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云上泰のファンタジックホラーシリーズ

競作『サイコキラーの悲劇 ~Doll killed Doll master~』

作者: 眞三

第五回競作イベント開催! 今回のテーマは『人形・ぬいぐるみ』

では、ご堪能あれ!!

 真っ暗闇の浴室で蠢く独りの男。その者は作業用エプロンを付け、マネキンの様な人形に向かって笑いかける。ペンキ入りスプレーを手に取り、繊細な手つきで無機質なマネキンに着色していく。すると、単調な肌色がみるみるうちに張りのある、まるで生きているかのような明るい色に変わっていき、それを見て男は頬を綻ばせた。

 次に、箱から毛の束を取り出し、丁寧に頭、眉、などにピンセットを使って注意深く貼り付けていく。大胆の様に見えて、このとても繊細な作業は、男の顔に汗をにじませ、手を小刻みに震わせた。

この気の遠くなるような作業が終わると、先ほどまで無愛想だった人形が、生き生きとした人間のはく製へと生まれ変わった。男は気を許さず、新品の服をビニールから取り出し、丁寧に着せた。下着、スカート、シャツ、上着、アクセサリーに至るまで、男の拘りなのか何度も付け、唸っては外しを繰り返した。

 そして、ついに完成する。男は、己の作り上げた傑作をさっそく居間へ注意深く運び、照明の元へ立たせた。カメラを手に取り、あらゆる角度からシャッターを切り、その度に不気味な微笑みを覗かせる。

 満足したのか、撮影が終わると、寝室へと等身大人形を運び、ドレスルームを開ける。そこは、まるで大物俳優が持っていそうな部屋だった。

 とても広く、奥行きの深いそこに、数十体もの男のコレクションが行儀よくポーズを取り、飾られていた。その中に新しい一体が加わる。そして、またにんまりと人形に向かって笑いかけた。




「僕は、子供の頃からサイコキラーに憧れていた」


『サイコキラー』それは、もう人間とは呼べないほどに狂った存在。己の欲の為、目的のために人を次々と惨殺しては、自分の性的欲求を満たす。ある者は斧で、ある者は車で、またある者はフライパンで人間を叩き壊し、自分の一部にするのだ。そして解放する。

 そう、この解放の意味を知ることのできる者は少ないだろう。そう、狂った者にしか理解できず、また味わう事すらできない。理解できない一般人が殆どだろう。

 僕には理解できる。そう、子供の頃から僕は『サイコキラー』に夢を抱き、いつしかこんな大人になりたいと……願った。

そのため僕は、幼少のころから勉学は欠かさなかった。ゲームで遊ぶことも、外でキャッチボールをする事も、また友達を作ることさえも僕はしなかった。ただ、殺人鬼へと成るために僕は、日々の努力だけは惜しまなかった。

 なぜ僕がここまで固執するのか? それにはちゃんとした理由がある。

 その理由は、この世にどうしても僕の名前を刻んでやりたかったのだ。

 世に名を刻むのは難しいが、簡単な方法がある。それは、サイコキラーになればいいのだ。

 それはとても簡単であり、とても難しかった。

 どうやったら、人々の心に残る殺人鬼になれるのか……。

 ある者は死体を食べた。またある者は死体でドレスを作ろうとした。またある者は、臓物を抜き取ってコレクションにした。

 僕はどうしようか?

 その答えを弾きだし、とうとう僕はサイコキラーになった。

 恐れられる存在に、伝説に近づくために……かのテッド・バンディの様に、エド・ゲインの様に、そして切り裂きジャックの様になりたい。

 僕の……夢だ。




「やぁ、今日も残業かい?」


 涼野平和は、社内一の美人OLの美智子に気さくに話しかけた。彼はブランド物のスーツを輝かせ、端正な顔でさわやかな笑顔を作っていたが、彼女の目には不思議と嫌味には映らなかった。

 彼は巧みな言葉使いで彼女を食事に誘い、星2つのフレンチレストランに誘う。顔が効くのか、支配人に出迎えさせ、星空の見えるバルコニー席でフルコースをご馳走し、食後に彼自慢のワインを出させ、共に一本空ける。


「こんなにご馳走になっちゃって……御礼はいつ貰いたい?」


 社内一の美人が頬を紅潮させ、シャツのボタンを3つ外す。片眉を上げ、彼女の好意に応え、唇で答える。しばらく絡み合う2人。倒れるワインボトル。

 涼野はそのまま自宅のマンションに招待し、そこで彼女の御礼を受け取った。激しいダンスの後に満足するように息を荒げる美智子。

 夜明けと共にシャンパンで乾杯。グラスを傾ける2人。彼の逞しい腕の中で眠る麗しの彼女……それが永久の眠りと知らず、社内一の美人は短い人生の幕を閉じた。



「そして、僕は彼女を永遠にした」

 見事な裸体が崩れる前に、腐らないよう防腐処置を5時間かけて済ませる。これの為に通った国立の医大に感謝。あそこの教授は、僕がこんな事の為に必死で勉学に勤しんでいたなんて、気付いただろうか?

 次に、体を樹脂で固める。浴槽たっぷりの液体を素早く丁寧に彼女に塗り込み、体を完全に固めてしまうのだ。そして、あとはマネキンや葬式に出す前の遺体にすることと同じだ。

 化粧。彼女の美を永遠にするための化粧を、独学で学んだ知識の元で丁寧に施し、ついに完成させる。手慣れたものだ。すでに37体もの人間を人形に変えてきたのだ。

 同僚、親、親戚、近所の気のいいおばさん、幼馴染、最初の彼女、殺してやりたかった虐めっこ、教師、ホームレス……僕は人形にして幸せにしてあげたい、また苦しめてやりたかった奴らを次々に樹脂で固め、僕の芸術に加えてやった。

 そう、僕はドールメーカー。

 人形はどんなに時を経ても美を崩すことはない。歳をとらなければ、無駄な発言、行動をしてイメージを崩す事もない。理想の形だ。

 僕は人を人形に作り替えて、我欲を解放するサイコキラーになったのだ。

 世界でどこを探してもこんな殺人鬼はいないだろう。そして、必ず世に名を刻むだろう。そして、僕は永遠の存在になるのだ……。

 彼らの様に……。



 今年で僕は30歳になる。そろそろこの世に名を刻むとしよう。

 こんな人徳に反する行為を何度も続けても、警察は僕にはたどり着けなかった。それどころか、ニュースはおろか新聞にすら載りはしなかった。

 それはそうだろう? 僕は徹頭徹尾の計画をもってして人形を作り続けてきた。尻尾なんか掴ませはしないさ。

 そんな完璧な僕は、とあるささいな失敗をしでかし、警察に捕まる。この失敗が肝心だ。どんな完璧な人物にでも、汚点が無くては可愛くない。

 捕まった後に極刑を言い渡され、伝説に成る。

 これがハッピーエンドだ。



 その為、僕は会社の同僚であるOLの沙紀さんを自宅に招待した。いつも通りにいつものレストランで外食を済ませた。だが、酒は飲ませなかった。僕の偉業を酒の見せる夢幻にはさせたくなかったのだ。

 部屋に招き入れ、僕のお気に入りのジャズをかける。程よい音量で心を落ち着かせ、ドレスルームの戸に手をかける。

 今迄、誰にも見せた事のなかった禁断の扉、秘密の部屋……僕は目を閉じ、これから起こる自分の未来を瞼に見た。ふふふ、僕はサイコキラーだ……。


「僕のコレクションだ」


 戸をガラっと開ける。

 すると彼女は、この光景が理解できなかったのか、それともできたのか……目を大きく見開き、口をポカンと開けた。しばらく僕の作品たちを眺め、そして僕の方を見た。


「この、変態!!」


 彼女はそれだけを言い残して部屋を出て行った。

 僕の欲しかった言葉はそれではなかったが……まぁいいだろう。これで、僕の人生の終わりと始まりに一歩近づいた。あとは、待つだけだ。



 だが、どうしたことだろう? 警察は一向に、僕の部屋には来なかった。

 おかしいと思い、会社へ出勤し、沙紀さんに話しかけた。

だが、何も答えなかった。当たり前だとは思ったが……まさか、僕に必要以上の恐怖を感じたのか? 自分も人形にされると思ったのか? とんでもない誤解だ。君は、僕の理想の人だ。君には伝説の第一発見者の座について欲しかったのだ。

 彼女と二人きりになる状況を無理やり作り、本音を彼女に暴露すると、頬を思い切り叩かれた。


「うるさい、この変態! 2度と私に近づかないで!!」



 僕は次の日、警察署へ出頭した。受付の娘に、今まで自分がやってきた事を話し、取調室へ招いて貰った。理想の終わり方ではないが、まぁいいさ。

 早速、刑事が入ってくる。やる気なさそうに頭を掻き、重そうな腰を椅子に付ける。


「で? 殺人鬼なんだって、あんた?」


 刑事は頬杖を付きながら、やる気のなさそうな瞳で僕を見た。

 僕は、今まで自分が何をやってきたのかを事細かに話した。

 最初に両親、次に親戚、その次に最初の彼女……僕はその頃から付けていた日記帳を読み上げた。終わるのに一時間はかかっただろうか。

 刑事は聴いているのかいないのか、メモを取りながら頷くだけだった。

 

「話は以上です。僕を逮捕してください」


 そこまで言うと、刑事はタバコに火を点け、疲れを吐き出すように煙を吐いた。何も言わず、ただ僕の目を見据え、指で机をリズムよく叩いた。

 しばらくすると、取調室に制服警官が入ってくる。刑事に書類束を渡し、軽く敬礼して退室する。

 刑事は、その書類に黙って目を通した。また重々しくため息を吐き、また僕の目を見る。


「はいはい、わかった。あんたのやってきた事はよくわかったよ。正直、俺らも暇じゃないんだ。最近の公務員は怠慢だとか、税金泥棒とか言われてるが、世間が言うほど俺らは……」


「ま、待ってください! ど、どう言う意味ですか?」


 すると刑事は僕を睨み、机を思い切り叩いた。衝撃で灰皿が一瞬宙に浮き、灰がこぼれる。


「刑務所の飯が欲しいって程、貧しくはないだろ? そのナリならよ。今日は見逃してやるからとっとと帰れ!!」


「な、何を言っているんですか?! ぼ、僕はサイコキラーですよ!?」


「人ひとり殺さないで何がサイコキラーだよ。この書類見てみろ! お前が殺した筈の両親は元気だし、お前の言った通りに犠牲者と思しき者を調べたが……みんな普通に生活しているぞ?」


「そ、そんな馬鹿な! あ、じゃあ僕の部屋を、僕の部屋を調べて下さい! そこに全員いるんです!!」


「……ったく、そんなに死刑になりたいのか? お前みたいな変わり者は初めてだな」


 刑事は渋々と携帯を取り出し、彼の部下に僕の部屋を捜索するように頼んだ。僕は合鍵を渡し、火を見るよりも明らかな証拠が眠っているドレスルームの事を話し、そこを調べるように言った。

 しばらく待つと、刑事の携帯電話が鳴る。彼はそれに答え、苦々しい表情を浮かべた。


「お前のドレスルームには……確かに人形があった。だが、それらは全部、ただの人形だったとさ。棚にはマネキンの請求書が束になって入っていたそうだ。あいつらが言うには、その人形の完成度は素晴らしいって……」


 このセリフを聞き、僕は絶叫して取調室から逃げるように走り去った。

 頭の中では何に裏切られたのか、何がウソだったのか、どこから虚構だったのかを悩み、苦悶した。

 僕の長年の夢。サイコキラーになる為の夢が打ち砕かれ、全てが無となる。

 いや、そうはさせない……僕は永遠になるんだ……。

 僕は、歴史に名を刻むんだ!!


 その3日後、涼野のマンションの一室に警官たちが押し寄せていた。検察官は彼の部屋をスミからスミまでシャッターを切り、指紋を採取した。先日、涼野を取り調べた者とは別の刑事が来ており、浴室で腕を組み、苦しそうに唸っていた。

 その浴室のバスタブには固まった樹脂が満たされており、そこには涼野が頭からそこへ突っ込んで死んでいた。


「お前、これをどう見る?」


 刑事は相棒に語り掛けた。


「……自殺、ですかね……他殺にしては手が込み過ぎているし……」


「……わけがわからん……そういやぁ、今日はマスコミが来ていないが……どうした?」


「勝手な奴らですよ。訳が分からないし、面白味のない事件なんて、記事にしても金にならないからって……少し話を聞いて、つまらなそうに帰りましたよ」


「……そうか。で? どうする、この事件?」


「遺書は見つかってないんですが……自殺で片づけた方が無難か、と……」


「だな……しかし、気味悪いな……」


 浴室で作られた、涼野の最後の作品。この意味を知るのは、事切れた彼のみとなった。彼の死に顔は、満足そうな笑みを作り、見るものの表情を引き攣らせたという。


「で、このホトケの名前はなんだっけ?」


 刑事はひとこと呟きながら浴室を後にした。


如何でしたか? これはハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか……読者である皆様の判断に任せます。

因みにタイトルはサザンオールスターズの『ビッグスターの悲劇』から頂きました。歌詞の内容とも若干一致しております……多分。

では、次回の競作でお会いしましょう!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「人は芸術家をその人生の最高の瞬間で評価し、殺人者をその人生の最低の瞬間で評価する」というコリン・ウィルソンの言葉を思い出しました。 「常識の境界を超越する」という点で芸術家とサイコキラーは…
[一言] サイコキラーと言う、サイコパスの心面をうまく書き出せている作品でした。 ホラーに必要な物は、相手を怖がらせることと自らを騙すこととどなたかが、ずいぶん昔にいっていた記憶がありますが、それら…
[一言] やられましたね!!!!!(汗 最後のどんでん返しには驚きました。 回を増す毎に書き方が上手くなっておられますね。 それも競作の影響でしょうか? 特に情景描写が増えてきている事が、作品の…
2013/06/15 13:07 退会済み
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