第十五話 もうひとりの巫女
「……ナシメさんが私に会いたいって?」
葉月がヤズノにそう聞いた。
何度聞いても不可解でしかない。
「ええ。貴女の国のことを訊きたいとおっしゃっていられましたが。
実際は……何か別のことをお考えでいらっしゃるでしょう……」
ヤズノの態度も口調もどこか、ナシメの行動に[否定的]だ。
だったらこんな話をするな。という事になるが、ナシメから葉月へと話をされた以上、ヤズノが葉月に話したことは別に悪いことではない。
葉月もそのことは十分に理解している。
「ここにカムヤ様がいらっしゃったら、間違いなくハヅキ様をお止めしているでしょうね」
これはゴウノ。
普段は無口なゴウノだが、この時は珍しくヤズノの言葉に続けていた。
「……なんでカムヤが止めるの?あ。私を心配してくれているからか」
自問自答の後。葉月が納得したように言った。
この時。ヤズノとゴウノが揃って渋い顔をしていた。
「……何…二人共。その顔は?」
「お気づきになりませんか……ハヅキ様」
「何を?」
「……さすがに私もカムヤ様が可哀想になりました……」
ヤズノが――はぁと大きなわざとらしいため息をつく。
「何。何なのっ!?」
「……本当にお気づきにならないか?」
ゴウノまで。葉月の表情が完全に[戸惑っている]。
「カムヤ様は……ハヅキ様のことをお好きなのではないか……と」
「……え……ええええっ!!?
それはない。ないっしょっ!!」
「ない……っしょ?」
慌てて叫んだ葉月の言葉に、ヤズノが不思議そうに首を傾げた。
「あ……ないってこと。有り得ないよ……それは」
「ハヅキ様は……カムヤ様がお嫌いか?」
ヤズノに素直に訊き返されて。葉月は頬が急激に熱を帯びていく感覚に襲われた。
「いや……いやいやいやいや……うん、ない」
「そんなにお嫌いか?」
[嫌]と聞こえたらしい。
「ち……違うよ。うん、カムヤは男らしいよ。かっこいいよ。歳下だけど……」
「二つしか違わないではないですか?」
いつもは控えめなヤズノが、どうして今日はこうも積極的なのだろうか?
「あ……そ、そうなんだけど」
こういう時に限って、シュナはカムヤとチョウセイと共に、どこかにお出かけ中。
葉月はヤズノたちに預けられていたのだ。
「だってぇ……私はいつか帰るものぉ……」
そうだ。もしもカムヤを好きになってしまったら。それこそカムヤに申し訳がない。
「……いつかはお帰りになるのですか?」
なんでだろう。ヤズノの声が酷く寂しそうなのは。
葉月はヤズノの顔を見たくなくて、うつむき加減に口を開いた。
「いつかはね。役目が終わったら……帰るよ」
「役目……確か正当な女王がこのヤマトに就くまででしたね」
「うん、そう。だから……いつかは帰る」
出来れば早く。戦いなど起きぬうちに。
葉月は密かにそう考えている。
「寂しいですな……」
ゴウノまで。今日のゴウノはゴウノじゃないみたい。
そんなことを葉月は考えてみた。
「ただ……役目を果たせるように全力は尽くす」
それも葉月の本音ではある。
「そうですね。我々もハヅキ様の眷属として、精一杯力を尽くするつもりでおります」
「……ありがとう。でもそのナシメさんのことは……とっとと会っちゃおうかな?」
「いや。それはシュナ様に相談されてからの方がよろしいでしょう。
何か裏にありそうな人物ゆえ……」
ヤズノははっきりと葉月に言った。
ミヤズのことが気にかかっている。
葉月も年頃の女だ。
今、葉月に何かあっては今後のことで色々と障害が大きくなりそうだとヤズノは考えていた。
「そういうことか。じゃ……嫌だけどシュナに訊いてみるか……」
「それはお嫌なのですね」
「うん。あいつの言い方が腹たつし」
本当に葉月は自分の気持ちに正直だ。
ヤズノは思わず笑ってしまう。
「おかしいですか……?」
不貞腐れた顔でヤズノを見る葉月。
葉月は本当に表情が忙しく変化する。ヤズノはまた少し笑ってしまった。
「いいえ。ハヅキ様は素直な方だと思ったのですよ」
「……そうですか。それからヤズノさん」
思い出したように、葉月はヤズノに言った。
「何でしょう?」
「私やシュナのことは[様]なんてつけなくていいですよ。
堅苦しくて……」
「……」
とうとうヤズノは思いっきり笑い出してしまった。
「な……何でですかぁっ!?」
「す、すみません……」
涙を堪えながら、それでもヤズノは笑いを止められない。
見てみればゴウノまで笑っている。
「ひ、酷くないですかっ!?」
「ご……ごめんなさい……」
怒る葉月にヤズノは余計に笑ってしまう。
「……ハヅキ……迎えに来たけど……何がおかしいの?」
ミヤズがヤズノの部屋にハヅキの様子を見に来て――大笑いしているヤズノとゴウノに、むくれている葉月の顔を見て、首を傾げていた。
「別にぃ」
それでも葉月は怒っていた。
◆◆◆
『あまり葉月からは離れてくはないのだがな』
カムヤの肩にいるシュナがそう呟いた。
「すまぬな。私が無理を言ったのだ」
チョウセイがシュナに申し訳なさそうに口を開いた。
[本宮]から少し離れた雑木林。
カムヤ、チョウセイ、チョウシン。そしてシュナ以外人気はない。
『して。我になにようか?』
シュナがチョウセイの顔を見た。
「あなたは正しい女王が即位することを護るために、ハヅキ殿とこの地に来たと言われていたな?」
『その通りだ』
「ならば、それはイヨだととってよいのだな?」
『そうじゃ』
「ハヅキ殿とシュナ殿は我らの味方と……考えてよろしいか?」
チョウセイは矢継ぎ早にシュナへの質問を繰り出していく。
『面倒じゃの。そうだと言うておる。
チョウセイ殿たちが、我らの目的から外れぬ限りな』
シュナは機嫌を損ねたような口調になる。
「チョウセイ様。俺も少し慎重すぎるように思います。
何故そこまでシュナに訊くのでしょう?
俺にとってはハヅキもシュナも命の恩人なのですよ?」
それまで黙って聞いていたカムヤも、チョウセイの行動を不審に思う言葉を告げた。
「申し訳ない。
実はチョウシンが、ナシメとヤズノたちが話しているところを見たらしくてな。
後でチョウシンがヤズノに訊いたそうなのだが、ナシメがハヅキ殿に会いたがっていると言ってきたと言うのだ。
ハヅキ殿やそなたを疑うわけではないが……これは[ヤマト]の未来に関わる問題なのでな」
『そのような。
少し気にしすぎてはおらぬか、チョウセイ殿。
我も葉月も……ヤズノたちもそのような気は持ってはおらぬぞ。
考えすぎじゃ……』
「ならば……よいのだがな」
そう言って。チョウセイは嘆息した。
「カムヤ~っ!!」
人気のない場所だったにも関わらず。
カムヤを呼ぶ声に、一瞬でチョウセイたちの表情が強ばった。
「……トヨ」
カムヤが振り返ると。
そこにはサホビの娘――ナシメがタケハヤの跡目にと考えている少女、トヨが息を切らしながら笑顔でカムヤの方へと走ってくるのが見えた。
「やっと会えた。
母様がなかなか許してくれなかったから……」
嬉しそうな笑顔。
カムヤは腹違いの妹でありながら、こうして距離が遠くなってしまったトヨの笑顔に罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「久しいな……トヨ」
「うん。最近はカムヤも忙しそうだから……」
「そうでもないが……」
カムヤは戸惑いを隠しつつ、その声にはあまり嬉しさが感じられない。
が、トヨはそれを感じている様子はなく。それがカムヤにとっては救いでもあった。
「この鳥様が……[シュナ様]なの?」
興味深げにカムヤの肩にいるシュナをしげしげと見つめるトヨに、
『その通りじゃ。以後お見知りおきを』
とシュナがトヨへの挨拶を口にした。
「はい。よろしくお願いいたします、シュナ様」
トヨは嬉しそうにシュナへと頭を下げる。
「可愛らしい鳥様だね」
「あ……ああ。そうだな」
「今日は[異神様]はいられないの?」
「あの方も色々と忙しいのでな」
カムヤが言いよどむと、何故かトヨの表情が明るくなる。
「ならいい。カムヤ。また、いっぱい遊んでね」
「おお、そうだな」
「また遊びに来るから」
「待っている」
「うん」
自分の供を待たせていることもあり、トヨはカムヤとの会話を早々に切り上げては手を振りながら去っていった。
『素直な良き娘御ではないか』
「……ああ。少しもサホビ母様には似ておらん」
カムヤの言葉には、少々の嫌味が込められていた。
『そうか。我らはあの娘御と争うわけじゃの』
シュナの言葉は簡潔だった。
「……そういう事になるな」
チョウセイの表情はどこか浮かない。
「出来れば……争いなどしたくはないが……」
カムヤの口から付いて出た呟きが、その場にいる者たちの気持ちを物語っていたのは確かなことだった。