第八話 それぞれの位置
「……ヤズノ様。これでよろしいのですか? 」
「本宮」の離れのような建物に、ヤズノとゴウノは部屋を与えられた。
ずっと窓から「ヤマトノ国」の様子を伺っていたヤズノは、ゴウノの言葉にはすぐに答えなかった。
「……まさか。すでに「タケハヤ」が何者かに殺されていたとはな。
あの「異神」に会った時から、胸騒ぎはしていたのだが……。
「王」から申し付けられた「ヤマト討伐」……タケハヤが死んでいたのでは申しわけがたたん……」
「……いいえ。目的としていたタケハヤは「何者か」によって殺された。
それがあなた様でもよろしいではありませんか……オウス様」
「ここではその名を呼ぶな」
その時――ヤズノの声は――男性の声と同じほどの低さと響きを持っていた。
「申しわけございません、ヤズノ様」
ゴウノは深々と頭を下げる。
「……ここはヒミコの国だ。
あの「巫女」に子はなかったとしても、その弟のタケハヤには二人の妻と五人の子供がいる――そのうちに二人にヒミコと同じ「御力」が備わっているというのであれば、いずれはそのうちのどちらかが、ヒミコの後を継ぎ、「ヤマトノ国」の「女王」となることも十分ありうることだ。
今は様子を見て……いずれかを殺めねばなるまいな……」
「聞きましたところ、イクタマという第一妻には「イヨ」という娘。これはまだ八歳(実質四歳)と、第二妻のサホビという女には「トヨ」という娘がおります。
これは二十四(十二歳)になるそうです。
このままでいけば、「トヨ」がヒミコの後を継ぐことになるでしょう。
互いに覇権を争っておりますので、それに乗じて策を巡らせることも出来ましょう」
ゴウノが――ヤズノにこの国の兵士に訊いた情報を報告する。
「……そうだろうが……「御力」の差にも問題があると思える。
どちらになるか。それを見極めねば……両方殺める必要があるとなれば、ますます考えねばならん」
「はい……」
ゴウノの返事を聞き。ヤズノは小さくため息をついた。
「どうされました。ヤズノ様? 」
「いや……さすがは「ヤマト」と思うてな。
故国の「クナ」とは比べ物にならないほど……人の数も、田畑の規模も違うと思うた。
しかも「魏」よりの使者までいるとは……。
我が国から「魏」へ使者を送っても、相手にされぬわけだ……」
この時のヤズノの声は――「オウス」に戻り――どこか自嘲した笑みをたたえていた。
「そして異国の地でこのように……女として姿を偽り……討つつもりでいたタケハヤはすでに殺されていた。
先の「クマナノ国」討伐を成し遂げたばかりで次は「ヤマト」……父上は私を迎える気はないのであろうな。
このまま「ヤズノ」としてここに骨を埋めるのもよいかもしれんな……」
「この時だけ……ご無礼をお許しください。
……弱気になられてはいけませぬ、オウス様。
この「ヤマト」さえ滅ぼせば、ケイコウ様もお気持ちを変えないわけがございません。
「クナノ国」の最大の敵なのです。
お気を確かに……ここで弱気になっていては、全てが潰えてしまいます」
「ああ、今だけ許そう。そうだ…そうだな……ありがとうククチ……」
「礼など……このククチには必要ございません」
このような身になってまで。自分に仕えてくれるゴウノ――ククチにオウスは心から感謝をしていた。
だが――今は。「クナノ国」の王「ケイコウ」より与えられた「ヤマト討伐」を成し遂げるという目的を果たすために。
オウスは――気持ちを新たにした。
「ゴウノ。
もう少ししてから、「異神様」のご様子を見に参りましょう」
「は……ヤズノ様」
こうして二人は――元の「偽りの姿」に戻ったのだった。
◆◆◆
「カムヤが戻ったというのか……」
同じ「本宮」の一室。
カムヤの母――イクタマと同じく、殺されたヤマトの王「タケハヤ」の第二の妻。
サホビが忌々しげに言葉を吐き出していた。
カムヤがタケハヤの死に逆上し、飛び出していった――と聞いたときから、サホビは嬉しさを隠せなかった。
このままあの目障りな王子が死んでしまえば。
後は邪魔なイクタマとイヨを何とかすればよい。
一番問題なのは――チョウセイだが、タケハヤを王の推挙したのはこのチョウセイだ。
そして――ヤマトはヒミコが治めていた時代からこの一年で大きく乱れた。
その責任を押し付けて、このまま失脚させてしまえば――と考えていた矢先。
カムヤが戻り――何やらおかしな客を連れてきたという。
そうサホビに伝えてきたのは――ナシメという男だった。
「ヤマトノ国」の「大夫」として王を支える地位にある。
数年前に大国「魏」に「使者」として赴き、この全ての国々の「王」としての証を賜ってきた――実績がある。
「魏」の「官史」であるチョウセイと唯一肩を並べる存在でもあった。
そのナシメがタケハヤではなく、その娘――サホビの娘である「トヨ」をヒミコの後継として押していたが、チョウセイが「神の巫女」としての役目にあるヒミコに代わり、「ヤマトノ国」の実質の政を司っていた弟――サホビの夫であるタケハヤを継ぎの王とした。
その時から。
チョウセイとナシメの間には――溝が出来ていた。
今はチョウセイが第一の妻イクタマの娘「イヨ」を継ぎの女王として押しており、ナシメは引き続き「トヨ」をこの国の新たな女王としてふさわしいとしていた。
「ヤマトノ国」は現在、二人の実力者による二つの派閥が出来ている状態にある。
サホビはそのナシメ派の中心として、この国の覇権を争っている最中だった。
「その「客」とはなんなのだ? 」
サホビの苛立ちは募るばかりだ。
「「いのかみ」という「神」の名を名乗っているそうだ。
それも「朱雀」のような朱色の鳥を共に連れているらしい……カムヤの命を救ったのもその「いのかみ」らしいのだ。
それもこの「ヤマトノ国」の「守護神」を名乗っておるとのこと。
カムヤを助けたとなれば、チョウセイ側につくであろうに……面倒なことになったものだ……」
「で。どうするのだっ!? 」
「どうするもこうするも……しばし様子を見るほかあるまい。
実際、「ネノ国」が反旗を翻し、この国へと攻めてくる様子を見せている。
今動くのは得策ではない……」
ナシメは慎重に――苛立っているサホビに答えた。
「……それでは……」
「慌てても何も出来ぬ。
今は我慢の時だ……サホビ姫。悪いようにはしないから、今は堪えてくれぬか」
「……ぬぅ……」
サホビは呻き――ナシメを睨みつけた。
サホビもまた、「良い策」が思い浮かんではいなかったのだ。
「……しかし。あの「いのかみ」とは一体何者なのか……」
ナシメは――深いため息をつくことしか――出来なかった。