22. ミランノの恋?
数日後、アイン達一行はタイトゥーヌ討伐に向けて聖都ノルマンを出発し、一路マルゴーン国へと向かった。
出発に際し、ドルスタイン上級学院から、聖都の北門である地神門まで歩きなら二日、馬なら一日掛からない程度の道程なのだが、結局アイン達は一日半で着いた。
電磁甲冑機兵の歩くスピードは人の歩くスピードより速く、走れば馬より速い。十時間毎に冷却水の補給と休息を取っても一日は掛からない筈なのだが、そこに行くまでには大勢の群衆の好奇と驚きの目に晒される羽目になり、細かな足止めを余儀無くされたのだった。
何しろ身の丈一八フィメ(約九メートル)の鉄の巨人が街中を歩くなど、誰も想像すらしない事なので仕方ない。
無用な混乱を避けるために、宰相であるトラヌスより、聖帝軍の旗を貰い、その旗を掲げて歩いているのだが、それでも地神門へと続く聖都街道を行く姿は異様と言う他なく、腰を抜かして動けなくなる者が続出し、その度に足止めを食らうので、結局聖帝軍がルートを先回りして根回しをし、先導する形となったわけである。
また、アイン達の一行は先頭に一機の電磁甲冑機兵、疾風が聖帝旗を掲げ、その後ろに二機の疾風が続くのだが、その二機は巨大な鉄の馬車を牽引していた。
この鉄の馬車は、全長二三フィメ(約十一,五メートル)地上高八フィメ(約四メートル)幅六フィメ(約三メートル)という大きな物で、外装の色が緑をベースとし、黒、茶、白乳色等々、複数の色が混ざったまだら模様であった。まさしく地球で言うところの『迷彩塗装』であるが、カレン界の住人達の目には奇妙な色に映ったであろう。
そもそもカレン界では、騎士による一騎打ちが戦の華などと言われる時代であり、迷彩色で視認性を低めて戦うなどと言う戦術は、いわゆる『卑怯者の戦法』と誹られてもおかしくない。しかしこの馬車はそもそも『移動式野戦整備設備』と言って、戦場で短時間にバストゥールの整備ベースを構築するためにアインが考案した物で、武器を搭載しておらず、出来るだけ見つからない様にする為にあえてこの色にしたのだった。
実習室にあった昴二式電磁力エンジンを搭載しており、箱の側面が展開して、防護フェンスと壁パネルをバストゥールを使って組み立てれば、その場所で一通りのメンテナンスが出来るようになっている。
また前の部分三分の一が電気照明付きの部屋になっていて作戦などを打ち合わせたり、折りたたみ式の寝台で仮眠を取ることもできる。
アインは元々このユニットの車輪を無限軌道にし、電磁エンジンを二基搭載して自走させるつもりだったのだが、資金不足のため現在は両側に兼引用のバーを取り付けて疾風に引かせていたのである。
そのメンテナンスカーゴの後ろには、従来の人間用の馬車が四台と、デルフィーゴ王国の護衛騎士六人の騎馬が続いていて、馬車には錬金科を初めとするバストゥール運用の為の選抜メンバー総勢二〇人が乗り込んでいた。
聖都北門である地神門を出ると、一行のペースはぐんと上がる。さすがに普通の馬車を率いているのでそのペースに合わせる必要があるが、重量が嵩む荷物は全てメンテナンスカーゴに乗せ疾風で牽引しているので馬車を引く馬の疲労が少なく、中々快調であった。
疾風はおよそ一〇時間で冷却水の補給を行うので、その時に簡単な各所点検と操縦者の交代を行っていた。先の耐久テストで解ったことだが、電磁甲冑機兵操縦は想像よりも疲れるのだ。それも肉体的では無く、どちらかと言えば精神力や気力といった部分が著しく消耗する。
これは恐らく結晶回路の副作用では無いかとアインは考えていた。
「動力は電気ですけど、操作と機体制御は結晶回路による結晶術に完全依存していますからね」
というアインの言葉に、冷却水補給時の小休止でラッツと操縦を交代したミランノが疾風弐号機足に腰掛けながら質問する。
「でもアインノール君、あたしは結晶術って使えないよ? たぶんラッツやガッテも」
「でしょうね。結晶術科の生徒だって、一年生はごく単純な術しか使えません。元々この世界の人間には不向きな技術ですからね。便利ですけど」
と言いながらアインはミランノに水筒を手渡した。ミランノは「あ、ありがと」と言ってその水筒に口を付けた。
「でもバストゥールを操っているときは、先輩は実感が無いだけで結晶術を実際使っているんですよ」
「実感が無いだけ…… う~ん、自覚が無いのに使ってる…… ごめん、あたしには良くわかんないや」
とミランノは眉を寄せて苦笑した。
「いえいえ、そうですね…… 例えば、バストゥールを歩かせる時などは、先輩が行う動作はペダルを踏み込むぐらいですよね?」
「歩かせる時……? ええそうね」
「でも実際には、ポンプやファン及び関節等部品の『稼働』、機体の平衡感覚を司る『荷重移動』、自動常起している『加重低減』『衝撃緩和』、眼球水晶の映像を映す『幻視』、先輩の動きを受信する『感知』に、それを繊維に伝える『感伝達』等々…… 他にもありますが、一つの動作だけでも一〇から二〇種類の単純な基礎結晶術を同時に行使しているんです」
アインの言葉にミランノは目を丸くして驚いた。
「そんなに!? で、でもそんな事出来るの? あたしに?」
「実際に乗って動かしてますからね。でも普通ならそんな数の術式を瞬時に組み立てて実行するのは、人間には到底不可能です。しかしそれを可能にするのが『結晶回路』なんですよ」
ミランノは何となく解ったようで「なるほど……」と頷いていた。
「でも先輩、そもそも大がかりな物理現象を起こす高位結晶術っていうのは、実はそう言った単純な術式を組み合わせて連続して繋いでいく物なんです。つまり先輩はバストゥールを操縦している時は、高位術者のそれに匹敵する術式を展開させている事になります。当然その分だけ体内の生体力である『エナ』を消費するので気力が低下するんだと思います」
そんなアインの話を感心して聞いていたミランノは、ふとある事に気づいた。
「あれ? でもあたし、術式なんて何一つ知らないよ? なのに結晶術を使ってるって変じゃない?」
するとアインは「良い質問です」と言いながらにっこりと微笑んだ。
「現在の研究結果では『結晶石は力を増幅する物』だと考えられています。でもこれはたぶん違うだろうと僕は考えます。今回僕らが作った電磁エンジンからバストゥールまでの流れの中で、その定説に一石を投じることが出来るでしょう」
それはまるで生徒に教える教師の言葉のようだった。
「恐らく結晶石の主な機能は『術式記録』『術式削除』の二つです。結晶石はその石に術式を記録させる特性を持っています。術者は無意識で石に術式を記録させ『エナ』を注ぎながら記録された術式の読み込みと書き換えを高速で行っています。そういう書き換えの高速処理に脳が特化している生物ですね。ですが結晶石は一度記録した術式は削除して書き換えない限り石に残り続けるようです。これに新たな『電気』という電荷粒子を流すと、その記録された術式が展開するという現象を発見したことで、僕は結晶回路と言う物を思いついたんです。だからぶっちゃけ術式を記録させた石と電気さえあれば、自分の『エナ』が枯渇するまで誰でも結晶術が使えるって訳です」
そう説明するアインに、ミランノは羨望のまなざしを送っていた。
「やっぱアインノール君って凄いわ…… あたしとは根本的に頭の中身が違う気がする。じゃあ、あたしでも石と電気さえあれば凄い術が使えちゃうって訳よね?」
「ええ、理論的にはそうなります。ただ先ほど言った様に、大きな物理現象を起こす術式はより複雑な式をいくつもつなげて展開しなくてはいけませんから、直ぐに記録容量を超えてしまうので、書き換え処理速度を上げるか、さもなくばつなげる式を記録させた石を沢山使うかですので、高位術者じゃ無ければ仕掛けが大がかりになります。ちなみにバストゥールには八〇〇個以上の小結晶石を使った結晶回路が搭載されています」
「は、八〇〇以上!? そ、そりゃお金も無くなるわ……」
その数を聞いてミランノは呆れたようにため息をついた。
アインの様に術式書き換えの高速処理が出来ればそこまで必要ないが、アインは『汎用』という点にこだわり、誰でも簡単に扱える事を念頭に入れて設計してあった。この辺りのユビキタス的な考え方は、前世の産業ロボット業界時代で染みついた考え方であろう。
「でもマイセン先輩は、本当にバストゥールの事になると熱心ですね。そんなに気に入りましたか?」
するとミランノは「うん、もうぞっこん!」と元気に頷いた。
「うちね、二人兄が居るんだけど、二人とも騎士でさ。あたしも兄様達みたいに騎士になりたいってずっと思ってた。でも父は『騎士は男がなるものだ。女だてらにけしからん!』とか前時代的なこというの。もうそんな時代じゃ無いっての。ミファなんかどうなるのよ!」
ミランノはそう言って拳を振り上げる。
「でもさ、いくら練習したって兄様達みたいに強くなれないのよこれが。ミファみたいに物心ついた時から剣握って血反吐を吐くような修行をしてたなら別だけど、兄様達が始めた歳より早く始めてるのに、その差は縮まるどころか開く一方。父は『女だからだ』みたいなこと言うし…… 騎士科に入ったのだってそんな兄様達と父に認めて貰いたいからなんだ……」
そう言ってミランノは肩をすくめた。そんなミランノを見ながら、アインは(この子も色々あるんだねぇ……)と、心の中で四〇歳らしい台詞吐いていた。
「でもこのバストゥールに初めて乗ったとき、自分がすっごいおっきくなった様な感じがしてさ、そんなちっさいことにこだわってる自分が本当にちっさいと思えるようになったんだ。あたしはあたしなり、おっきくなっていく。少し遅くったって全然平気だって…… そう考えられる様になったのはこの子のおかげなの。だから大好き」
ミランノはそう言って弐号機の脚をポンと叩いた。ミランノは言い笑顔で笑っていた。
「なるほど。ではそんな熱心なマイセン先輩に、一つ良いことを教えてあげます。結晶回路は『記録』する事がその根本になっています。この回路は、何度も同じ動作を繰り返す内に、回路内のルートを記憶する性質があるんです。するとどういうことが起こるのか……?」
アインは悪戯をする子供のような表情でミランノに笑いかける。そんなアインにミランノは「何が起こるの?」と聞き返した。
「その人の動作を覚えた回路は、その人に最適化していくんですよ。つまり同じ回路を使えば使うほど、その人の動作を覚えよりスムーズに術式を展開していくんです。乗って練習すればするほど、バストゥールはその人に馴染んでいくんですよ」
そんなアインの説明にミランノは「へぇ~」と感心していた。
「賢いなぁ、疾風ちゃん。ますます惚れちゃうよ~」
と言いながら足に頬ずりするミランノにアインは苦笑していた。
「なので、沢山かわいがってくださいね」
アインがそう言うとミランノは「もっちろん!」と嬉しそうに頷いていた。




