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彼方の昴  作者: 鋏屋
第三章 凶獣討伐編
17/74

17. 凶獣襲撃事件

  聖帝領のあるカルバート大陸は、北に行くほど暖かく、南に行くほど寒い。このことから考えても、このカレン界が惑星であり、カルバート大陸は太陽の通る赤道から南半球に位置する事が推測できるのだが、このカレン界の文明水準ではそれを推測することすら出来ない。

 そもそも、海洋航行の技術が未発達であり、南に海を望む周辺諸国も近隣海域での海洋漁業のみで、外洋への長距離航行能力を持っておらず、外洋への調査は手つかずになっているので、カルバートと呼ばれるこの大陸以外に大きな大陸が存在するかどうかも全く解っていないというのが現状である。

 その聖帝領北部に位置する大国マルゴーン王国は、暖かな北風の吹く肥大な緑の恵み多き国で、サンズクルス聖帝の属国の中でも指折りの豊かな国でもある。

 しかし、この恵まれた北の大地にはその自然の恩恵の代償としてか、他には無い災害が存在する。それが、『凶獣』と呼ばれる、大きい物では体長高二〇フィメ(約一〇メートル)を超える巨大生息生物により引き起こされる被害、『凶獣災害』である。

 現在、聖帝内でこの『凶獣』認定されている生物が数種類存在するが、その生物が活発化する時期には独特のアルゴリズムがあるようで、種によっては一〇年~一五年周期で大量発生、及び活発化するものなどもあり、その生態調査は古くから行われている。

 因みに、この凶獣は北部にしか棲息が確認されていない。これまでの生態調査から、凶獣は体内での熱の生成とその蓄積器官が余り発達しておらず、寒冷地ではその活動が極端に低下することがわかっている。棲息分布域が北部に偏っているのも、その辺りが理由と考えられていた。。

 その中でも凶暴な種類である『タイトゥーヌ』と呼ばれる巨人種の活動が今年は活発化する年であった。

 タイトゥーヌは体高一六~二〇フィメ(約八~一〇メートル)の人型生物で、顔には口や鼻、耳は存在するが眼球が存在せず、大木を棍棒代わりに使うなどの単純な道具は使えるが、基本的に人間のような高度な知能はない。

 しかしその巨体から発する攻撃力は見た目からの想像以上に強力であり、討伐にあたる兵員数が大隊規模の数を持ってしても討ち取れるかどうかと言ったところで、人類から見れば非常に危険な災害生物であった。

 しかも当然のように肉食で、活発期には村や町を襲い人を食らうのである。その食欲は旺盛で、一体のタイトゥーヌに一回の食事で人間二〇〇人が食われたと言う記録も残っており、小さな集落などは、襲われれば三時間ほどで食い尽くされてしまう。

 昨今、聖帝では北の諸国から、このタイトゥーヌの多数の目撃情報が寄せられており、現在は聖帝軍から調査班約五〇〇人が派遣され調査に当たっていた。


 その夜は、冬のこの時期であっても北部特有の緩やかな北風の吹く、寒さが和らいだ夜であった。

 国境から北にはカレート大樹海と呼ばれる巨大な森が広がっており、その向こうには、大陸を隔てるカレー大連峰の峰々が月明かりに照らされ黒い影を落としている。

 カレート大樹海は未だ人類の手が入ってない手付かずのカレン界の自然が残っており、数多くの凶獣が棲息しているとされ、別名『凶獣の箱庭』とも呼ばれていた。

 凶獣は基本的にこの森からはあまり出てこないのだが、活性期に入ると森から出て近くの村や町を襲うのである。

 聖帝軍の凶獣特別調査第四隊は、このカレート大樹海にほど近いノルダと言う村に連絡用ベースを置き、五十人程の小隊で調査を行っていた。

 この場所で調査を始めてから約一月が経つが、今日までこの隊では、足跡などの痕跡は発見するものの、今だ凶獣を目撃してはいなかった。

 もっとも、今は季節は冬であり、もともと凶獣が寒さに苦手ということも原因だろうと思われるが、元々この辺りは調査前の報告でも目撃例が上がってない地域で、隊を預かる騎士であるクローブ・アミツミスも、週明けの明後日にはベースを次の調査地に移動しようと考えていた。

 そんな状態であった為、隊員達の気も緩んでいたことは事実だった。


 一早くその異変を察知したのは厩に居た馬たちだった。そしてその馬が急に嘶き、それを聞いてクローブは妙だなと思った。

「何だ?」

 オイルランプの灯りで羊皮紙に調査記録を付けていたクローブはそう呟き、寝台の横に立て掛けていた剣を持ちながら立ち上がった。

 野生の馬ならばともかく、調査で使っている馬は軍馬として訓練されており、それが厩で嘶など、そうあるものではない。しかも一頭だけではなく厩で休んでいる馬がすべて一斉になどあり得ない。

 クローブは調査のため村長から借りている屋敷を飛び出し厩へ急いだ。

 厩では、今夜の当番であった若い兵が馬たちをなだめようと悪戦苦闘していた。クローブはその当番の若い兵に訳を聞いた。

「何の騒ぎだこれは? 何があった?」

 だが若い兵は首を振った。

「わかりません。自分も何が何やらさっぱりです。こんなに怯えたのを見たのは初めてですよ」

 その兵の答えにクローブは首を捻る。

「馬が怯える……?」

 クローブがそう呟いた瞬間、足元の地面が微かに振動したように感じた。クローブはその振動にハッとして、急いで外に出た。

 村の住民達はすでに床に就き寝静まっている。雲ひとつ無い静かな夜空に綺麗な満月が浮かんでいた。そのおかげで辺りはそれなりに明るい。

 クローブは視線を自然と大樹海の方に向ける。するとまた、あの振動が今度はもっと大きく、そしてハッキリと感じた。

 クローブは舌打ちを一つしてから、若い当番兵を呼んだ。

「敵襲だ、今すぐ隊員達を叩き起こせ! 起き次第戦闘装備でこの場所に集合。急げっ!!」

 その指示に若い当番兵は放たれた矢の如く屋敷に飛び込んで行った。しかしクローブの声は良く通る。その声を聞いてか、屋敷にはもう既にいくつかの明かりが灯っていた。

 彼はレグサームが軍にいた頃、直属部隊の部下だった。レグサームからは『なんだその虫の鳴く様な声は! 指揮官を目指すなら戦場での指示は腹から声を出せ!』と良く怒られていたクローブだったが、その教えが、こういう緊急時に生きてくる。

 クローブの良く通る力強い声に、部下たちは勇気を得、また励まされるのだった。

 

 間も無く、調査隊の面々が屋敷前に集合する。皆まだ若いが、レグサームによる軍の再編計画と組織改革で、以前よりはだいぶ練度が上がってきているが、まだ戦場を知らぬ初陣前の兵たちである。しかし皆再編中の新しい軍の中にあり、若い兵の意識改革も進めているせいか、士気も高かった。

 クローブには、まだまだ教えたい事が多い、誰も死なせたくない部下達だった。

「これより、我が第四隊は村民の避難作戦を敢行する。厩から馬を引け、コルの班は村の連中を起こして回れ。ランゲルの半は村の住民の避難誘導、コッパーの班は南側の出入口付近の警戒、残りは俺に続け、敵の注意を引いて避難の時間を稼ぐ!」

 とクローブがそこまで離した瞬間、大樹海の方から、山鳴りの様な咆哮が幾つも響き渡り、続いてまた再び地面に振動が伝わってきた。恐らく行く手を塞ぐ大木でも薙ぎ倒しているのだろう。

「た、隊長殿、敵とは?」

 コッパーと呼ばれた班長がクローブにそう聞いた。他の兵も黙ったままクローブの答えを待つ。

「まだ何とも言えんが、恐らくはタイトゥーヌだろう。吠え方からして三体はいる……」

 そのクローブの言葉に全員が息を飲んだ。

「我々の任務はあくまで調査だ。討伐ではない。しかし村人を放って逃げるわけにはいかん」

 すると先ほどの当番の若い兵が不満そうな顔をして言う。

「でも村からの支援もなく、我々の調査にも非協力的でした。マルゴーン国からの補給品も、きっと自分達で隠し持ってますぜ? あの村長。そんな連中、放っておいたって良いんじゃないですかね」

 彼のその言葉は、ここに集まった調査隊全員の本心を代弁しているものだった。

「それでもだ、つまらんことを言うな。マルゴーニの民も、同じ聖帝領の民。民の保護するは我ら新生聖帝軍の誇りとなせ! それがいずれ、我らの力となる!」

 そのクローブの恫喝に、隊員達は雷に打たれたように心に響き襟元を正した。レグザームの軍の改革は、まずこういった若者の意識改革から始められている。それがようやく浸透し始めてきているのだった。

(良き若者達だ。こんなところで死なせたくは無いな……)

 クローブはそう心の中で呟きながら、先ほど不満を言った当番兵を呼んだ。

「貴様、名はなんと申す?」

「はい、ウェイカー・マットスですっ!」

 ウェイカーは不満を言ったことに怒られるかと思い直立不動でクローブに向かった。しかしクローブの口から放たれた言葉は叱責では無かった。

「よしウェイカー、貴様は馬で直ちにここを離れ、ラグマーンの調査本部に向かえ! 力の限り走って少しでも早く本部へこのことを伝えるんだ。行けっ!!」

「はっ!!」

 クローブの言葉に元気よくそう答え、ウェイカーは厩に向かって走って行った。その後ろ姿にクローブは「頼むぞ……」と小さく呟き、再び隊員達に向き直った。

「何をぼさっと突っ立ってる!? さっさと行動しろっ!!」

 そのクローブの言葉に、隊員達は飛び上がり一目散に同じように厩に走って行った。それを確認した後、クローブは再ぶ大樹海の方から聞こえるうなり声を聞き、そちらに視線を移す。すると月明かりに照らされた平地の向こうに見える樹海の端に、ぽつんと小さな数個の影を見た。まだかなり距離があるが、それらは確実にこちらに向かってきていた。

 その影を睨みながら、クローブは「化け物どもめ……」と呟き、自分も厩に向かっていった。


 この夜、聖帝軍凶獣特別調査第四隊は、凶獣『タイトゥーヌ』三体に遭遇した。

 ベースに使用していたノルダ村を襲撃されるも、隊長クローブ・アミツミスの早期判断と指示、それに大意による決死の陽動が功を奏し、村民の大部分が脱出に成功した。

 一部の村民が財貨などを運ぼうとして逃げ遅れ犠牲となったのと、陽動攪乱をしていた数人の隊員に負傷者を出すも、村に火を放ってタイトゥーヌを足止めすることに成功し、隊員の死者は一人も出さず脱出した。

 この後二日後、ほとんど休憩無く走り続けたウェイカーがマルゴーンの主要都市の一つであるラグマーン城塞都市の調査本部にたどり着き『凶獣襲撃』の報告をした。それからその知らせが五日後に聖都ノルマンに届く事になる。

 この日を境に、北部では次々とタイトゥーヌ出現の報が増えていくのだが、それはアインとミファがミスリアとの話をした日から、丁度一週間前の出来事であった。

 この『凶獣襲撃事件』がアインの計画を次の段階へと移行させるきっかけとなるのだが、アイン本人は知るよしも無かった……

 

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