未来の僕は、今日も通知を送る。
あの日、僕たちは確かに、世界をだましていた。
——僕は嘘つきだ。
スマホに「未来の自分」を名乗るアドレスから一分おきに小さな不幸の通知が届くようになった。
昨日からずっと"小さな不幸"を予言してくれている。
僕はその小さな不幸を回避することはなかった、たったの一度も。
職場の食堂のテレビからは「予言のメッセージが届く人続出」というニュースが流れていた。
僕は気にもとめず、冷めた日替わり定食を機械的に口に運ぶ。
その間にもメッセージの通知音は鳴り止まない。
小さな不幸なんてどうでもいい僕は通知の着信音を切る。
家に帰ると通知は99+と表示されていた。
スマホに表示された「未来の僕」という文字を見る度に反吐が出る。
あいつは、自分の未来を守るために必死に僕にメッセージを送り続けている。
フンッ——
僕は"未来の僕"を鼻で笑った。
机の上にスマホを放り出す。
僕はふと机の上のケースにしまっていた錆びた鍵を取り出す。
ある日、スーツをかっちりと着こなした見知らぬ紳士に手渡されたものだ。
不思議と恐怖や嫌悪感はなかった。
上質な滑らかな生地のスーツに施されたカフスが、上品に光っていたのを覚えている。
「あなただけが人類の未来を救えます」
それだけ告げて僕が瞬きをする間に、彼は姿を消した。
そこには耳が痛いほどの静寂が響いていた。
手のひらの中の錆びた鍵だけがその男の確かな存在を示していた。
僕は鍵をゴミ箱に捨てる。
まるで鼻を噛んだ塵紙を捨てるかのように。
鍵を捨てた僕は、何事もなかったかのように夜のルーティンをこなし、眠りにつく。
翌朝出勤するまでも、いつも同じことの繰り返しだ。
けれど、今日はなんだか社内が騒がしい。
「誰が鍵を渡されたんだろう?」
「国中が総出で探してるらしい」
「世界の崩壊を阻止する方法のメッセージを受け取ったやつと鍵を持ってる奴が同一人物ってこと?」
「ニュースによるとそうらしいな」
「スーツを着た男が各国に助かる方法として犯行声明を送ったらしいよな」
業務が終わるまでその話題で持ちきりだった。
名前はなんて言ったか覚えていないが、一人の同僚が声をかけてきた。
「君はそういうメッセージ来てないの?」
「……来てないですね」
テンプレートの笑顔を貼り付けたまま僕は答えた。
——鍵を持っている世界を救うヒーロー、それはきっと僕のことだろう。
それでも僕はメッセージを開かない。
そんなこと僕には関係がないからだ。
こんなクソみたいな世界が終わるなら、僕にとっては"小さな不幸"ではなく"大きな幸せ"だからだ。
僕は突然降り出した夕立の中で、口元に綺麗な弧を描いた。
心の底から笑ったのは何年ぶりだろうか——。
明日も良い日になりそうだ。
なぜ、未来の僕は今日も通知を送り続けられるのでしょうか。
それは、幸せを願っているからなのか。それとも——。
今回は、お題をもとにした短編でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
いつもとは少し違う形で書いてみましたが、私自身とても楽しく執筆できました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




