第三話 ヤマトノ国へ
散々泣いて――落ち着いた葉月から離れると、カムヤは自分の衣服の袖を破き、泉に浸すと――「冷たいぞ」と言ってから。
葉月の頬の拭いきれていない血糊を優しく拭き取ってくれた。
「あ……ありがとう」
「礼は俺が言うべきものだ。こんなこと、礼にもならん」
頬を染めて――カムヤを見つめる葉月を、カムヤは優しく微笑みかえした。
『こうしてても埓があかぬ。
カムヤ殿を国まで送らねばな』
そう言って、シュナは再び虎の姿になると――傷の手当が済んだふたりを乗せて走り出した。
「すごいな……」
葉月の後ろに乗ったカムヤの声を聞き、葉月は微笑むと
「本当に。こういう時のシュナは役立つんだけど……」
そう言って――カムヤがくすくすと笑った。
『御身はなにか言ったか? 』
「別にぃ~」
そんなふたり? のやり取りを見て――カムヤはますます笑っていた。
◆◆◆
カムヤが一晩かけて移動した距離も、シュナに乗って、あっという間に――ヤマトノ国を一望出来る丘の上まで着いた。
「あれが……ヤマトの国? 」
葉月が驚く。
それは木製の柵が広く作られ――そんな柵に囲まれた、その中に簡素な建物が建ち並んでいる。
おそらくは稲作のためのものだろう――まるで「池」のような田んぼも点在している。
これが「国」と呼べるものなのか?
ただの「村」としか呼べないような――葉月はイメージとまるで違う小規模さに、言葉を失っていた。
急にバサバサという羽音が聞こえ――葉月は怪我をしていない右肩に、違和感を感じた。
『我は少し疲れたゆえ……御身の肩に止まらせてもらおう』
「ちょっ……ちょっとぉっ!! 」
本当に厚かましい孔雀だっ!! 葉月が抗議の声をあげようとすると、カムヤがひょいとシュナを抱えてしまった。
『おいおいっ』
「……葉月はつかれておる。俺がシュナを運ぶ……それで良しとしてくれ」
怪我は葉月よりも酷いはずなのに――どこまでも男らしいカムヤに――葉月はますます惹きつけられていた。
「……いいよ、カムヤ。私が……」
「いい。俺は「ヤマトノ国」の男だ。この程度で疲れていては、皆に笑われる。
それに葉月は女だ。男の俺がこれぐらい出来ずにいたら、葉月に愛想をつかされてしまうだろう? 」
「……そんなこと絶対にないって……」
『いいムードじゃの』
「あんたねっ!! 」
「ムード」の意味がわからずに、目を瞬いているカムヤを他所に、葉月とシュナの掛け合いは進んでいる。
とうとうカムヤは耐え切れずに笑い出してしまった。
「ハヅキとシュナは本当に仲が良いのだな」
笑い苦しそうに言うカムヤに――葉月が慌てて反論を試みる。
「……そ、そんなことないって。ここへきて会ったばっかだし!! 」
「ここへ来て? ……ああ。ハヅキはここより「先の世」から来られた「異神」であったな……」
「そんなすごいもんじゃないって。シュナが勝手に言ってるだけなんだし……」
「……いつかは……戻られるのか? 」
急に寂しそうに呟くカムヤの変化に――葉月は驚いた。
「あ……すぐにって訳じゃないし……その」
「そうか。それはよかった。
ハヅキにはこの国を案内したかったんだ……」
笑みを浮かべるカムヤに――葉月は頬を赤らめ――俯いた。
「あ……ありがと」
「だから……礼を言うのは俺の方だ」
『まったく……良いムードじゃ』
シュナが再び呟いた。
◆◆◆
「あの……この国の方々とお見受けいたします」
けして大きな声ではないが――よく通る高い――女性のような声で、葉月とカムヤは話しかけられた。
特にカムヤはひどく驚いた様子で振り返り――尋ねてきた女性とその共らしい体躯の良い男の連れを訝しげに睨んだ。
「なにようか? 」
声も鋭く――まるで挑むような厳しさを含んでいる。
「私は「イト(伊都)ノ国」より参った旅の巫女にございます。
このヤマトノ国に起こる不吉な影を払うためのお役に立てればと想い参じたのですが、なにやら酷く混乱されているご様子。
一体何が起こったのかと思い……お聞きしたのでございます」
「名をなんと申す? 」
最もらしい――というべきなのか。
葉月には判断がつかなかったが。
カムヤは厳しい態度を崩すことなく、女性に名を訊いていた。
「これは申し訳ございません。
私の名はヤズノ。後ろの控えし者はゴウノと申します」
『葉月よ』
結局――いつの間にか葉月の右肩に戻ったシュナが葉月に小声で尋ねてきた。
「何? 」
『この者たち……おそらく「裏」があろう。
だが……それは使えることやもしれん。
これから我が言うことを、そのままこの者たちに伝えてはくれぬか?
それがカムヤを助ける手立てになるかもしれぬのだから……』
「……どういう意味? 」
『我に任せろ。この時代のことは御身より詳しいのだから』
胡散臭いとは感じたが、このままでは先に進まないのも確かだ。
葉月はシュナの言葉を聞き入れ――その役目に従ってみることにした。