第九話 「弥生」の夜に
初めて――この時代で迎える夜。
葉月は部屋を用意され――太陽は既に地平線へと姿を消し。
カムヤの父、この「ヤマトノ国」の王であったタケハヤが何者かに殺された――そのため、夜になっても、「本宮」の周りはいくつもの松明が焚かれ、警備の兵士が寝ずの番をしている。
簡素な寝具。葉月の感覚ではそれは「ふとん」とは呼ばない。
わらを床にひきつめて――それでも、それは葉月のために特別用意された「寝るためのふとん」だ。
が、ごわつき――とても硬く冷たくて寝られるものじゃない。
布がその上にひかれてはいるが――まったく意味を成していない。
他の者たちは、直接床に寝るのだという。ほとんど「ごろ寝」状態らしい。
どこまでも無責任なシュナは、葉月の枕元で信じられない呑気さで眠っていた。
葉月は――とても眠れる精神状態ではない。
シュナは『寝ないと体が持たない』というが、誰のせいだと思っているのか。
それに。昼間の事で、葉月に残る「感覚」。
頬、体――今は少し固い麻の糸で折られた「弥生時代」の衣服に身を包んでいる自分の姿も――落ち込む原因でもあるのだ。
帰りたい。早く――帰りたいと思っているのに。
カムヤを助けたのに。
シュナは言った――『この国を護ること。この国に正当な女王が生まれるまでの辛抱じゃ』と。
早くなればいいじゃない――とっとと早く。
私は早く帰りたいのに。
焦れば焦るほど――葉月を余計に追い詰めていた。
「ハヅキ……」
眠れずに、本宮の階段に座り込んでいた葉月に、話しかける者がいた。
だいぶ暗闇に目が慣れていたこともあり、それがカムヤだということがわかった。
「カムヤ……」
「眠れないか? 」
「……うん」
カムヤが――葉月の隣に自然と腰掛けた。
「ハヅキの国は、夜でも煌々と灯りが灯っていると言っていたが……これよりも明るいのか? 」
カムヤが言っているのは――数十という松明の灯り。
確かに明るいのだが――比較にならない。
葉月は苦笑いをしながら、そんな話をカムヤにした。
「……神の国は……ずっと日の光が当たっているのだろう。
夜はないのではないか? 」
「そんなことないけど……」
「帰りたい……か?」
昼間――オオネを加えて、葉月の生活の話をふたりに話して聞かせた。
シュナは西暦二○一三年時点の「日本」の話は、具体的にしないようにと小声で葉月に注意した。
過去の人間に話して、これからの歴史経過に問題を起こしてはいけないのだという。
そんなこと関係ないとも思ったが――「これは「神様の国」のこと」として、二人には話してあった。
そして葉月はいずれ――その「神様の国」――未来に帰るということも。
「……帰りたい……」
「すまない……俺が不甲斐ないために……」
「違うよ。まだ会ってから少ししか経ってないけど、カムヤは本当によくやってるよ。
お父さんが殺されてしまったのに……オオネさんも……みんな私なんかに優しくしてくれて。私なんか放っておいていいんだから……」
「そうはいかない!!」
突然――カムヤが葉月に声を上げた。
葉月がびくりと体を縮こませる。
「ご……ごめん。
ハヅキは俺の命の恩人だ。それに、あのヤズノたちの時も……この「ヤマトノ国」を護るために「神の国」から来た」と言ってくれたのだ。
どうしてそんなハヅキを放っておける?
それに俺は……」
今度は急に――カムヤは――俯いてしまった。
松明の灯りがいくつもあるとは言え――人の表情まで確認するには――あまりに暗い。
葉月からは、何故カムヤが俯いてしまったのかがよくわからなかった。
「……大丈夫、カムヤ。まだ怪我が痛むんでしょう? 」
「そ……それはお互い様だ。俺は大丈夫……」
「「ヤマトの男」だから? 」
「……そうだ」
葉月に先に言われてしまい――カムヤがそのまま口ごもってしまう。
葉月は可笑しそうに笑い声を上げ始めた。
とてもしっかりしているように見えても――カムヤも年頃の男の子なのかもしれない。
それは「いつの時代」も一緒なのかも。そんな風に考えられた。
「……笑うな」
「ごめんね。でもカムヤは可愛いなぁ」
「かわ……それは乙女に対して使う言葉ではないのかっ? 」
「違うよ。カムヤの性格が可愛いなぁってさ……褒めてるんだよ」
「褒めてなんかいないっ」
ここは「時代のギャップ」かもしれない。
カムヤが気を悪くしてしまったようだ。
「ごめんね……カムヤ。カムヤはとてもかっこいいよ」
「かっこいい……か……」
うーんと考え込むカムヤ。意思の疎通が難しい。イマイチ伝わりにくいのかもしれない。
「男らしいってこと」
「そ……そうか。だが……もっとそうならねば。その……ハヅキを護れるぐらいに」
カムヤは嬉しそうに言ったかと思えば――また急に――顔を背けてしまう。
葉月はほとほと困ってしまった。
「ごめんね……」
「な……なぜハヅキが謝るんだっ!? 謝るのは俺の方だ。
それと……ハヅキに伝えたいことが……ある」
「なに? 」
「……それは……」
カムヤが葉月の顔を見ることなく――そっぽを向きながら、言いにくそうにしている。
一体何なのだろう? と、葉月はますますカムヤの顔を覗き込む。
「は……ハヅキの国に帰るのは……延ばせないか? 」
「え? 」
「無理なことは承知だ。それでも……その」
「……いるよ」
すぐに――葉月の答えは返ってきた。
「ほ……本当か? 」
「……今は……帰りたくても……帰れない」
「……そうか……」
何か深い事情がある――俯いた元気のない葉月の仕草は――カムヤにはそう伝わった。
「俺たちがそれまでハヅキの家族だ。
遠慮なく接してくれて構わないんだ。その方が俺たちも嬉しい。
お母様は、ハヅキが来てくれて本当に良かったと喜んでいるぐらいだ」
「そ……そうなの? 」
「ああ。だから……ハヅキが国に戻るまで。
そうしてくれ……俺からも頼む」
それはカムヤの「優しさ」にほかならない。
それが――今の葉月の心に――力を与えてくれる。
葉月は――カムヤの右肩に――体を寄り添わせた。
「ハ……ハヅキ? 」
驚くカムヤを見ることなく。ハヅキはそっと答えた。
「ここで寝ていい? ここでなら……安心して眠れるから……」
ハヅキの声に。カムヤに微笑みが浮かぶ。
「ゆっくり寝ていい。俺が傍にいるから……」
「うん、ありがとう」
葉月はそう言って――目を閉じた。