19. 宰相閣下の課題
一通り電磁甲冑機兵も操作し、機体の説明を聞いたトルヌスら視察団一行は演習用仮設整備場を見学した後、学園の応接室に案内され、改めてアインと相対した。
校長から改めて紹介されて、アインはトルヌスやデルゴルをはじめとする政官達に挨拶した。小柄な身体つきと、その少女の様な愛らしい容姿で笑顔で挨拶するアインに、政官達は男子生徒とわかっていながらも、その頬は緩んでしまっていた。
「それでアインノール君、担当直入に聞くが、アレをあの様に我らに見せたからには、我が聖帝軍にアレを託す意思がある…… と受け取って構わないのかね?」
トルヌスはいきなりそうアインに切り出した。アインはそのあまりに直球な先制質問に少々面食らい、眼をパチクリさせた。
(やるなこのおっさん。いきなりそう来るか。流石は哲人と呼ばれる事はあるね)
そんな事を考えながら、アインは「ええ」と頷いた。
「閣下のお考え通り、僕はあれを聖帝軍に使って貰いたいと思っています。今日はそのプレゼンテーションのつもりでした」
そのアインの言葉にトルヌスは首を傾げた。
「プレゼ……? すまない、何だって?」
そんなトルヌスにアインは「あ、すいません」と苦笑しながら恥ずかし気に頭を掻いた。
(ついあっちの言葉を使っちゃうな)
「えっと、すみません。お披露目です。あの様な模擬戦を企画すれば、あの機械の有用性がわかるかと思って」
そんなアインの言葉に、横で聞いていたデルゴルも大きく頷いた。
「確かに、今日はあの鉄巨人の力には驚かされたわい。あれはこれからの戦の様相を変えて仕舞うやもしれん」
するとアインはにっこりと営業スマイルをして見せた。
「流石は聖帝軍の一翼を担うオズマイル将軍閣下、素晴らしい慧眼をお持ちですね」
あからさまなおべっかでも、少女の様なアインの純真なあどけない笑顔で言われると、そう聞こえないから不思議である。その証拠にデルゴルは「そうであろう」とまるで愛娘を見るような目で破顔していた。
「僕には、まだまだ作りたいものが沢山あるのですが、残念な事にあの疾風三機の開発で深刻な資金不足になってしまいました。学園側の予備予算に迄食い込んでまして、このままですと科の予定実習すら出来なくなり、僕たちは単位も取れないのです」
そう言ってアインは悲しい表情をする。その表情の儚さと切なさは、見ている者の庇護欲をそそるに充分な破壊力を有していた。デルゴルや他の政官達もそんなアインに悲痛な表情を見せていた。皆今にも「なら私がなんとかしてやる」と言い出しそうな顔であった。
もしこの場にミスリアが同席していたなら、天然の魔性などと称したかもしれない。
「なので、僕はあれらを聖帝軍に買ってもらおうと考えています」
するとデルゴルは自分の膝を手で打った。
「いくらだ? 儂も個人的に欲しい」
するとアインは苦笑しながら眉を寄せ「すみません」とデルゴルに謝る。
「あの疾風を今すぐ売るとかは考えておりません。僕が売りたいのは、電磁甲冑機兵の製造ノウハ……じゃなくて、製造技術情報です」
「つまり造り方を教える、ということか?」
そういうトルヌスにアインは「はい」と頷いた。
「造り方だけじゃありません。その構造と特性、整備方法、操縦方法、あの電磁甲冑機兵を運用するための技術全てを売ります」
そのアインの言葉にトルヌスは「ふむ……」と呟き腕を組んで一考する。
(技術情報そのものを商品として販売するということか…… 新しい発想だな)
「して、その値段は?」
トラヌスがそう言うと、アインは用意していた羊皮紙の束を取り出し、トラヌスの前に置いた。トラヌスはそれを手に取り、内訳をパラパラとめくって目を丸くした。
「こ、これは幾ら何でも高すぎるぞ!?」
それは聖帝軍の年間予算を上回る金額だったからだ。
「そうですか? 僕の算術で計算した金額なんですが、今後の新型開発の予算も考えればこれでも危ういです」
「馬鹿を言わんでくれ、こんな金払える訳が無い」
そう言ったのはトラヌスの隣で内訳書に目を通していた文官だった。デルゴルも目を通していたが、もともと彼は軍事の専門家であり、正直なところ商取引の数字には強くない。
一様に非難の声が上がるが、その言葉がどれもそれほどきつくないのは、もちろんアインの幼さと容姿にある。背も小さく、少女の様な顔のアインを相手にすると、端から見ればいい大人が幼い子供をいじめている様にしか見えず、ついついあしざまに罵る事が躊躇われてしまうのであった。
当然これはアインの計算の内である。四十歳のしたたかさと十四歳の身体を持つアインならではの交渉テクニックであった。
「アインノール君、これは幾ら何でも無理な相談だ。現実的な数字とは到底思えない」
トルヌスの言葉は、並んだ政官達の胸中を代弁していた。するとアインは眉を寄せ困った顔をして「まあそうですよね」と呟いた。そしてまた新たな羊皮紙の束を取り出し、トルヌスの前に置く。
「では、年間でこの学園にこれだけの『援助』って形ならいかがですか? あくまで研究開発費として、向こう五年間ほどの契期を素にするというのは?」
トルヌスは再びその内訳をめくって唸った。
確かに先ほどの金額から考えればばっさりと削られている。それでも決して安くは無いが、払えない額では無く現実的な数字だった。これもアインの考えた作戦だった。
アインとしても、最初の内訳がすんなり通るなど露程も考えてはいない。あえて初めに莫大な金額を提示することで物の価値を過大に思わせ、次に大幅に下がった金額を提示することで相手に『値引き感』を植え付けるのである。アインの場合、それがどんなに馬鹿げた数字でも『子供の遊び』で片付ける事が可能で失礼とは受け取られにくい。
この新たに出した学園年間援助計画の金額書も決して安くは無く、初めにこれを見せただけでは一蹴されていたに違いないのだった。
「それと、これにいくつかお願いがあります」
そのアインの言葉にトルヌスは眉をひそめた。
「条件を付けようというのか?」
「いえ、これはあくまでお願いです。聞いてくださるかどうかは閣下次第です。仮にもしこのお願いを聞いていただけなくとも、技術提供はするつもりですから」
とアインはトルヌスの質問を否定し、そう付け加えた。
「僕のお願いは、聖帝軍にしても決して悪い話では無いと思います」
とアインは前置きして、話し始めた。
「あの電磁甲冑機兵を聖帝軍が量産配備すれば、当然他の従属国も同じようにバストゥールを整備するでしょう。たとえそれを軍事機密としようと技術の漏洩は確実に起こります。同じ人間が作った物ですので模倣は可能なのは当然の摂理です。
古来から『秘密兵器』とは、『秘密』で無くなった時点でその価値を失います。ですがそれを初めに開発した僕らと、それを最初に整備した者は数年の優位性を持つことができ、常に新しい技術を加え続ければ、その差は中々縮まりません。僕はそれをより優位にするためにいくつかの具体策を考えています」
アインはそこで言葉を一端切り、相手の反応を伺った。皆一様にアインの言葉に耳を傾けている。それはこの十四歳の奇才が、次にどのような事を話し始めるのかという興味があったのだ。
「先ほどオズマイル将軍も仰っておりましたが、バストゥールは全く新しい概念の兵器ですので、戦におけるその運用も特殊な物になります。その戦術と操縦、そして整備などは一朝一夕で身につく物ではありません。そこで僕は、この学園にそう言った技術を習得するための新しい科を作り、人材の育成を図ろうと考えます」
するとトルヌスがそこでアインに問いかけた。
「訓練機関を作るという訳か?」
その問いにアインは「そうです」と頷いた。
「先入観が無い、出来るだけ若い内からの専門的な教育の方が育成も早く質も高い物になります。またこのバストゥールは結晶術を応用していますので、聖帝領内で唯一結晶術の研究機関があるこの学園なら、講師や設備には困りません」
アインのその説明にデルゴルは「なるほど、一理ある」と頷いていた。
「そしてその科で学んだ者の中で、希望者には聖帝軍での採用をしてほしい。操縦者、整備技術者共に。もちろん希望者多数の場合は選抜の試験などもする必要があると思いますけど」
とアインは付け加え、話を続ける。
「とりあえず訓練用に量産機体を二〇体ほど回していただければ、育成もスムーズになるでしょう。
それと同時に…… まあ、これは僕が一番やりたいことなんですけど、このバストゥールを軸とした新たな技術体系の研究開発部門を立ち上げたいです。ここで開発された技術はこの学園で試作試験を行い、実用化の目途が立てば聖帝軍に提供します。その代わりにその開発にかかる費用を負担していただきたいのです」
半ば身を乗り出してその説明をするアインの目は、子供のように(実際子供なのだが)キラキラと輝き、居並ぶ大人達の顔をほころばせた。
「予算内で、と念を押させて貰うがな」
と釘を刺すトルヌスに「も、もちろんですとも」とアインが動揺して答えると、僅かに笑いが起こった。
「それともう一つ、これは学園とは関係の無いことなんですが……」
とアインが前置きする。するとトルヌスが「まだあるのか?」とあきれ顔で聞いてきた。
「はい。と言ってもこれは聖帝軍にとっても重要なことかと思います。それはバストゥールを作成する上で最も重要な部品である結晶電磁エンジンの原料についてのことです」
アインはそう言って乗り出していた身体を椅子に落とし、姿勢を正してトルヌスに対した。
「電磁エンジンの核となる純ゲルベミウム結晶綱石とその外殻に使用している幻象反応鉱は、現在聖帝領内では我が祖国であるデルフィーゴ王国が唯一の採掘国です。先ほど申しましたが、この技術が広まるのは必然ですので、両鉱物の輸出量は飛躍的に拡大するでしょう。ですが僕は無計画にそれを輸出するのは危険と考えています。そこで僕は国元に打診し、輸出ルートを限定しようと考えています」
アインはそれまでの学生という趣を脱ぎ去り、この時はデルフィーゴ王国の第二王子、アインノールとしてトルヌスに話していた。
「輸出ルートを限定とは、具体的にはどうするのだね?」
トルヌスも話の温度が変わったことを察知してか、聖帝宰相としての顔でアインに望んでいた。
「両鉱物の輸出に掛ける税率を上げて、取引先を限定したいと思っています。その取引先には特約として税率を下げ、他の取引先には三割から四割ほどの税を掛けて輸出量を制限します。ですので閣下はその特約店から両鉱物を仕入れるよう手配してほしいのと、我が国への当面の防衛体制の強化をお願いしたい」
トルヌスはアインの言葉に「ふむ」と呟いた。
「その理由は?」
「先ほども言いましたけど、材料さえそろえば技術の模倣は可能です。他の国々が無計画にあれを作って配備しだしたら、現在の軍事的均衡は崩れてしまいます。技術の波及が止められないのなら、その材料を押さえて調節するしかありません。その特約店には、販売の帳簿を毎月提出させ、どの国にどれだけ売ったのかを把握し、場合によっては我が国からの輸出を止めます。これである程度の均衡を保つことが出来るでしょう」
アインのその話に、トルヌス以下、居並ぶ政官達はアインの先見性に驚いて声も出なかった。十四歳の少年とは思えない、知識と知恵、それに先を見る目を持っていることに畏怖さえ感じたのである。
(これは、ミスリアでは手に負えんだろう。先に話を聞いていた私ですら見誤るところだった)
とトルヌスは心の中で呟く。トルヌス自身、話の途中から目の前の少女の様な少年が十四歳であると言うことを念頭から外して聞いていたのである。
「それと同時に、唯一の産出国である我が国は、そう言った意味では最も危険な国になります。情けない話ですが、我が国の力では周辺諸国から攻撃されれば自国を守り切れるのは無理でしょう。唯一の採掘国である我が国が他国の手に落ちれば、先の計画は根底から破綻し、軍事均衡は崩れてしまいます。
我が国も両鉱物でこれから利益が出れば、それなりに防衛費として国防に金を回せますが、現時点では不可能なんです。なので当座の防衛に聖帝軍の力をお借りしたいと思う次第です」
アインの言葉に、トルヌスは「なるほど」と納得いったように頷いた。
(バストゥールの性能を見せつけ高値で売りつけた後で、自国の弱みを告白して慈悲を請う…… 自らの優位性を下げること無く、相手の自尊心をくすぐる話の持って行き方は見事と言うほか無い。人の心理を突く、恐ろしいまでの交渉術だ)
トルヌス自身も、一連の交渉が安くは無いが、決して高い買い物では無い。むしろ数年後には利になるのでは無いかと思えてくる内容だった。彼の隣に並ぶ政官達も、皆一様にアインの話に飲まれている様子だった。
(だが、全て丸め込めると思われるのは私の趣味じゃ無いぞ? アインノール)
トルヌスはそう心の中で目の前のアインに言った。
「話はよくわかった。私としても、とても興味深く、また有意義な話だ。前向きに検討したい。だが、こちらからも一つ君にお願いしたいことがあるのだが、聞いてくれるかな?」
そんなトルヌスの言葉に、アインは「なんでしょう?」とすました顔で聞いた。
「バストゥール導入の件から始まる一連の君の話は、私も是非前向きに検討したい。しかし政の世界では個人の意見だけではどうにも出来ないことがある。得に金の件は個人の裁量のみで決断する訳にはいかない。我が聖帝には議会の裁可を下す『元老院』という組織があってな、そこにいる頭の固いご老人達を納得させるだけの材料が無ければならないのだよ」
トルヌスの言葉にアインは「なるほど」と頷いた。
「現在バストゥールには、何の実績もない。実績の無い物をいくら喧伝したところで、あの老人達には一蹴されるだろう」
「つまり、目に見える結果を作ってこい、と言うことですね?」
トルヌスの言葉を先読みしたアインの言葉に、トルヌスはニヤリと笑いながら頷いた。
「先日、北部のマルゴーン領で凶獣調査をしていた軍の調査隊が野営地の村で『タイトゥーヌ』に遭遇してな、幸いすぐさま村人と共に撤退したので隊員に死者は出なかったが、村は全滅し、村人数人の死者が出る事件があった。戦力的に調査隊では討伐など不可能なのでそのままになっており、またいつ他の村が襲われるか解らない状況だ。そこで、君の三体のバストゥールでタイトゥーヌを狩れないものだろうか? 全て狩れとは言わん。一体でも狩れるなら、それだけで元老院を納得させるに十分な戦果になる。当然軍も支援はするが、どうだね? 挑戦してみる気はないか?」
トルヌスはそう言ってアインを見る。アインはそんなトルヌスにとびきりの笑顔を見せて笑った。
「もちろん、そのクエスト、引き受けさせて貰います!」
そう言うアインの言葉の中に、聞き慣れない単語がありトルヌスは少し首を傾げるのだった。




