第六話 異神とその不安
この大きな建物は「本宮」と呼ばれている「王」の一族が住まう場所らしい。
◆◆◆
カムヤから昨日の夜、カムヤの父親でもある「タケハヤ」という王が何者かに殺されたという話を聞いていた。
だからこそ、カムヤは隣国である「ネの国」の者の仕業と考えてその仇を討つために、あの場所まで国を飛び出して来ていた事も話してくれた。
それはもうやらないで欲しいと葉月が頼むと
「大丈夫。もうやらない……」
とカムヤは言った。
肉親が何者かに殺される。
自分が殺した男たちにも――家族があったのだろうか?
葉月の心は休まることはなかった。
◆◆◆
体を湯に浸した布で拭き取る。
これはオオネがやってくれた。
『我がやろうか? 』
とシュナが申し出たが――よくよく考えてみれば、傷の手当をしていた時、シュナは「男」の姿をとっていた。そのことを葉月がシュナに抗議すると。
「ご遠慮申し上げます。
処女のことをなんだと思われておられるのです。シュナ様」
これはオオネの言葉。
『してやられたな。
我は御簾の外で待つこととしよう』
笑い声を上げながら、朱色の孔雀は御簾を潜り部屋の外へと出て行った。
「へんな孔雀……」
葉月は呟いた。
「くじゃく……? 」
オオネが不思議そうに葉月の言葉を繰り返した。
葉月がそんな鳥が自分の世界にはいるのだと説明すると――。
「そう。
シュナ様は「朱雀」様なのだと思ったけど……」
「すざ……ああ。「南」を守る神様の鳥のことですね」
「そう。これはチョウセイ様が教えてくれたの。
ハヅキは「朱雀」様の化身なのでしょう? 」
「……そ、そうですね……」
否定したいのだが、どう説明してよいのかわからずについオオネの言葉を受け入れてしまう。
「それなら……この「ヤマトノ国」はもう大丈夫ね。
イヨの「言霊」は本当だったのだわ……」
肩の傷を気遣いつつも、オオネが葉月の体を拭きながら――安堵のため息をついた。
「……イヨ……さんって、オオネさんの妹さん……」
「ええ、イヨはヒミコ様の後を次ぐだけの「御力」を持っているから。
あの子が今朝そんな「言霊」を口にしたの。
「カムヤ兄様がこの国を救う、未来の世より参られる「異神」を連れてこられる」と。
そして、「「異神」とその眷属たちによって、この世の争いが収まり、平安が訪れる」とね。
これは全てハヅキとシュナ様……あの「イトノ国」から参った者たちのことを指しているので
しょう」
オオネにそんなことを言われても――と葉月は思った。
自分は何でもない。なんの力もない――普通の女の子だ。
ただ、シュナに騙されてやっているに過ぎない。全部、あの鳥が悪いんじゃんっ。
だんだんシュナへの苛立ちに変わっていったが――それでもカムヤやオオネたちを騙していることに変わりはない。
「……そんなこと」
「でも……そのせいで、あなたに大変な思いをさせてしまったのね」
葉月の背中に――オオネの温もりが感じられた。
そっと。オオネは体ごと葉月の背中に寄り添うように触れている。
「ありがとう……カムヤを救ってくれて。
あなたたちが生きてくれたおかげで、未来は繋がったの。
奪った命の償いは、私も共にするから……ひとりで苦しまないで」
葉月はびくりと体を小さく震わせた。
「いい。私はあなたと共に歩む者と考えて。
だから……苦しいこと。辛いことがあったら、私に話して。
初めて会った私に、このような話をされるのは信じられないでしょうけど。
私はそのために「ここ」にいるのです……」
驚きで葉月は――振り返ることが出来なかった。
どうしてそんな話になるのだろう?
「イヨに伝えられているのよ。
私の役目は「異神」と共にあること……と。
それが私の役割。ハヅキが「異神」として「天の国」からお役目として、この「ヤマトノ国」に参られたように。
私もあなた様のお仕えすることが、わたしのお役目です。
だから、何も案ずることはないの。
私は今からこの「国」でのあなたの眷属。あなたの「姉」。
いっぱい甘えていいのよ……」
「……そんなこと言わないでください。
お願いです……」
葉月の声が低く――くぐもって聞こえる。
せっかく堪えていた涙が、再び溢れてくる。あんなに泣いたのに、また――。
何故かはわからないけど――止めることが出来ない――。
「我慢していたのね……」
オオネは優しくハヅキを抱きとめた。
葉月は外にいるであろうシュナに聞かれたくなくて。
声を堪えて――泣いていた。
◆◆◆
「シュナ殿」
部屋の外にいたシュナに――チョウセイが呼びかけてきた。
『何ようかな? 』
「しばし……話を、よいかな? 」
『ふむ。異神をお待ちしているところだが……かまわぬ』
チョウセイとシュナは――部屋の前を離れ――建物の角に移動した。
「見たところ。あのハヅキはどうも「女神」としては……」
『そうだの。まだ目覚めたばかりゆえ。
今朝まで人も殺めたことのない「未来の国」にいたのだ。
カムヤに出会って、その力に目覚めたとしか……今は言えぬ。
頼りなく見えても仕方がないのう』
「そのような……カムヤに話を訊いて……どうも納得がいかぬために尋ねたが。
それはあまりにも酷くはないか?
これまで人も殺めたことのない少女が、カムヤを助けるためにと人を殺めたのであろう?
あの肩の傷もそのために出来たという。人を殺めたことによる躊躇いが招いたものと見るが……。
そのような者がこの「ヤマタイ」を護るために参ったと言われても……」
『真実なのだから仕方あるまい』
チョウセイの言葉にも、シュナは動じる気配がない。
『汝、「魏」もなかなかに揉めておると思うが。
この「国」のことに関わっておいてよいのか? 』
鳥だというのに。さすがは神の御使いと言うべきか。すべてを見透かしている。
チョウセイはシュナから畏怖の念を感じずにはいられなかった。
「これが私が賜った役目なのでな……。
「クナ」との争いを収めねば「魏」には戻れぬ。
そのためにこの地に骨を埋めることとなろうとしても……帰れぬよ」
『なかなかの忠義者じゃの』
己の思いを込めて口にしたというのに。
シュナの返答は――呆れているようにもとれるほど――軽々しい。
チョウセイは少しの苛立ちを感じずにはいられなかった。
「して。これからこの「国」のために何をしてくれるというのだ? 」
『言わなかったかの? 「守護」するために参ったと。
「異神」殿のことは心配いらぬ。あれでなかなか芯が強いお方じゃ。
汝は気にせず、己の「役目」を全うするが良い。
それが全てうまくいくと――我は考えるが?
我は「異神」の従者ゆえ。「先視」の力は持ってはおらぬ。
これ以上、この国がどうのこうのと我は助言出来ぬぞ? 』
「……よくわかった。礼を言う……」
神の御使いか。
結局シュナとの会話は――腹立たしいとしか思えなかった。
今朝――イヨが口にした「言霊」。
あの少女はこの「国」を救えるのだろうか?
チョウセイには――それ以上葉月に期待することが出来ずにいた。