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彼方の昴  作者: 鋏屋
第一章 入学編
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1. 新たなる人生《プロローグ》

 

 人生は退屈だ……

 

 これは藤間昴トウマ スバルが常々考えていることである。

 昴は好奇心が強く、勉強すること自体嫌いでは無かったので、小学校、中学校、高校、大学と、世間一般で言う『名門』の学校を卒業、就職した。就職先は外資系の産業ロボットを開発する会社だった。

 ロボットの開発と言っても、やることと言えばすでにある物に修正を当てていくだけとか、新しい機能を追加するとかばかりで、昴の好奇心を満たす物では無く、退屈な日常が永遠と続く未来予想しか立たない日々であった。


 だがそんなある日、彼は事故を起こす。

 何時もの駅からアパートまでの帰り道。愛車の原付で軽快に坂道を下っていた時だった。横あいの路地から、林檎が転がってきた。それも一つや二つではない。何十という林檎が昴の進行方向の路上に転がってきたのである。昴が路上を覗くと、運送トラックが荷崩れを起こしており、その荷台のダンボールから大量の林檎がこぼれ落ち、運転手が半ばパニックになりながらこぼれた林檎を拾っていた。

 一方昴は、突然前方の路上に大量に転がっている林檎を避けようと必死にブレーキを掛けハンドルを操ったが、転舵した先にはガードレール。そしてその先は8m下には線路という状況だった。

 けたたましいブレーキ音を響かせ、路上に黒いタイヤのブレーキ痕を残しつつ、昴は原付ごとガードレールの向こう側に放り出された。

 ここに、藤間昴の三十五年の人生は幕を閉じた……



「――――今、その御霊は在りし日の盛期を持って御前に召された。静謐の喪をもって悠久の安らぎを与えるものなり……」

 厳粛な空気のなか、初老の男の声が、豪奢な天幕付きのベッドの周りに居並ぶ数名の耳を撫でる。王族と、それに伴う側近の従者達が頭を垂れる中、中央のベッドには目を閉じ、今まさに黄泉へと旅だった幼子が横たわっていた。

 少女の様な顔立ちをしているが、この国の第二王子である。その名をアインノール・ブラン・デルフィーゴという。

「うぐ……っ、殿下……っ!?」

 ベッドの周りに立つ大人達の後ろで、片膝をついて下を向き、腰に吊した剣の柄を握りしめながら涙を流す者…… アインノールの小姓である女剣士ミファ・トラファウルは嗚咽をこらえきれ無かった。

 彼女のトラファウル家は、代々デルフィーゴ王家に使える武門の家系で、彼女は歳も近いと言うこともあって幼い頃からアインノールと一緒に育ち、小姓でもあるが幼なじみでもあった。

 このデルフィーゴ王国は、約三〇〇年前に広大なカルバート大陸を統一した『サンズクルス聖帝』の属領で、しかも東の外れにある辺境の貧乏弱小国である。その国のしかも第二王子と言うこともあってか、有力諸国の大貴族ほど身分の差を感じずに二人は育ってきた。そんな彼女だったので、アインノールの突然の死は幼い彼女には受け入れがたかったのである。

 アインノールは元々体が弱かった。良く体を壊し、ベッドで休むといったことを繰り返していたが、四日前の昼頃、急に胸の痛みを訴え床についた。そして王宮付き医師達の必死の看病もむなしく、先ほど息を引き取ったのである。

 享年九歳の、それは余りにも早い死であった……


「さあミファ…… 悲しみもわかるが、アインに最後のお別れをしておくれ……」

 アインノールの実母でもある王妃マイアール・ブラン・デルフィーゴにそう声を掛けられ、ミファは頬を伝う涙拭き、美しい糖蜜色の髪を手櫛で直しつつ顔を上げた。

 いくら親友であったとは言え自分の主だ。いや、親友であったが故に、最後に無様な姿は見せられない……っ!

 彼女はそう心の中で自分を叱咤し、ベッドに眠るように目を閉じているアインノールの顔を見た。そのとき、彼女は奇妙な違和感を感じた。

 ……あれ?

 涙ににじむ視界の向こうで横たわるアインノールの唇が、微かに動いた様に見えたからだった。ミファはもう一度両の手で涙を拭いアインノールを見た。すると今度は、わずかだが喉も上下に動いている様に見える。

「アイン…… 生きてる……」

 ミファの口から思わずそんな呟きが溢れた。

 いくら幼なじみとは言え、典型的な封建社会の主と従者の関係で主の名を略称で呼ぶなどはあってはならないが、彼女はアインノールと二人だけの時は幼い頃と同じくお互いを愛称で呼んでいた。

『アインノールが生きている!?』

 その驚きから、思わず自然と愛称で呼んでしまったのである。

 そんな彼女の言葉に、大人達はそれを咎めるより先にアインノールの顔をのぞき込んだ。その時、アインノールの目がパチリと開いた。

 その時の大人達の反応は全員がギョっ!として半身を引いた。続いて……

「げほっ! ごほごほっ、ごほごほっ! うえっほっ! げっほ……っ!!」

 ベッドから半身起き上がり、目に涙を浮かべて少女のような顔をゆがませて咳き込むアインノールの姿に驚愕の表情でベッド脇から飛び退いた。臨終を確かに看取った医師などは腰を抜かしてその場に崩れ落ちる始末だった。

「げほ……っ! マジで死んだ、ぜって-死んだ……っ! つーか超痛かったつーのっ!!」

 居合わせた一同が声も無く唖然とする中、アインノールは咳をしながらそう叫んだ。そしてようやく咳が落ち着いたところで周囲を見回し首を傾げた。そして傍らに立つミファと目が合うと恐る恐ると言った様子で訪ねた。

「あ、あの…… ここどこ?」

 そんなアインノールの言葉は、ここに居る人間が誰一人として聞いたことがない言葉だった。

「あれ? 日本語通じない? Can you speak english? 」

 今度は英語でそう聞いたが、やはり一同驚いた顔で自分を見つめるばかりで答えてはくれない。

「い、生き返った…… アインが生き返った……!」

 ミファの瞳には再び涙があふれた。だが先ほどとは違い、今度は嬉し涙だった。しかし当のアインノールには、彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。

 そう、彼には言葉が通じていなかったのである。

 ミファはそんなアインノールに、周囲の目などかまうこと無く抱きつき、大声で泣き始めてしまった。アインノールはこの状況がさっぱりわからないと言った様子であたふたしていた。

 それもそのはずなのである。

 それまでのアインノール・ブラン・デルフィーゴは、確かに先ほど息を引き取り黄泉へと旅だった。

 では、ここでミファに抱きつかれ、状況が理解できないであたふたしている者はいったい誰なのだろうか?

 もちろん、デルフィーゴ王国第二皇子、アインノール・ブラン・デルフィーゴその人である事には違いない。外見だけは……

 だが、その記憶と意識は日本人、藤間昴のものだった。

 あの日、ガードレールを跳び越えて宙を舞った彼の意識は時空を超え、ここカレン界で臨終を迎え、今まさに魂が離れたアインノールの肉体に収まってしまったのだ。

 こうして藤間昴は三十五歳にして九歳という奇妙な第二の人生を歩み始めることになる。それも、それまで過ごしてきた世界とは全く別の、未知の世界で……

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