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彼方の昴  作者: 鋏屋
第二章 開発編
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11. 鉄巨人目覚める

 人型巨大ロボットを製作するという、アインノールこと異世界人である藤間昴の夢に当てられ、帝立ドルスタイン上級学院の錬金科と結晶術科の生徒達は、期待と希望を胸にアインと共に電磁甲冑機兵バストゥールの制作にのめり込んでいった。

 しかし、いかに数百年進んだ異世界の知識を持つアインといえど、人型巨大ロボットを製作する事など未経験であり、その開発にはいくつもの失敗があり、苦難の連続であった。

 それでも少年達の得も言われぬ情熱は、時として大きな力を持つことは、どこの世界でも同じである。彼らは純粋にその途方も無い夢に向かって日々を積み重ねていった。

 そんな日々が続き、季節は秋にさしかかっていた。


「トラファウル、左腕を持ち上げてくれ」

 錬金術科の大きな実習室にログナウ・バーンの声が響き渡った。すると天井から鎖で吊された骨格むき出しの鉄の巨人の腕がゆっくりと持ち上がり、それを見ていた数人の生徒達が歓声を上げた。

「右腕も同じように。それから肘と手首、あと五指の可動域も確かめたい」

 そんなログナウの声に、これまた剥き出し状態の操縦席に座るミファが両腕で操縦桿を握り、ログナウの要求に応えようと操作する。すると鎖に吊された鉄巨人、バストゥールの両腕が上がり、肘を曲げ、手首を回し、両手の指を開いたり握ったりして見せた。ログナウはその動きの具合を見て頷いた。

「よ~し、とりあえず大丈夫みたいだ。トラファウルも降りてきてくれ」

 ログナウがそう声を掛けるとミファが座席のベルトを外して操縦席から飛び降りた。それと同時に、操縦席の下に埋め込まれた電磁エンジンから鳥の鳴くような音が収まった。エンジンが停止した合図だ。

「一昨日より関節周りの動きがスムーズになってる。殿下が言っておられたように関節部の支点を増やして正解でしたね」

 ミファは自分の右腕の肘や手首を曲げながらそう言った。バストゥールの動きは操縦者の動きのイメージを結晶回路で読み取り、ダイレクトに鋼線筋肉繊維や関節駆動器に伝えるので、ミファは自分の身体の動きを確かめていたのだった。

 ミファは正式に準騎士の称号を持っており、身体も騎士としての鍛錬のおかげで並の成人男性よりも身体能力が高いので、そのままバストゥールの試験操縦者をやっていた。放課後は毎日こうして実習室に顔を出して手伝っていた。

「腕周りは今の感じで概ね大丈夫だろう、やはり問題は足だな……」

 ログナウはそう言って鎖に吊されたバストゥールに目をやる。バストールの足は現在、鋼線筋肉繊維を外された、骨組みである内部骨格だけの状態だった。

 ティカナイトで作った鋼線筋肉繊維を人工の筋肉として組み込み、結晶回路にてその動きを制御するというアインのアイデアは良かったのだが、現在の筋肉繊維の出力では自重が支えられないという問題が浮上し、目下その対応策に悪戦苦闘中だった。

「その…… 筋肉の総量を増やすのはダメなんですよね?」

 とミファはログナウに聞いた。

「いや、ダメというわけでは無い。単純に考えて量を増やせばそれだけ力が出る。しかしそれだと下半身に重量が偏ってしまい、今のエンジンの出力では歩くことは出来ても『走る』までの電力サイクルが追いつかなくなるらしい」

 そのログナウの答えに、ミファは「なるほど……」と呟いた。

「アインが今、筋肉繊維をさらに細くして編み込むように束ねる方法を試している。この方法だと単純に繊維の量を増やすより重量が少なく、さらに耐久性と伸縮性が増すらしい。ちょうどこのロープのような要領だそうだ」

 ログナウはそう言って骨格によじ登るための縄ばしごを手に取りミファに見せた。

「見た目は一本のロープだが、これは細い紐を何十本も編み併せて一本にしている。こうすることによって伸縮性に富んだ耐久性の高い丈夫なロープになっている」

 ログナウはミファに説明しながらロープを両手でギュっと引っ張ってみせた。

「全く、アインは…… トラファウルの殿様は凄いよ。こんなアイデアがわんさか溢れてくるんだ。なあ、ミファはアインと幼なじみなんだろ? 昔からあんなだったのか?」

 そう言うログナウにミファは微笑を返した。ログナウはそのミファの笑顔に一抹の寂しさを感じた。

「幼い頃の殿下は、身体があまり丈夫ではありませんでした。よく床に伏せておいででしたよ。でも五年前、ご病気でご危篤あそばされ、あわやと思われましたが、奇跡的に回復なさって…… それから、まるで人が変わったように元気になられました」

 ミファはそう言いつつふと視線を上げた。その視線の先には、実習室の大型結晶炉の前で数人の生徒と議論を交わしているアインの姿があった。

「本当に、人が変わったようです…… 私が知っている殿下は、あの日を境に居なくなってしまったのかもしれません……」

 そう言いながら遠い目をするミファを見つめながら、ログナウはそんなミファを美しく思った。それと同時に、ログナウの心に切ない感情がわき上がった。そんなログナウはハッと我に返り、慌ててミファから目を逸らした。

「そ、それでもトラファウルはアインに尽くすのか? その…… 人が変わってしまったと、しても」

 そんなログナウの言葉に、ミファもまた我に返ったようにハッとして振り向き、ログナウを見た。

 実習室の天窓から差し込む夕日に照らされて、ミファの金色の髪がオレンジ色に染まっていて、ログナウはその神秘的な美しさに息をのんだ。

「無論です、先輩。私は殿下の剣であり、盾なのですから」

 そう力強く頷くミファの笑顔には、先ほどの寂しい色は微塵も感じられなかった。そんなミファにログナウは「そ、そうか」と言ってそばを離れた。自分の意志に反して激しくなる鼓動の音がミファに聞こえてしまうのではと思ったからだった。


 そうして編み込み仕様で作った改良型の鋼線筋肉繊維を内蔵したバストゥールが、ついに起動試験にこぎ着けたのはさらに二ヶ月後の事だった。

 この頃には骨格と筋肉繊維を覆う下地装甲が施され、外見がより人間らしくなっていた。

 操縦席も正面を透影装甲板という、内側から向こう側が透けて見える金属装甲が施されている。これは地球で言うマジックミラーのような金属板を数枚重ねて作った物である。重ねるので若干透過性が悪くなるが、それを結晶回路を利用した簡単な『透視』の術式で補強しており、透影度と高強度を両立させていた。

 実習室の天井梁から吊されていたバストールは今や皆が最初に見た腹這い状態で静止しており、操縦者は背中の金属蓋を開けて操縦席へ潜り込む様になっている。


 腹這いになっているバストールの周りには計画に携わっている生徒達が、機体を囲うようにして並んでいる。そしてアインが騎士の鎧甲を改造して作ったヘルメットを被ってバストゥールの腹の下まで来た。

「ミファ-! 準備は良い-!」

 そう叫ぶアインの声が、既にバストゥールに乗り込んで待機しているミファの耳に届いた。ミファはエンジンを稼働させ、続いて天井の右隅にあるラッパのような形をした拡声器のつまみを回した。

『はい殿下、準備は出来ています。いつでもどうぞ』

 ミファの声はバストゥールのアゴ下に取り付けられたスピーカーから周囲に響き渡った。

「よーし、いくぞ~ みんな離れてくださ~い!!」

 とアインは嬉しそうにそう叫んでその場を離れた。周囲を取り囲んでいた生徒達も、その言葉を合図にわらわとその場を離れていく。

 一方操縦席のミファは目を動かし周囲の状況を確認する。

 正面のパネルは透影板なので地面しか写していないが、その上部に操縦席を囲うようにして多角的に取り付けられた小型パネルには、ミファの首の動きに従って景色がぐるぐると動いている。

 これはバストゥールの眼球に埋め込まれた『眼球水晶』という結晶石で作った人工眼球でとらえた映像を幻象反応金属を磨いて作った透影パネルに結晶術で映し出している映像である。いわばバストゥールの目が見た景色である。

 現在は部屋の中に居るため、光量が足らないせいか映像が暗くてぼやけている。

「今後の課題だな……」

 ミファはそう呟き、かろうじて見えるその映像から周囲に生徒が居ないことを確認して操縦桿を握り直した。そして深呼吸をして意識を集中させる。すると自分の手足に新たな血が通っていくような奇妙な感覚を感じて身震いをした。

 ミファは何度か操縦席に座る度に、この奇妙な感覚を感じておりアインに話したことがある。するとアインは「操作系は完全に結晶術に依存しているので、人間の脳や精神に干渉するからそのせいだろう」と答えていた。

 ミファは、まるで自分の手足が拡大したような感覚を味わっていた。以前アインが皆に説明する際に『乗る』と言うより『着る』と言ったが、その表現はあながち間違っていないとミファは思った。


『では、行きます』

 拡声器で増幅されたミファの声がスピーカーから響き、バストゥールはゆっくりとその上体を起こしていった。それと同時に右足を前にずらし、ちょうど人間で言う片膝をついた状態になった。

『このまま立ち上がりますが、殿下、天井は大丈夫ですか?』

 そんなミファの声にアインは「大丈夫だよ~!!」と叫んでいる。その声を聞き、ミファは操縦桿と両足のペダルを操作しながらバストゥールを立ち上がらせていった。

 正面の透過装甲板から透けて見える景色がゆっくりと下に流れていき、座席の下からキィーンと甲高い音がその音階を上げていく。

「お、おおお……っ!」

 ミファの口から、思わずそんな声が漏れた。今や完全に立ち上がったバストゥールの操縦席から見る景色に、ミファの心は躍っていた。まるで本当に自分が巨人になったような感覚に感動していたのだ。

 一方、その足下では、アインを中心にして生徒達が大歓声を上げていた。中には感極まって泣き出す生徒も数人に居る。それでも皆の顔にははち切れんばかりの笑顔と達成感があった。

 未だに所々鋼線筋肉繊維と内部骨格が露出し、その姿は決して勇ましい物では無かったが、それでも開発に携わった生徒達の目には、薄暗くなりかけた実習室のライトに照らされた鉄の巨人は、ことさら力強く映ったことであろう。 


 時に大陸歴一六二〇年、聖歴二九六年。

 この年は転換期として後世の歴史に刻まれる。

 熱気さめやらぬ実習室の外では、冬の到来を予感させる秋深まりし風の吹く頃の事。

 人類は新たな力を手に入れた。

 後に数々の戦場を駆け抜ける鋼鉄の巨人が、静かにその産声を上げた瞬間だった。

 

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