18. お披露目
ミスリアとの交渉(?)の後、数日後レグザーム宰相から学園に視察訪問の知らせが届いた。視察の名目は、若い人材育成におけるドルスタイン上級学院の修学状況の確認とのことだったが、いつもは文部官による定例視察であるのに対し、今回は予定日より三ヶ月も早く、しかも宰相自ら視察に来ると言うことで、明らかにアインによるミスリアへの打診が物を言った形である事は明白だった。
急なその知らせに学院側は大慌てだったが、アインは一人ご満悦と言った様子で、その日に合わせて仮設演習地での、錬金科、結晶術科、騎士科合同主催による電磁甲冑機兵模擬戦大会なる物を企画し、学園側に企画書を提出していた。
学園側の校長を始め、職員達は初めは難色を示していたが、アインが説明した『補助金獲得計画(仮)』を聞くと一転してその態度を好変し積極的に協力するようになり、その日は全校上げての観戦日として通常授業をお休みとしてしまったのである。
もはや、当初の視察名目である『学院の修学状況の確認』などはガン無視状態で、各科で出店などまで用意するというお祭り騒ぎと化してしまっていた。
そして当日、馬車から降りたレグザーム宰相以下、政官、文官、それに武官の一行は、門の上に堂々と掲げられた『歓迎、視察訪問御一行様!』と『祝、第一回電磁甲冑機兵模擬戦大会』と書かれた看板に面食らいながらも、錬金科野外演習場(仮)に急遽設営された『円形闘技場』に案内され、『特別迎賓席』に座らされたのである。
「何が始まるのかね……? んっ!? そなたミスリアか!?」
何故か猫耳を頭に付け、少々短いスカートのメイド姿の女生徒からカフィエを受け取ろうとしたトルヌスは、その女生徒がミスリアである事に気づき驚いた。
「これから、ちょっとした催し物が始めるんですよ、お父様。先日私がお話しした例のバストゥールなる鉄の巨人を使って」
ミスリアはそう言ってカフィエを父の前のテーブルの上に置いた。
「催し物……? それはいかなる物か?」
「さあ、私もバストゥールの模擬戦としか聞いておりません。あ、そろそろ始まる様ですわ……」
ミスリアはそう言って奥に下がってしまい、トルヌスは首を捻りながら円形の闘技場に視線を移した。すると、闘技場の真ん中に、一人の生徒が現れ、ペコリとお辞儀をした。それと同時に、彼の後方にある大きな扉が開き、そこから全身に鉄の鎧を纏った大きな鉄の巨人が二体、ゆっくりとした足取りで現れたのである。
それを初めて見た生徒達は響めき、開発に携わった生徒達からは大きな歓声が上がっていた。
トルヌス以下、聖帝官達もその偉容な姿に驚き思わず席を立っていた。
その巨人達は、アインの領隣に立ち、アインの右手側に立った巨人がしゃがみ込み、アインの前に左手をさしのべた。アインがその手に乗ると、鉄の巨人再び立ち上がりつつ、アインを右肩に乗せた。アインは右肩にあらかじめ備え付けていた拡声器のマイクを手に取り、喋り始めた。
『お集まりの皆さん、僕は錬金科一年、アインノール・ブラン・デルフィーゴと申します。この鉄の巨人、電磁甲冑機兵と言うのですが、これの発案者で、開発主任です。本日はあちらにレグザーム宰相閣下もご同席されております。閣下、並びにお歴々の方々、本日は大変ご苦労様でございます』
とアインは迎賓席に向かって深々とお辞儀をする。すると面食らいながらも、トルヌスが大容に右手を挙げそれに答えた。そこで大きな拍手が起こる。
『ではこれより、そのバストゥールのお披露目といたしまして、模擬戦をご覧に入れたいと思います。模擬戦の操縦者は本校の騎士科選抜生徒によって、トーナメント形式にて行われます。試合は一本勝負とし、初めに有効打を打ち込んだ方を勝者とします。
判定は三機あるバルトゥールのうち、一機を審判機としまして、本校在学生徒で唯一騎士称号を持つ、戦術科一年のミファ・トラファウルが乗り込み、審判いたします。
それでは早速始めたいと思いますが、まずはこの電磁甲冑兵なる物がどれだけ動けるのかを皆様に見ていただきたいと思いますので、初めに本日の審判を務めますミファ・トラファウルによる剣の演武を披露し、それから試合となります。それでは、第一回電磁甲冑機兵模擬戦大会を開催いたします!』
そのアインの宣言の後、左肩に『壱』と書かれたバストゥール『疾風』壱号機が肩からアインを降ろし、同じく左肩に『弐』と書かれた疾風弐号機が脇に退き、片膝をついて座りその動きを止めた。アインが後方の扉向こうに行ったのを確認すると、壱号機だけが再び立ち上がり手に持った丸太のような大きい木剣を正眼に構えた。操縦席に座るのは、もちろんミファである。
「さあ、始めようか」
操縦席の中で、ミファはそう疾風に話しかけた。するとそれに答えるかのように、運転席の下の電磁エンジンから発せられる稼働音が高くなり、回転数が上がったポンプが、高鳴る人間の鼓動のような振動を足の裏に伝えてきた。
ミファはふぅっと息を吐き、両手の操縦桿を握りしめ、足下のペダルをゆっくりと踏み込んだ。
「天人流初形、『月水鏡の形』……参る」
操縦席の中で、静かに流派とその形名を呟き、ミファは剣術の形に入った。
ミファの乗った疾風壱号機は、ミファの形の動きのイメージをトレースし、その動きを機体に再現させていく。その動きは、まさに人間そのものの動きに見え、まるで操縦者の呼吸すら再現しているかのように見えた。
ミファの壱号機が時に素早く、時にしなやかに剣を振るう度に、巨大な木剣が空気を斬る音がするが、これだけのスピードで剣を振るっているにもかかわらず、剣風圧がほとんど起こらないのは、彼女の剣が『斬る』事を追求している剣技であり、文字通り『空気を斬っている』からだった。
その舞踊のような剣の舞に、あれほど騒がしかった観客は声も立てず、その優美な壱号機の姿に見とれていたのである。
「これは見事だ……!」
その舞を見ながら、トルヌスはそう感嘆の呟きを吐いた。自分も軍に身を置き、剣の腕を磨いた覚えがある彼は、その空気を斬るミファの技術と、その動きを再現する疾風に感心していたのである。
一通りの形が終わり、ミファの駆る壱号機は木剣を腰に納めると一礼し、闘技会場の中央を空けるようにして弐号機と向かい合い、腹ばいとなった。この形がこのバストゥールの乗降姿勢である。
程なくして、背中の鉄蓋が開き中から操縦用防護具を付けたミファが出てきて、先ほど壱号機の礼と同じように頭を下げ背中から飛び降りた。
その瞬間、会場内は割れんばかりの拍手喝采が鳴り響き、ミファは少し照れつつも後方の大きな扉の向こうへと消えていった。
一方、迎賓席のトルヌスの横に座る政官達も総立ちでミファと壱号機に拍手を送っていた。
「いやはや、良く動く物ですな。まるで生きているようでしたな、閣下」
そう言ったのは聖帝軍の軍官のデルゴル・バン・オズマイル将軍だった。彼は北部方面の第二師団を預かる将軍である。
「ああ、あの天人流は技が独特な上、習得に時間がかかる難儀な剣術だが、よくもまあ、あの動きをあのように上手く再現できるかと感心して見ておったところよ」
そう言うトルヌスにデルゴルは大きく頷いた。
「誠に…… あの電磁甲冑機兵なる鉄の巨人武者、相当な力があると見ましたが、乗りこなすのにどれだけかかるのでありましょうや?」
やはりデルゴルは武人である為、早くもその武具としての有用性に目が行くようであった。
「さあな…… だが、あれを操るは年端もいかぬ学生であるからに、そう難しい物でもあるまい。ひょっとしたら馬などよりも簡単やもしれぬ」
そう言うトルヌスの洞察眼は正しい。さすが聖帝宰相と言えるであろう。
「確かに。しかしながら、このような物をその年端もいかぬ学生達だけで作ってしまうとは…… あの先ほど娘子の様な顔をしたアインノールとか申す者、何者でありましょう?」
「私にもよくわからん。知っているのは東のデルフィーゴ王国の第二王子である事ぐらいだ」
トルヌスがそう言うとデルゴルは少し首を傾げた。トルヌスのいうデルフィーゴという国がどうにも思い出せなかったのだ。
「東の辺境にある、鉱山以外には特別秀でた物が無い小国故に、貴公が知らぬのも無理はあるまい。実のところ私も娘から聞くまでよく知らなかったのだからな」
「なるほど……」
するとトルヌスはアインについてもう一つ聞いた事を思い出した。
「そういえば、あのアインと申す者、幼き頃よりあのアウシス・ペコリノの教えを受けたそうだ。あの者の知恵も、アウシス殿の教えなのかもしれんな」
トルヌスの言葉に、デルゴルは驚いていた。大賢者アウシス・ペコリノの名前は、聖帝領では知恵者の代名詞であったからだった。
「なんと? あの大賢者アウシス殿か!? 確かにかの大賢者殿から直接教えを賜ったとなれば、たかが学生と見るのは浅はかでありますな…… しかし、誠にたいした物よ」
トルヌスの話を聞いたデルゴルは、アインノールにも興味を示し始めていた。
「お? そろそろ模擬戦とやらが始まる様だ」
トルヌスがそう言って闘技場に視線を戻したので、デルゴルも話をやめて闘技場に目を戻した。その視線の先にはバストゥール模擬戦第一試合が始まろうとしていた。
模擬戦は順調に試合を消化していき、決勝はミランノとガッテの対決となった。当初はガッテが優勢だったが有効打が上手く入らず、ガッテの猛攻にじっと耐えていたミランノが、一瞬の隙を突きガッテ機の右手を打ち、木剣を落としたガッテ機の頭にすかさず有効打を打ち込んでミランノが勝ちを収め優勝した。
巨大な鉄巨人の剣術戦は、見るのも聞くのも初めての者がほとんどで、その迫力は人間同士の戦いとは比べものにならず、模擬戦試合は終始大盛り上がりでその幕を閉じた。
試合後は、迎賓席のトルヌスを初めとする政官達も闘技場に降りてきて、電磁甲冑機兵を間近で見学していた。デルゴルやトルヌスは実際にバストゥールを操るなど、体験会じみたこともやっていた。
『おお、これは凄い! まるで自分が巨人になったようだ!』
疾風弐号機に乗り込んだデルゴルは、まるで子供のようなはしゃいだ声を出し、疾風弐号機を歩かせていた。トルヌスも審判機で使用していた参号機に乗り込み、木剣で軽い素振りなどをして操作性を確かめていた。
『バストゥールは、閣下の頭の中の【動きの感覚】を読み取って動きます。なので慣れれば操縦桿やペダルの操作は小さくなっていきます』
参号機の隣で、壱号機のミファがトルヌスにそうアドバイスする。
『なるほど、確かに自分の手足のように動く…… これは中々痛快だ』
トルヌスはデモンストレーション用に用意した、バストゥールの拳大の大きさの岩を手に持たせ、それを握り潰して握力などを確かめながら答えていた。
(確かにこれは使える。これを聖帝軍に配備できたなら、現在の弱体化問題など払拭して余りある物となろう。ミスリアの言う通り、これが我が聖帝軍に配備される前に大公や、ましてやバインドール王国のアルシュタイン公爵の手に渡ったりしたらそれこそ一大事だ。しかし……)
トルヌスはそんな事を考えながら、正面の透影板に移る、闘技場の端でこちらを眺めている小さな人影に目をこらす。すると透影板の上に操縦者を囲うように配置された小型の透影パネルがトルヌスの意志に反応し、バストゥールの眼球水晶に映した映像が映し出された。眼球水晶にはめ込まれたガラスレンズが、アインの顔を若干拡大して映している。
「そんな少女のような顔をして、とんでもない物を造ったものよ。さて、どうするか……」
拡声器で拾えないほどの小さなこえで、トルヌスはパネルの向こうで可憐に笑うアインにそう声をかけたのだった。
12.5 ミファの選択学科が騎士学科となっていたのを戦術学科に修正。
12.16 7743殿指摘:表記『レムザール』→『レグザーム』に修正。




