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彼方の昴  作者: 鋏屋
第三章 凶獣討伐編
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21. アインの失敗

 レールカノンの試射の後、ちょっとした小火(?)騒ぎもどうにか落ち着き、アインは改めて試射の検証を行う事にした。しかしその前に、居合わせた一同から多くの批難の声が上がった事はここに記しておく。

「ホント、焦ったぜ~ 撃った瞬間ビカビカッド~ンっ!! だろ!? でもってバーンっ!! だもんよ。何が起きたのかさっぱり解らなかった」

 ガッテが、いかにもガッテらしい擬音だらけの説明でその衝撃の凄さを物語っている横で、ミランノは砕け散った土台石の破片を靴先でつついていた。

「ねえ見て、この石こっちの面がツルツルになってるよ? ほらこっちも!」

 するとそれを見たアインがミランノに説明する。

「着弾時の瞬間的な高熱と圧力で内側がガラス質化したんですね。玄武岩の融点が確か摂氏一二〇〇度ぐらいでしたから、たぶん瞬間的に一〇〇〇度近い高熱が発生し、内から外に向けて圧力がかかったのではないかと……」

 そんなアインの説明にミランノは「ふ~ん」と答えているが、当然のことながら理解などしてはいない。

「こっちの防護フェンスはここだけ切断して取り替えないとダメだな。鉄板が完全に溶けちゃってるよ……」

 とログナウは溶けて大穴が空いた防護フェンスを覗き込みながら、その断面を見て寒気を感じて身震いした。アイン達が設置した防護フェンスは、全体的な厚みが一フィメ(約五十センチメートル)あり、表裏に厚み二フィッチ(約一センチメートル)の鉄板と間には砂が詰められた物で、底に杭が付いていて地面に刺して建てる物だった。

「中の砂が一度溶けて、それがまた再結晶化してる…… 最初に着弾した的の石を爆砕して尚これだけの熱量を保持してる…… なんで?」

 アインはフェンスの周囲に散らばった黒いガラス質の石を拾い上げそう呟きながら首を傾げる。するとその横でログナウが「これが砂なのかよ!?」と驚いたように言う。

「単なる『運動エネルギー弾(KEP)』のつもりだったんだけど、ちょっと威力が馬鹿げてる。計算値だと初速一二km/sぐらいは出てるはずなんだろうけど、摩擦だけでこんな熱量になるかなぁ? 形成炸薬弾頭でも無いのになんでだろう……?」

 と言いながらアインは腕を組んで考え込んみながら、参号機の方へ戻ってきた。そして今は参号機の手から地面に降ろされた、折れ曲がった銃身のレールカノンと、その弾体を詰めた弾倉マガジンが置いてった。レールカノンの弾体の表面は幻象反応金属ティカナイトで作られており、大きな地球で言うダーツの様な形をしている。

(考えられる可能性としてはこの弾体……)

 アインは考え込んだままその弾体を見つめていた。

(弾体の剛性確保のために急遽使用した幻象反応金属ティカナイト。こいつは元々電気や結晶術に特異な反応を見せる性質がある。電磁誘導で強力な電気を帯びた弾体が、空気との摩擦で弾体周囲をプラズマ化させ、対象と衝突した際にそのプラズマが反力で爆縮を起こした、か……?)

「初速をもう少し遅くしても同じようにプラズマの反力爆縮を起こせるなら、『化学エネルギー弾』のような効果を持つ『運動エネルギー弾』って事になる。使えるかもな、これ」

 アインはそんな事を呟きながら、その弾体を靴の先でコンと小突いた。


 レールカノンの試射をした数日後、アインは参号機を仮想タイトゥーヌに見立てて討伐の訓練を開始した。もう錬金科の普通授業そっちのけであるが、もしタイトゥーヌ一体でも討伐せしめれば、聖帝軍から寄付金が入ると言うこともあって、学園側も全面的に協力して訓練を推奨していた。

 考えてみればとんでもない学校である。

 ガッテが操る参号機(凶獣役)がややゆっくりした動作でミファの乗る壱号機と騎士科二年のラッツ・スターツの操る弐号機に襲いかかり、二機がそれに対処しながら演習場の中央に丸く円の描かれた場所まで参号機を誘いだすという練習を繰り返している。

「それで、どうなのよ? アインノール君」

 その訓練風景をテントに下の観測所から眺めていたアインに、バストゥール用の保護具を着けたままのミランノが水筒片手に声を掛けてきた。

「一体に二機の疾風で当たるのは基本として、目標地点に差し掛かったところで参号機で狙撃。この戦法で行くのは変えません。僕の考えた『時計』を使った戦闘のタイミングにも慣れつつあります。さっきのミランノ先輩も良かったですよ」

 そう言うアインにミランノは「まあね」と言って水筒を一口煽った。

「でもなんて言うか…… いまいちリアリティに欠けますよ、この訓練……」

 アインの言葉にミランノは「リア……何?」と首を傾げる。

「ああ、えっと…… 現実味が薄いなって事です」

「ガッテもただ『がおーっ!』って怒鳴って腕振り回してるだけだもんね。そろそろ飽きてるよきっと。てかそもそもタイトゥーヌって『がおーっ!』って吠えるのかしら?」

 そんなミランノの疑問に「さあ、どうでしょうか?」とアインは答えた。そして腕を組み、少し考えた後「よし」と頷いた。

「こうなったらあの人にお願いしましょう」

「あの人?」

 ミランノはアインにそうオウム返しに聞いた。

「ええ、この訓練がよりリア…… 現実感が出るようにするには、あの人に頼むしか無いです」

 アインはそう言うと、テントを飛び出し、そそくさと校舎に向かっていった。

 そして数時間後――――


『ガッテ! 何度言ったら解るの? 『グワァウォー!!』よ! あなた耳ちゃんと付いていますの!?』

 拡声器で拡大されたミスリアの声が演習場に響き渡る。

『それとミランノ、貴女いま殴られたの、わかって? 右から殴られたのに何で右回りで倒れるのよ~!? それにラッツっ! 貴方も何でそこで突っ立ってるわけ? そこは『だ、大丈夫か!?』と言ってミランノの前に躍り出るって言ったでしょ!? もう皆さん、ちゃんとなさってください! ……あ、ちょっとそこの一年生、私にお水を一杯持ってきてくださる? ……あらやだ、ねえちょっと、この拡声器ってどうやって止めるの?』

 テントの前で仁王立ちしながら、ログナウに拡声器の切り方を教わりつつ、一年生から水を受け取って飲み干すミスリア嬢だった。

「あの…… 殿下?」

 そんな様子をテントの奥で座って見ているアインの横でミファが訪ねる。アインは「なんだい?」と聞き返した。

「何故、彼女に頼んだのですか?」

 そんなミファの声に、再び拡声器で増幅されたミスリアの『こらーっ! そこは顔から行けぇ!!』という声が被った。

「ああ、だってほら、彼女演劇部の脚本担当やってるって言ってたじゃない? だから訓練に現実感が出て良いかな~って思って……」

 そこにまた『だから顔から行けって言ってるだろーがっ! 怖がってて良い演技が出来るかボケぇっ!!』という声が被る。

「現実感…… どうも私には違う方向に行ってる気がするのですが、気のせいでしょうか……?」

『はい右、左、右、右っ! っとそこでアッパーカットぉっ!!』

 ミスリアの声と共に、ズズ~ンっと地響きが伝わり、壱号機がひっくり返った。

「――――――――うん、なんか僕もそんな気がしてる。人選ミス…… だったかなぁ」

『まだ、まだ立つなっ! はいそこでガッテが倒れた壱号機に手をさしのべるっ! その手を掴んだ壱号機はゆっくりと立ち上がる……っ! 良いわ、凄く良いわ、きたきたきたぁ~っ!!』

「ええ、たぶん根本的に間違っていたのかと……」

 ミファはさっきから凄いことになってる訓練風景を眺めながら、申し訳なさそうにアインにそう言った。

『そこで、そこで三機とも抱き合うっ! わぉ~っ! 素敵ーっ! 男同士の友情キタ~っ!!』

 演習場の中央では、何故かタイトゥーヌ役だった参号機も一緒になって抱き合いお互いの健闘を称え合う図が出来上がっていた。

 ちなみに弐号機のミランノは正真正銘の女の子であるのだが、そんな細かいことはもうどーでもいいほどツッコミどころ満載な内容になっている。

『もう、みんな最高よ!』

 と言いながら拡声器片手に、何故か涙を拭いているミスリアと、その周囲を生暖かい拍手で囲んでる錬金科整備班と結晶術科のスタッフ達を、アインとミファは遠い目をして眺めていた。

「うん…… 僕間違ってたね……」

 そんなアインの静かな呟きに、ミファは「はい……」と小さく返したのだった。


 この日から二週間後、アイン達はいよいよタイトゥーヌ討伐に向けて、聖帝領北部、マルゴーン国に出発することになった。 




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