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第十一話 奴隷の少女

 チョウセイが田畑の広がるあぜ道を歩く葉月やカムヤたちを、「本宮」の一角から見ていた。



「お父上」

「……チョウシンか」

 共に「魏」の国からやってきた実の息子であるチョウシンが、そんな父の後ろから声をかけた。

「随分と悩まれているようですね」

「……タケハヤが殺された。私が殺したようなものだと思うてな」

「またそのような……」

「ヒミコはこの国にとって「神」であった。だから国が纏まっていた……。

 だがいつまでもそのような「幻想」が成り立つ筈もない。

 だからこそ。政に対し、ヒミコよりも知恵も知識もあったタケハヤを王にしたのだが。

 この国ではまだまだヒミコの呪縛から抜け出せぬようだ」

 そして。チョウセイは嘆息した。

「私は女が政に携わっても……それで国が纏まるなら構わないと思いますが? 」

 息子のチョウシンはそんな父へ自分の考えを口にした。

「それは私も同じだ、チョウシン。だが、ヒミコは違う。

 あれは……「力」を持ちすぎた。だから皆がヒミコに依存したのだ。

 「女神」として、ヒミコは人であることが許されなかった。

 あの「異神いのかみ」の少女を見ていると、ヒミコを思い出していかん」

「……ですが。別に「先の出来事」が見える力を持っているわけでもないでしょう。

 それならば、よほどイヨの方が怖いですよ。

 あの子はヒミコ殿より力が強いかもしれない……」

「……そうだな」

 畏れるようなチョウシンの言葉に、チョウセイの表情には、余計に不安な思いがにじみ出ていた。

「父上は、イヨを次の女王に押すつもりなのですか? 」

「……女王をイヨに。政をカムヤに。それが今、考えられる最善の形であろうな……。

 だが、この二人は若い。そして「ヤマトノ国」は同盟を結んでいた「ネノ国」の裏切りに「クナノ国」との争いを抱えている。

 跡目争いをしているわけにはいかないのだ……ナシメはそれがわからぬ。

 トヨを次の女王に据えればサホビが黙っておらぬ。

 あれは「ヤマトノ国」を駄目にする……それがわかっておらぬナシメでもなかろうに」

 最後はほぼチョウセイの愚痴となっていた。

「この国では父上の御力の方が上です。

 ナシメなど。抑えることなど問題ないでしょう」

「それでは駄目なのだよ、チョウシン。我らはいずれ「魏」に戻る。

 だがナシメやサホビは残る。それではわざわざ火種を残してしまうようなものだ。

 倭は倭国の民が纏めるものだ。そして安定してこそ、「魏」のためにもなる。

 でなければ、私がこの地へ来た意味もないのだ」

「……あいかわらず父上は。そのようなことまでにお気を煩わせて……。

 それでは気が休まる暇もないでしょう」

「仕方あるまい。それが私の性分なのだよ、チョウシン」

 微苦笑を浮かべる父に、今度はチョウシンがため息をついた。



◆◆◆



「うまく川から水を引くとしても、それまでの水路をどうするか……」

 カムヤが山を望みながらそんなことを口にした。

 葉月にはついていけない話である。

 高校がっこうではそんなことを教えてくれたわけではない。

 土木科ならばわかるのだろうか? そんなことを考えるが……今は意味がない。

 一生懸命なカムヤを助けてあげたいのだが。

 「異神いのかみ」と言いながら。自分では何も出来ないことが、歯がゆい。



 今の季節は春から初夏を迎える季節。

 これが冬だったら、確実にこの時代で自分は凍死していただろうと葉月は考えている。

 防寒対策が皆無の時代だ。

 唯一の暖房は、火を起こして暖をとる。となる。

 一応「毛皮」があるらしいが、葉月は着たいとは思わない。

 防虫加工されていないのだ。というより、技術がない。虫がわくらしい。

 ますます長いこと、この時代には居たくない。そう考えてしまう。



 そんな事を考えている時のことだ。

 あぜ道の向こうから、少女が一人。まだ幼いように見える。

 王族やそれに仕える臣下でない限り、衣服は簡素で、袋状にした布を頭から被り、手足を出す。袋の長さを変えて、衣服の調整とする。

 麻や木の蔓などから作った縄でそれを縛り、「服」とする。

 その少女の服は泥で汚れ――髪はボサボサだ。

 手足も服同様に汚れている。

 森で拾った薪を縄で括り、とても少女一人では抱えきれない重さの巻きを背負いながらフラフラと歩いてくる。

「あの子……大丈夫なの? 」

 葉月は思わず声を上げた。

「ああ。あの娘は「せいくち」ですね」

 ヤズノが言った。

「「せいくち」? 」

『奴隷のことじゃよ』

 首を傾げていた葉月に、右肩にいるシュナが葉月の耳元で囁いた。

 


 葉月は少女に向かって走り出した。

「大丈夫? 」

「……あ。大丈夫……私には構わないで……」

 疲れきった表情で葉月に話す少女。

 葉月は少女の持っていた薪を強制的に下ろさせた。

「少し持つから」

御身おみは無理するでない。まだ完全に傷は癒えてはおらぬのじゃから』

「うるさいっ」

 肩でぎゃあぎゃあ話す鳥に、葉月は声を荒げた。

「私が持ちましょう……」

 ヤズノが薪を背負うつもりでいた葉月に代わって背負いあげた。

「……ヤズノさん……すごい力だね」

「旅で鍛えましたからね……」

 難なく抱えるヤズノ。葉月は感心してしまった。

「ヤズノ様……私が持ちましょう」

 後からやってきたゴウノが代わって薪を背負う。

「ありがとう、ゴウノ」

「いいえ。ですが、これは乙女おとめが一人で持つ重さではありませんね」

「すまない……皆」

 カムヤが遅れてやってくる。

 水路のことで考え事をしていたこともあり、少女に気がつくのが遅れた。

 そのことを恥じるような様子で、葉月たちに頭を下げた。

「何を言われますか。カムヤ様もまだお怪我が癒えておらぬのです。

 私たちにお任せ下さい」

 ヤズノがカムヤに微笑んだ。

「いい。私がやらないと……怒られる」

「……誰にっ」

 葉月は今にも倒れてしまいそうな少女を見た。

 手足が細く、身長は葉月よりもずっと低い。

 この時代の人々は、百五十五センチの葉月でさえ、女では大きい方だ。

 成人した男性ですら百五十程度なのだ。

 この少女は百四十程度だろう。

 体は十分に食べていないせいか、痩せこけている。

「誰が怒るのっ!? 」

 少女は葉月の剣幕に、体を小さくさせ――怯えていた。

「お前……名は何という? 」

 葉月の右手を優しく握り、少女の待遇に怒っていたであろう葉月を諌めると、カムヤは優しく少女に問うた。

「……ミヤズ」

「ミヤズ……サホビ母様の「せいくち」か? 」

「そう……」

 口数が極端に少ないのは、このミヤズの性格のせいなのか?

 それとも……この待遇のせいなのか?葉月には判断がつかない。


 

「……俺が何とかしよう……」

 カムヤがそう言って葉月を見た。

「このミヤズは葉月が面倒みてくれないか? 」

「え? い、いいけど……」

「なら大丈夫だ」

 カムヤは驚く葉月に微笑んで見せた。



◆◆◆



「……どうして怒っている、サホビ姫」

 その日の夕暮れ。

 部屋の前では、サホビが眉間に皺を寄せて――怒っていた。

 いつもこのような表情なのだが、この時はいつにも増して、皺が多く見える。

 そんなサホビにナシメが仕方なく尋ねた。

「どうもこうも。カムヤが私に「せいくち」のおとめを一人譲って欲しいと言ってきたのだ」

「それがどうした。「せいくち」の一人ぐらい……」

「あのカムヤに譲るのが気に食わんっ!! どうせ己の道具のために使うのだろうっ!!

 どうせ使えぬやつだが……よりにもよってあのカムヤとはっ!! 」

「放っておけば良い……」

 ナシメは肩を竦める。

「もうよいっ!! 」

 また部屋に篭ってしまうサホビ。

「しかしまた……なにゆえ「せいくち」など……」 

 ナシメには別な意味で、この出来事が気になっていた。



◆◆◆



「こんなところまで……いいってばっ!! 」

「そうはいかない。私は「いのかみ」のものだ」

「そうじゃないって教えたでしょっ!! 私は葉月」

「うん……ハヅキ」

 葉月の部屋から、そんな会話が聞こえてくる。

 「せいくち」を「本宮」に上げるなど前代未聞だ。

 だが「異神いのかみ」の命だということで、ミヤズは特別に許された。




「これで良かったのかしら……」

 オオネが御簾の外で不安そうに、葉月の部屋を見つめている。

「……サホビ母様には許してもらった。

 俺がミヤズを気に入った。「異神」もそれを許したから。と言ってね」

「そうだけれど……」

「ミヤズはまだ処女おとめだった。「神」の使いにはなれる」

「ハヅキも……不思議な「女神」様だわ……」

「そうだな……」

 呆れるオオネに、カムヤは苦笑いを浮かべた。

 

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