁エンジンが無いですけど?」
するとログナウが「それは大丈夫」とアインに言う。
「疾風の電磁エンジンから直接取る。それ用に外部接続の為の連結コードを作っておいたんだ。変電器の稼働も実証済みだ。まだ試してないけど他の機器でも使えそうだぜ?」
アインはその答えに満足して「了解です」と嬉しそうに頷いた。最近ログナウはアインに影響されてか、自ら創意工夫して色々な物を作ったり試したりしている。大抵は失敗したり、思った通りに動かなかったりするのがほとんどだが、そう言った積み重ねが科学技術の発展に繋がることをアインは前世で知っている。
電磁エンジンやそれに付随した技術は、アインこと藤間昴が異世界から持ち込んだ知識の産物であり、その知識にたどり着くまでの過程が全く無く、理解しないままこの若者達は数百年先の技術を運用しており、それはとても危うい物だとアインは感じていた。ここまでほとんど自分の趣味だけでやってきてしまったが、これからはその間の過程についても、学んでいかないといけないなとアインは思い始めていた。なのでログナウやミランノのような『やってみよう』『理解してみよう』という前向きな部分を、アインは大事にしているのだった。
それは藤間昴の異世界での職業であった開発技術者として『常に疑問にポジティブであれ』と教えられた理念に基づいた行動なのかも知れなかった。
「いんや~! まんず凄いもんだやなぁ~!?」
とアインの隣でドサップがため息交じりにそう言った。彼は聖帝領最南部のツンガル国の田舎出身で、彼の言葉は興奮するとその地方特有訛りが出てしまい、慣れないとなかなか聞きずらかった。
「ほんずぅ、タイトゥーヌみてぇだっぺよ! あんの『バスターブ』つーのはよぉ?」
「『バスターブ』じゃ無くて『バストゥール』な」
とドサップの言葉にミランノがツッコミを入れる。
「いやいや失礼したっぺ。確かに同じ背ぐらいだで戦えそうだけんど、本当にタイトゥーヌに勝てるんだべか?」
そう言うドサップにアインは「ええ、計算上は」と笑顔で答えた。
「でも実際はやってみないと解りませんね。何せ僕なんて実際にタイトゥーヌを見たことがありませんから」
するとドサップは腕を組んで「応な、あいは、わもひゃっこげたっぞぉ……(おう、あれは俺もビックリしたぞ)」とアインに言った。
「んでも、おまいさん達ゃ、こんの『バスターブ』を見てるから、そうでもなかんがしれんなぁ」
と言ってガハハと笑った。
「だから『バストゥール』な…… てかなんで『タイトゥーヌ』は素で言えるのよ……」
とミランノは小声で呆れたように呟いていた。
ドサップ達はそのほかにも、メンテナンスカーゴでの整備状況などを見学し、本部に帰っていった。凶獣特別調査隊第四隊の駐屯するイルガノ村までは、本部から二人の兵士が道案内に同行してくれるとのことだった。
ミファはアインの隣でドサップ達を見送りながらアインに「強烈な個性の方でしたね」と言った。
「うん、あんまり言葉が良く聞き取れなかったよね。それに僕、リアルで『ガハハ』って笑う人、生まれて初めて見たかも……」
と言ってドサップの小さくなった背中を眺めるアインに、リアルという単語がいまいち理解できなかったが何となく意味がわかったようで、ミファは「ええ、私もです……」と答えるのだった。
それから二日後アイン達はラグマーン市都を出発し、イルガノ村に向かった。
道案内の一人である若い兵士はウェイカー・マットスと言い、ノルダ村襲撃事件の時、村から本部への伝令役を果たした兵であり、今回はその第四隊に復帰するついででもあったのである。
「それにしても凄いよなぁ…… 本当にこれならタイトゥーヌを狩れそうですよ、殿下」
バストゥールの冷却水補給休憩の時に、ウェイカーはそうアインに言った。アインはもちろんウェイカーより年下ではあるが、アインは一国の第二王子であり、聖帝準子爵を持つ王族であるので、平民出のウェイカーとしては、その言葉遣いが敬語になるのも当然であった。
「ええ、僕たちはそのつもりで来たのですから。それとマットスさん? その殿下って呼ぶのはやめましょう。僕は一四歳の学生ですし、そういうのは僕、苦手なんです。アインって呼んでくれてかまいません」
アインがそう言うとウェイカーは少し困った様子で「いや、しかし……」と言葉を濁した。
「僕らの中には貴族じゃ無い生徒も居ますけど、みんな僕をそう呼んでます。だからマットスさんも気にせずそう呼んでくださいよ」
そう言って「ね?」と笑うアインの可憐な笑顔に、ウェイカーは一瞬我を忘れて見とれてしまった。既に皆からアインは男の子だと聞いているウェイカーだったが、その笑顔を見ると疑わしく思ってしまうのだった。
「わ、わかった。じゃあ俺もアインって呼ばせて貰うことにするよ」
そう答えるウェイカーに、アインも「はい、それでけっこうです」と頷いた。
「それでマットスさん、今回の調査隊の目的は具体的に何なのですか?」
とアインはウェイカーに質問した。
「えっと、去年辺りからタイトゥーヌが活発期に入ったんだけど、目撃情報が北部全域にあってさ、奴らの行動が現在どのぐらいの規模なのかを調査するってのが、俺が聞かされている今回の目的だよ」
「ふ~ん、調査だけって事は討伐する場合は別の部隊が動くの?」
するとウェイカーは「当然さ」と言って頷いた。
「第四隊で約五〇人、今回の調査隊全部合わせてもたかだか五〇〇人しか居ないんだ。全員で当たったってあっという間に全滅するよ。もっと活動が頻繁になって、活動範囲が特定できれば後は本格的に軍を派遣するさ。俺たちの仕事はその活動範囲を出来るだけ細かく断定できる情報収集なんだ」
ウェイカーの話にアインは「なるほど」と呟いた。
「確かに活動範囲がある程度断定できないと軍を派遣するのは難しい。軍事行動を継続させるのはお金がかかりますからね……」
「でもアイン達の話みたいに、本当にこれが聖帝軍に配備されればずっと楽になるし、安全になると思うよ。ノルダ村のように襲撃で全滅する村もずっと減ると思う」
「そのためにも、今回は頑張らなくちゃいけませんね」
アインがそう言うとウェイカーは「うん、俺も及ばずながら協力するよ」と言った。するとアインはスッと右手を差し出した。
「左手で僕の右手を握ってください。協力関係や友好の証なんです。お互い頑張りましょう」
そう言うアインの手をウェイカーは少し照れながらもぎゅっと握った。
(王族の貴族って、もっと取っつきにくくて気取った奴ばっかりだと思ったけど、この子は気安いというか、あんまり王族って感じがしないよな……)
握った手を軽く上下に振りながら笑うアインを見ながら、ウェイカーはそんな事を思っていた。




