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彼方の昴  作者: 鋏屋
第二章 開発編
15/74

15. 悪女(?)のウインク

 アインの衝撃発言から一夜明けた翌日の放課後、錬金科の実習室で新たな試作品の図面を引いていたアインは、一人の騎士科女子から襲撃を受けた。


「ちょっとどういう事よアインノール君! 疾風を売るなんて私は絶対反対よ! 納得できないわっ!」

 と言いながら、アインの前でバンバンと机を叩くのは、騎士科二年の女子生徒、ミランノ・マイセンだった。

 彼女は昨日私用で、疾風を格納した後、直ぐに帰って仕舞ったのでアインの話を聞いておらず、今日になって同じ科の生徒からその話を聞き飛んできたのである。

「あちゃぁ……」

 形の良い眉を寄せて顔をしかめるアインに「あちゃぁ、じゃないわっ!」と更にババンっ! と一際強く机を叩いた。赤い髪がまるで燃えているように見えるのは気のせいだろうか?

「そりゃあ、あたしは騎士科だし、乗るぐらいしか手伝えないけどさ、でもあの子にかける愛情は、錬金科や結晶術科の生徒に負けないつもりよ。みんなで一緒にここまで育ててきたんじゃない! アインノール君はあの子達を生み出した親も同然でしょ? それなのに簡単に売るだなんて、愛が足りないんじゃないの!?」

 と、えらい剣幕でまくし立てるミランノに、周りの生徒はそぉっと席を離れていく。

(なんか、途中から離婚調停の夫婦みたいな会話になってなかったか?)

 とアインは彼女の剣幕に引きつりながらも、そんな呑気な事を考えていた。

「ま、まあ先輩、まず落ち着きましょう」

「これが落ち着けるわけないでしょ!? やっぱり男なんていつもそうよ! 喜ばすだけ喜ばして、面倒になったら直ぐにポイ…… あの子達も作るだけ作っておいて、お金がないからって…… あなた、あたしとあの子達を捨てるのね!」

「ちょ、ちょっと待ってください先輩? いったい何の話をしてるんですか!?」

 なんだか妙にリアルでおかしな方向に暴走しつつある話に、アインは慌てて軌道修正を図る。

(機体を擬人化するのはパイロットには良くある話だけど、内容が妙に生々しくて嫌すぎるっ!)

 そのうちミランノは「あたしはどうなってもいいから、あの子達を売らないでよ〜」と超絶に人聞き悪い台詞を大声で叫びながら泣き出してしまい、困ったアインがあたふたしていた。

 それを目撃した生徒は、後日に『夫婦の痴話喧嘩にしか見えなかった』と証言している。


「それで…… 売るけど売らないってどういう事よ?」

 アインは泣いて大騒ぎするミランノに必死に説明し、どうにか落ち着いたミランノがハンカチで目元を拭きながらアインにそう聞いた。アインはヤレヤレと言った様子でため息を吐きながら説明し始める。

「流石に僕も今すぐあの機体を手放したりしませんよ」

 その言葉にミランノはジト目をアインに向けた。

「だって、あたしはそう聞いたんだもん……」

 するとアインは「ええまあ……」と頷いた。

「維持するお金すら厳しいのは事実なので、売るには売ります。でも僕はですね、あの三体の疾風を手元に置きながら、さらにもっと色々なバストゥールを沢山作れるぐらい、お金が入って来ないかなぁって考えているんですよね……」

 そう言って薄く笑うアインにミランノは「はあ?」と首を傾げた。

「それが出来たら最高だけど…… そんなの無理に決まってるわ。品物が手に入らないのに、お金だけ払う奴なんているわけないじゃん」

 まるで禅問答の様なアインの答えに、ミラノンは訳がわからないといった様子だった。

「僕が売ろうというのは、このバストゥールの技術です」

「技術……?」

 ミラノンはそうオウム返しにアインに聞き返す。するとアインは「ええ」と頷き微笑んだ。極め付きに可愛く、可憐でとろけそうな笑顔だが、その笑顔はこの少年が何かを企んでいる時の顔だということを、ミラノンはこの数ヶ月で学んでいた。

「バストゥール単体単価なんてたかが知れてます。しかも我々には数を揃える設備も人員もない。だったらそれより製作ノウハウを売った方が遥かに効率的かつ合理的、でもって高く売れます。まあ僕的にはせいぜい吹っかけるつもりですけどね、ウフフフっ……」

 以前どこかで『悪女の笑みほど人を惹きつける』と聞いたことがあるが、それは「男」にも当てはまるなと、ミランノはアインのその笑顔を見ながら改めて思った。

「で、でも売るって言ったって、いったい何処に売りつけるのよ?」

 するとアインは「そうですね……」と呟き、少し考える仕草をしてからミラノンに言った。

「あれはこれからの戦争のあり方を根本から変えてしまいますからね。その力がはっきりすれば、どこの国も欲しがるでしょうけど、僕が考える最有力はもちろん聖帝軍です」

 この答えにはミラノンも薄々は予想していた。順当に考えたらそうだろう。しかし――――

「そんなに上手くいくかしら…… 聖帝軍は今再編中みたいだし、忙しくてそれどころじゃ無くて相手にして貰えないんじゃ無い?」

 するとアインはフフンっと鼻を鳴らして微笑んだ。

「僕は再編中だからこそ食いつくのでは? と思ってます。僕の算術では、電磁甲冑機兵バストゥールは一体で人間の兵なら大隊規模の戦力に匹敵すると予想していますから、弱体化して戦力が低下している聖帝軍には手っ取り早く戦力を補強できる切り札になると思うんですよ」

 この時代、基本的な最小戦闘単位は歩兵であり、剣や槍で攻撃する生身の人間である。アインの言った大隊規模というのは、これらの戦闘可能な兵員が約五〇〇人から六〇〇人程度の戦闘集団を意味する。

 聖帝軍はこの大隊を八隊程度に、補給、経理、調査等の支援部隊を合わせ、それらが独立して軍事行動を行える戦闘集団を師団(約一万人)と称しており、聖帝直轄軍はこの師団を四師団保有している。つまり直轄軍だけでも約四万人の兵がいることになり、通常『聖帝軍』というのはこの『直轄軍』を指す言葉である。

 最も兵数を保有しているとされている有力諸国でも二万から二万五千人ほどである事を考えれば、単純に兵力だけなら聖帝軍の兵力は聖帝領最大の戦力であり、有事の場合にはこの直轄軍に加えて各国の派遣軍が合流するのでその数は十万ほどになるのである。

 弱体化したとは言え未だにその単独動員兵員数は侮れず、各国も単独での反旗は不利と考えなりを潜めていると言ったところで、その聖帝軍の兵員数が抑止力となっているのだった。

 アインの算術が確かなら、電磁甲冑機兵バストゥールを一〇〇機もそろえれば、単純計算で現在の聖帝軍を凌駕する兵力になると言うことになる。それは同時に、この戦力バランスを崩す事を意味している。

「僕としても現在の危うい軍事均衡を考えるなら、他国に売るのは危険だと考えてます。聖帝軍には是非とも抑止力として各国に睨みを効かせて貰わないといけませんからね。でないと我が国もあっという間につぶされてしまいます」

「でも、そしたらアインのところのデルフィーゴ王国が作れば良いんじゃないの? バストゥールが何機もあれば他国が攻めてきたってへっちゃらじゃん?」

 そう言うミランノにアインは苦笑いをして首を振った。

「出来ればそうしたいのは山々ですけど、あれを増産する国力は我が国にはありませんよ。それに国元の重鎮達は頭の固い連中ばかりですし、現在の聖帝領の軍事均衡がいかに危ういかを国王ですら知りません。財政を傾けてまであれを作ったら内乱が起こっても不思議じゃ無いです」

 アインのその答えにミランノは納得する。ミランノも実家はガッテと同じトルーカスの一領主である。トルーカスも歴史の古い国で、昔の風習を色濃く残しており、割と革新派である自分の父も『上は何も解っておらぬ』と良くこぼしているのを耳にするほどで、アインの言うことにも頷けるものがあったのだ。

「ですからなんとしてでも聖帝軍にはこの技術を買っていただきたい。でもただ同然では僕の次の発明に使う資金が得られない。なので出来るだけ高く買って欲しい。それも色々と色を付けて…… その辺りの交渉に他国を臭わせるのはありでしょう」

 そう言ってアインはまたクスっと微笑んだ。そんなアインを見てミランノは眉を寄せていた。

「ねえアインノール君、君今とってもいや~な顔して笑ってるわよ? とても一四には見えないわ……」

 そう言うミラノンにアインは「うそ? それは怖いなぁ、ホントに?」と言って両手で頬を揉む。そんなアインは本当に可愛い少女のようだった。そのギャップにミランノは肩をすくめてみせた。

「でも聖帝軍と交渉って…… 具体的にはどうやるつもりなの?」

 するとアインは「ああ、それはですね……」と前置きしてミランノを見る。

「コネを使います。コネは使ってこそコネなのです」

「はぁ? コネって……?」

 するとアインは人差し指を立てて頷いた。

「幸い本校には、とても都合の良いことに、聖帝軍に最高のコネを持つ方が在学しておられます。持つべき者は、コネのある先輩ですね」

 そのアインの言葉に、ミランノはピンときて驚きの声を上げた。

「あ、あなたまさか!?」

「ええ、もちろん本校学生会の会長にして、現聖帝宰相トルヌス・シャル・レムザール伯爵閣下のご息女、ミスリア・シャル・レムザール嬢です」

 アインはそう言ってミランノに極上の笑顔でウインクを送ったのだった。

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