第二話 初陣
葉月は「カムヤ」という少年を取り囲んでいた男たちを見据えると、間髪入れずに抜刀した。
木々の間から溢れる日の光に、銀色にほんのりと紅く輝く刀身。
葉月はそのまま男たちへと駆け出した。
「……大丈夫なのか…」
カムヤが不安そうに葉月を見つめる。
歳は自分と同じ程度――否。それより下のようにも見える。
何故か拭いきれぬ一抹の不安。
あの少女は――人を殺めたことがあるのだろうか――?
竹刀と本身の刀の扱いは当然のごとく違う。
葉月にとって、このような戦いは初めてだ。
が。葉月にこのような力を与えているのは――シュナ。
シュナはこの「朱雀刀」の精であり、同時に自身が主に選んだ葉月の守護神でもある。
葉月に戦いに対する迷いを打ち消し、己の力を貸し与えることで、主である葉月も護る。
『遠慮はいらぬっ。存分に我を振るえっ。でなければ御身とカムヤが死ぬことになるっ!! 』
虎の姿のまま、男たちに襲いかかるシュナの声を聞きながら――葉月は思っていた。
そんなことはわかってる。私はこのカムヤを助ける。
手負いのカムヤを取り囲んで今にも殺そうとしていた、この男たちに怒りを感じていたこともある。
そう――葉月は思っていただけだった。
数度、男たちが振るってくる剣や槍を巧みにかわし、葉月は一人目の左胸――心臓に「朱雀刀」の刃をすべり込ませる。
その男の断末魔が聞こえた気がしたが――かまわず引き抜くと――葉月の顔に、その男からの返り血が飛び散った。
「……え?」
また次の男が襲いかかってくる。
葉月は「慣れた」ように、その男の振り下ろす剣をすり抜けると、背後から袈裟懸けに「朱雀刀」を振り下ろした。
また。絶命前の声が――悲鳴が聞こえる。
そして――葉月の白い長袖のTシャツに――大量の血がこびり着いた。
「……あ……」
思わず――頬に手をやる。
ぬるりという感触。右手には――まだ温かみのある――他人の「血」。
「あ……ああ……」
右手が――震えた。
自分の足元には、葉月が命を奪った男が――ふたり。
足元が、がたがたと震えた。
『なにをしておるかぁ、葉月ぃぃっ!! 』
男たちに阻まれ、シュナが声で警告を与えている。
葉月が振り返ると――そこにはこの一団を率いていた長である大きな体躯の男が、葉月に切っ先を向け――差し貫かんとしていた。
反射的に――葉月は避けた。
が、その男の剣は、葉月の左肩を浅く切りつけ、Tシャツがみるみる葉月の血で真紅に染まっていく。
「……くぅ……」
思わず呻く。
左肩を抑えて蹲る葉月に、男は容赦なくその命を奪うべく、今度は剣を大きく振り上げた。
葉月は――全身を凍らせる恐怖を感じた。
殺される――このままでは殺される。このままでは――。
そして、葉月は動いた。
だが――それは一拍遅かった。
男が振り下ろそうとしている剣の速度の方が、葉月の動きよりも速かった。
しかしそれは阻止される。
男の背後から――男の体を差し貫いた――剣があったからだ。
「今だ、ハヅキっ!! 」
声が聞こえて――葉月は男の体を袈裟懸けに切り裂いていた。
◆◆◆
「……あんた…人にもなれるの? 」
虎だった姿のシュナは――長く紅い髪を持つ男の姿へと変化していた。
『これが最後じゃ。いくら我とて、そうそう色んな姿にはなれぬ。
だが初陣とは言え……情けないぞ。我が主よ』
近くにある泉を見つけ、そこで葉月とカムヤの手当をしていたシュナが――そう愚痴た。
「……冗談じゃない……ふざけないでよ……私、私……人を殺したんだよ……」
『あれは仕方がない。そうせねば、御身とカムヤが殺されていた』
「だからって……あんたが私たちを乗せて逃げればいいじゃない……」
『あの時にそのような余裕はないと思うが……』
すでに葉月の瞳は――涙が溢れている。
シュナへの文句にも、嗚咽が混じり始めていた。
その時。
そんな葉月の体を――カムヤがそっと自分の胸へと抱きしめた。
「……すまない……俺のせいで……」
怪我が少ない右手だけで。葉月の頭を抱えるように――優しく、優しく抱きしめた。
「……うぅ……」
「思い切り泣いていい。俺も初陣の時はそうだったのだ。
泣いていいんだ、ハヅキ……」
葉月は右手でカムヤの衣服を掴み――声をあげて泣き始めた。
怖かった――怖かったんだ。
そして酷いことをしてしまった。そんな入り乱れた――自分でも整理出来ない重苦しい気持ちを解き放つように。
思い切り――泣いた。
そんな葉月には――カムヤの胸から響く心音が――心地よく聞こえていた。