第十二話 幸せの基準
「カムヤっ!! 」
翌日の朝。
葉月がカムヤの部屋の前でその名を叫んでいた。
「どうした、ハヅキ」
部屋の外に飛び出したカムヤに、葉月は鋭い眼光で睨みつけている。
「……俺が何かしたか? 」
「いいから。ちょっと来て」
ぐいっとカムヤの手を引っ張り、葉月は「本宮」から人気のない場所へと移動した。
「……ねぇ。
ヒミコさんが亡くなった時に、「せいくち」が生きたまま百人も埋められたって本当なの? 」
「……誰から聞いた? 」
葉月から告げられた話に、カムヤの俯き加減で息を大きく吐き出すように、言葉を口にした。
「ミヤズの両親と弟が……一緒に埋められたって……」
「……そうか……」
カムヤがそう言って瞳を閉じると。
『おお。おった、おった』
と、場違いな声が聞こえてきた。
姿を見ずとも、その声の主が「シュナ」だとすぐわかる。
一応。二人が振り返ると、ミヤズに抱かれたシュナが二人のもとへとやってくるところが目に入った。
「なんでくんのよ、あの鳥は……」
葉月があまりに嫌そうに呟くので、思わずカムヤが吹き出してしまう。
「すまない……」
笑っている場合ではなかったのだ。
カムヤは睨む葉月に謝った。
『ヒミコ殿は偉大な女王だったとお見受けする。
そのために多くの「殉葬」が行われたのであろう……違うか、カムヤ』
「……ああ。そうだ」
そう頷くカムヤの表情が暗い。
『葉月よ。御身がいくらカムヤを怒ったところで、カムヤの力ではどうにもならんことはあるものだ』
「そ……そうだけど」
『話の途中で出て行きおって……御身の短気な性格は考えものじゃの』
「うるさいっ」
葉月がシュナに怒鳴りつけた。
「……ハズキ……声、大きい」
「ごめん」
ミヤズに言われ。葉月はつい、謝っていた。
「ヒミコ様の御力は……すごかったからな。
あの方は人ではなく「神」の化身だった。
だからこそ。「神の国」に戻られる時に、多くのお付きが必要だろうと、「せいくち」が埋葬されたのだ。
チョウセイ様は最後まで反対されたのだが……ナシメが強行したのだ。
父もそれを受け入れざるを得なかった。
ナシメがそれを受け入れられなければ、この「ヤマトノ国」から自分から出て行くと脅しまでいれたから……」
「……なんなの、その「ナシメ」っていう男。サイテーなんだけどっ!? 」
カムヤの説明を聞きながらも、葉月はずっと怒っている。
『御身が怒っていても仕方なかろう。
確かそのナシメという人物は、ヒミコ殿の「大夫」として右腕として働いていた人物だったかの』
シュナが葉月を宥めつつも、カムヤに問うた。
「その通りだ。
父が王になった時も、「大夫」として国を支えていてくれた。
だがヒミコ様が亡くなった直後からの跡目争いから……チョウセイ様をナシメの良好な関係に溝が出来てしまったのだ」
『それが第一の妻であるカムヤのお母上イクタマ殿の娘でありカムヤの妹御であるイヨと、第二の妻サホビ殿の娘トヨでの争いというわけか……』
「隠しはせん。どうせシュナにはわかってしまうだろうからな」
苦笑いを作り、カムヤが葉月の肩にいるシュナに正直に気持ちを話した。
「だが、ハヅキ。これだけは話しておく。
俺は「殉葬」は反対だ。タケハヤ王の墓には「せいくち」は埋めさせない。
これだけは約束する」
真剣な面持ちで葉月を見るカムヤに。ハヅキは自分の考えなしの行動が恥ずかしくなってきた。
「う……うん。お願い」
「ああ。必ず約束する」
葉月にそう言われ。カムヤの顔が穏やかな笑みをたたえていた。
「カムヤ殿。ここにおられたか」
チョウセイの息子であるチョウシンが、カムヤを探していたのか、息を切らして駆けてきた。
「チョウシン殿」
「おお。ハヅキ殿もご一緒か。丁度良かった」
葉月は父親のチョウセイは少々近づきにくい印象を受けていたが、息子のチョウシンは穏やかな性格で、親しみやすい人物であった。
「私も探していたんですか? 」
「ええ。父上が二人を呼んでくるよう申されたので。
どうぞシュナ殿もご一緒に……」
『我もか……あまりよい話ではなさそうだの』
シュナがまるでからかうかのような口ぶりで、少しもからかっていない。むしろ嫌味を込めた言葉にチョウシンの笑いが苦いものへと変わる。
「まぁ……そのような話です。
これからのこの国のことで。
ミヤズと言ったな。オオネ殿も呼んできてもらえぬか。
父上の部屋まで来て欲しいと」
「……わかった」
葉月の後ろで黙って話を聞いていたミヤズが、チョウシンに頷くと、すぐにその場から駆け出した。
「喜怒哀楽は薄いが、なかなかいい子のようで、ハヅキ殿」
「……ちょっと真面目すぎる娘で困っています」
「「せいくち」とは皆、そのようなものです。
やらなければ怒られる。飯を抜かれ、時にはそれが何日にも及ぶ。
痛めつけられる。
従順でなければ……命を奪われても仕方がない……」
「そんな……」
「ハヅキ殿の国では、あのような「せいくち」はおらぬと聞き及んでおります。
それはまことに幸せな国なのでしょうな」
チョウシンにそう言われ。葉月は答えに困る。
奴隷のいない世界。それは幸せなことだ。幸せ――そう。幸せだった。
そしてふと考える。
「一体何が幸せなのだろう? 」と。
「ハヅキ? 」
「ん……んん、なんでもないよ」
「ならいいが。では我らはチョウセイ様のお部屋に行こう」
「……うん」
カムヤに誘われ、葉月はその後に続いた。