12星座別恋愛小説 ~てんびん座~
これはあくまで私の主観で書いたてんびん座像ですので
この小説を読んで気を悪くしたてんびん座の方がおられましたらご容赦下さい。
♎9月23日~10月23日生まれ Libra ♎
*気まぐれ
*平和主義者
*美的センスが高い
*八方美人
*社交家
「Good Morning! アマネ、今日はギリギリセーフね。」
「グッモーニンッ!!今日はいいことありそうだわ。」
兵藤天音は建物の管理者ににこやかに挨拶を返すと
膝丈まであるスカートを押さえるどころか大きく翻し
二階へと続く古い階段を一気に駆け上がった。
天音が働くロンドンのデザイナー事務所は小さいながら個々の個性も尊重してくれる
この場所は天音にとってとても心地よく働きやすい会社であった。
天音が渡英して三年、単身にロンドンに飛び込んでこの事務所に転がり込んだことは
今でも鮮明に覚えている。
ドアを開け放つ前に壁に掛けてある鏡の前で手早く身なりを整え、
人工的に染色された亜麻色の髪を手櫛で急いで梳くと
建てつけの悪い扉を勢いよく開けた。
扉のすぐ向こうには爽やかな笑顔が天音を待ち受けていた。
「やぁアマネ、今日はボスのお怒りを買うことなくすみそうだね。」
「ベン、その言い方だと私がいつも叱られているみたいに聞こえるじゃない。」
「そうじゃなかったけ?」
「・・・もう。」
おかしげに口元を押さえると肩まで伸ばした淡黄色の髪が細かく揺れる、
そんな彼を彼女は口を尖らせながらも微笑ましく見上げる。
ベン・アイアンサイドは天音がこの事務所に飛び込んできた現場に
居合わせた人物であり天音がひそかに心を寄せている意中の人である。
「こら、そこの二人。じゃれあっているのも仲が良くて大変よろしいけど
仕事の方もちゃーんとやってね。」
「「はい、ボス。」」
綺麗に巻かれた金髪を丁寧に結い上げた美女が天音とベンを
軽く叱りつける、彼女こそがこのデザイナー事務所の社長で天音を拾ってくれた恩人である。
天音は彼女を常に尊敬と羨望の眼差しで見ている、それは単に恩人としてではなく
人としてデザイナーとして彼女を間近で観てきた結果である。
「そうだアマネ、この前あなたが提出してくれたデザインなんだけど―――――」
「はいっ!どうでしたか!!」
「なかなか可愛らしいとは思ったけどそれを上回るデザインを見つけちゃったから
今回はボツね。」
ここのところ天音の力はめきめきと上達していってたが未だ一度も
彼女のデザインが採用されたことがなかった。
「ボス、今回もですよ。」
心底残念がる彼女の背後の声が尊敬する上司の発言を恭しく訂正した。
「むっ、っていうことは今回採用されたのって・・・・・」
「アマネ、今回もだよ。」
先程の爽やかな笑顔とは打って変わって小悪魔的な笑みを浮かべた青年は
天音の肩を叩き大きく親指を立ててみせた。
「まぁ次回にチャレンジだ。」
ここのところ天音の頭の中は仕事と恋愛に二分され支配されている、帰宅途中でさえ
今回の反省点と次回への案のことでいっぱいいっぱいであった。
いつかベンと対等に渡り合えるようになる、それが天音のもっぱらの目標である。
いつか彼とともに有名なデザイナーとなったならばその時には告白しようと
かねてから考えていた、だからいっそう今は仕事に意気込んでいた。
自宅に着いた途端、電気を点けるのもそこそこに鞄を漁る、だがお目当てのものが見当たらない。
「あっ、いっけない。」
朝ボスに返され今夜練り直そうと考えていたデザイン用紙を事務所に置き忘れてしまったことに
気付き、天音は鍵を閉めるのも忘れ自慢の脚力で急いで会社への道を辿っていった。
ダッシュした天音は到着して息も整えないまま薄暗い階段を上る、すると
誰かの話声が聞こえる、こんな時間に人が残っているのは珍しいことではなかったので
疲れを吹っ飛ばしてやるため少し驚かしてやろうとろうと忍び足で近づき
ドアを軽く押し開こうとしたところで手はピタリと止まった、
それは声の主たちが重要な人に聞かれてはいけない話をしていたからであった。
「独立したくない?」
「ボスなんですか、いきなり。」
「今は二人っきりなんだから名前で呼んでよ。」
なめらかなハスキーボイスとよく通るバリトンの声は普段と変わらない調子のトーンであるが
会話の内容は実に天音の興味を引くものであった。
「ベン、あなたは才能がある。いなくなるのは寂しいけどそんなことであなたの
才能を潰すわけにはいかないからね。どう?本当のところは。」
「正直言うと自分一人でどこまで出来るのか挑戦してみたいです。
それにあなたに背を押されたからにはやらないわけにはいきません。」
「あなたならそう言うと思ったわ。」
ボスはベンの肩に頭をもたれるととろんと潤んだ瞳で彼を見つめていた、
あんなに女性らしい女の内面を出している上司を見るのは初めてであった。
ボスはいつもはサバサバとしていて男より男前であるのに
目の前でベンと二人っきりの彼女はどうみてもあの鬼上司ではなかった。
なんだか見てはいけないものを見ているような気分で早くここから立ち去らなければという
思いとは裏腹に視線は彼らをとらえたっきり私の足は一歩も動かない。
「ベン・・・・・・」
「ミシェル――――――――――――――――――――」
ベンの紡ぎかけた言葉を遮るかのようにボスのぷっくりとした形の良い唇が重なり合う。
瞬間私の風景は反転してさっきまで動かなかった足が命令もなしに勝手に階段へと向かっていた。
視界はぼやけてよく見えないのに階段を踏み外すことなく降り出入り口を疾風のごとく飛び出す、
そして私はこの日寂しく悲しい事実を2つ知った。
大好きな彼が遠くへ行くこと、大好きな彼が憧れの人と恋仲であること。
「もしかしてボスに怒られた?」
翌日いつもどおり仕事して休憩がてら全員分のコーヒーを用意し給湯室へ
赴いたところ参入してきたベンの言葉であった。
「別に。どうして。」
「アマネ、今日は元気ないみたいだからさ。みんなどうしたんだろうって言ってるよ。」
ベンのこういうところが好きなのだ、いつも気遣ってくれる優しさが。
けど今はそれが仇となって私に襲い掛かってくる。
それを跳ね除けるかのように私は昨夜のことをめいっぱい明るく話す。
「ベンってさ、ボスと付き合ってたのね~!水臭いな教えてくれたってよかったのに~。」
「アマネ?」
突然の振りと周囲に隠匿していた事実に困惑するベンをよそに天音は話を続ける。
「昨日見ちゃったの、偶然。二人がその・・・キスしてるとこ。
もう何みんなに隠しちゃってるのよ、私びっくりしちゃったんだから。」
「いや、会社での関係もあるしこういうのってなかなか言うタイミングが見つからなくてね。」
彼の口から直接言われるとやはり心にズシンと来る、けれど今苦しい表情をするのは可笑しい、
ここは笑っていなければならない。
「上司と部下の恋ってのもけっこうあるものよ、しかもボスとベンならお似合いじゃない。
それにおめでとう、独立するんだってね。盗み聞きはよくないって思ったんだけど・・・。」
「そっちも聞かれていたのか、なんだせっかくみんなを驚かそうと思ったのに。
一人分減っちゃったな。ありがとうアマネにそういってもらえると嬉しいな。」
ベンの笑顔に苦しいはずの心が少し落ち着く、やっぱり彼のことが好き
けど彼の笑顔を私より引き出せる人がいる。
「二人でお幸せに!!」
彼らの関係を憎んではいない、けれど喜んでもいない自分の狭間で
今言える精一杯の言葉を笑顔でかけた。
私には彼を引き留めることも二人の仲を裂くようなこともできないから
黙ってその背中を見送ることにした、ちょっと違うかな、できないんじゃなくて
したくなかったのだ。私がそうしたかったのだ。それでいいと思っている。
いつかそれでよかったと心から思える日が来ると信じて
だって二人とも私の大事な大切な人なのだから。
街路樹が穏やかな日差しを浴びて紅、黄と煌々と色めくなか
私は最近買った赤い自転車でコンクリートの道路を駆け抜けた。