第十三話 戦の気配
オオネを加えて、チョウセイの部屋は葉月、カムヤにチョウシンの五人は真剣な面持ちのチョウセイを取り囲むようにそれぞれが向かい合っていた。
「これからのことを皆に伝えねばならん。
先ほどイクタマ殿にも話をさせてもらった。
タケハヤ王の世継にはイヨを据える。皆にも覚悟をしてもらいたい」
チョウセイの声音はいつも以上に低く、重苦しい。部屋全体に、肌をさすような痛みを伴う空気が支配し、葉月は居心地の悪さを感じていた。
自分は何故ここにいるのだろう?
自分はこの場にいてもいいのか?
そんな思いが、葉月の居心地の悪さを加速させている。
「ハヅキ殿。シュナ殿。あなたたちはどう思われる?」
チョウセイにそのように問われ、葉月はどう言ってよいのか困ってしまう。
おそらく自分ではなく、シュナに聞かれた質問なのだろうが。
『我はそれで良いと思うが……。
まだこの地に来て日が浅いゆえ何とも言えぬが、イヨ殿の[御力]の方がトヨ殿より上かと思われる。
ヒミコ殿の影響力が未だに色濃く残る[ヤマト]の地では、力の強い方のほうが尊ばれよう』
「でもまだ……」
イヨは四歳だ。葉月は右肩にいるシュナに言いかける。
『ここにはチョウセイ殿がおる。チョウシン殿も。
カムヤをイヨの代わりに政を行う[宰相]の地位に据えれば、経験がない歳若い者たちでも国の内外に知らしめる格好がつく。
政とはそう言うものなのだよ……葉月』
確か[宰相]とは、王の補佐として政治を纏める「右腕」のような存在だとシュナから聞いていた。
いずれはカムヤがその地位につくだろうことも。
だがわずか四歳のイヨに、十五歳のカムヤ。
文化はまだ発展途中の国であれ、そう容易いことではないぐらい葉月にもわかる。
クラスの学級委員になる、部活動の部長に選ばれる。などというレベルの話ではとても済まないことだ。
「やはりこのような話はシュナ殿の方がお詳しいようだな」
「……すみません……」
チョウセイの口から漏れた言葉に、葉月はつい謝ってしまう。
「そのようなことを申したのではない。
神にも得手不得手があろうということだ」
「……」
顔を俯ける葉月に、カムヤが優しく話しかけた。
「ハヅキは俺の傍にいてくれればそれでいい。
居てくれるだけで、俺は元気になれる……」
「……それって……私が何もしなくていいってことじゃない」
睨みつけるように、葉月は拗ねた様子でカムヤに口を開いた。
「そうではなく……ハヅキが……いてくれることが、この[ヤマト]のためになるということだ……」
「……象徴みたいな?」
「そ……そうだな」
カムヤの話はどこか曖昧で、葉月に問われるたびに、答えに窮していた。
その時ばかりは、他の三人は笑っていて――シュナは呆れていた。
◆◆◆
チョウセイが葉月たちに言いたかった一番のことは――。
それは「例えそれが争いの火種となっても、一度口にしたからには変えることが出来ない。特にナシメやサホビとの争いは避けられないだろう」ということ。
「次にナシメが「この国を出て行く」と言っても、黙って出て行かせることにする。
おそらくはこの[ヤマト]を二分する争いとなろう。
しかしそれを短期で解決し、それが出来次第[ネノ国]討伐に備えるつもりだ」
それは内乱を見据えた、近々大きな戦があることを示唆するものでもあった。
『御身よ。
いよいよ覚悟せねばならない時が迫っておる。
次の戦の時は、御身が人を殺めることを躊躇っては皆が死ぬ』
すでにチョウセイの部屋を出ており、重く沈んだ心のやり場に困っていた葉月は、部屋には戻らず。 ただ一人。シュナを連れた状態で田に植えられた稲が青々と風になびく景色を眺めながら、あぜ道を歩いていた。
その時に、肩にいたシュナに、そんなことを言われた。
「また……人を殺すの?」
『そうなる』
「……嫌だよ……」
『そうなれば、カムヤもイヨもオオネも護れぬ。ミヤズはもっと悲惨な目にあうだろうの』
「……」
シュナは感情のない口調で葉月へと言い聞かせる。
自分にこんなにも良くしてくれる人たちが死ぬなんて嫌だ。
だが、そのために人を殺さなければならないなんて……。
どちらの選択も、葉月には耐えられないことだ。
「ハヅキっ!! 」
「本宮」のある方角からミヤズが走ってくる。
葉月を必死に探していたのだろう。大量の汗をかいていた。
「……ミヤズ」
「心配した。どうかしたのか?」
主には[従順]。それが[せいくち]……。
ふいに、チョウシンの言葉が思い出された。
「ミヤズは……私のこと好き?」
「……大好き」
何の戸惑いもなく。ミヤズは笑顔で答えた。
それはここ数日の間でも、葉月も見たことのない――少女の笑顔。
「ありがと」
「ハヅキは……?」
「大好きだよ。当たり前じゃん」
「……よかった。ハヅキは優しくてかわいいから……だから好き」
照れることなく、素直に答えるミヤズのまっすぐな言葉に、葉月は気恥ずかしいを感じた。
葉月は自分の照れ隠しに手ぬぐいのような布を取り出すと、ミヤズの汗を拭き取ってやる。
「ありがとう……」
「いいよ。私を探してくれたんだから……」
礼を述べるミヤズに、葉月は笑顔で頷いた。
ミヤズも、イヨもオオネも……カムヤも護りたい。
でもそのために人は殺したくない。
それが葉月の本音だ。
それを捻じ曲げてまで通さなければ、[時]は正せない。
本当にそうなのだろうか?
葉月には知ることが出来ない。それとも知ろうとしないだけなのか?
答えは見いだせないままだった。
ミヤズの汗を拭き取りながら、漠然と考える葉月の様子をシュナは黙って見守っていた。




