孤独なエルフは勇者と千年越しに愛を誓う
私は六百年余りを生きてきて、今はじめて異世界人というものを見ている。
黒い髪に黒い瞳。背は私と同じくらいだろうか。
体格は瘦せ型で、視線はどこか遠くに向いている。
本当に彼で大丈夫なのだろうかという不安が頭をよぎる。
「リュリュ、彼が異世界から来た勇者ヒロだ。二人力を合わせて頑張ってくれ」
「承知いたしました」
「期待しているぞ」
長い髭を携えた国王は労いの言葉をかけるふりをして、さっさと行ってこいと言わんばかりの目を向ける。
私は国王に頭を下げ、彼のそばへ寄る。
「ヒロ」
「は、はい!」
名前を呼ぶと驚いた顔をして、じっと私を見る。
やはり異世界人からしてもこの姿は珍しいのだろう。
人間はみな私のような種族を忌み嫌う。
いきなり目の前に現れて、怖がらせているのかもしれない。
私は敵ではないと、示さなければ。
「私はリュリュ。これからあなたと共に命を懸けて戦う者です。行きましょう」
先ほどの表情とは打って変わり、彼はなぜか目を輝かせながら頷いて、素直についてきた。
広間を出て、王宮の長い廊下を二人で歩く。
この国はもう数千年ほど魔王の驚異にさらされ、大量に発生している魔物に生活を脅かされている。
多くの街が壊滅し、多くの魔法使い、そして戦闘種族であるエルフが命を落とした。
国家の一存をかけ王宮の魔術師たちが死力を尽くし召喚したのが、この勇者ヒロ。
私は彼と一緒に魔王討伐に向かうよう呼び出されたのだ。
キョロキョロと王宮の中を見渡しながら隣を歩く彼に目を向ける。
国王からその役割を説明されているらしいけれど、まだ状況を受け入れられずにいるのかもしれない。
「昨日、召喚されたばかりだと聞いています。不安ばかりかと思いますが、なにかあれば私に――」
「なあ、リュリュってエルフなのか?」
私の心配をよそに、というか話を聞かずに無邪気な笑顔を向けてくるヒロ。
エルフなんて人間からすると気味悪く近寄りがたい存在なのに、なにをそんなに嬉しそうにしているのだろう。
「そうですけど」
「うおお! はじめて見た! その耳、めっちゃ可愛い」
か、可愛い?! この耳が?
大きく尖っていて、人間からは気持ち悪いとしか言われたことないのに。
すごく見られていて恥ずかしい。火照っているのが自分でもわかる。
「あ、赤くなった! 触ってもいいか?」
ヒロは興奮しながら手を伸ばしてくる。
私は咄嗟に体をのけぞった。
「だ、だめです! エルフの耳は敏感なので」
「そっかあ。わかった」
あからさまにがっかりする彼は、それでも私のことをニコニコと見てくる。
「ヒロは突然異世界に召喚されて、戸惑いなどはないのですか?」
「え? めっちゃ戸惑ってるよ。これが異世界転移ってやつかあって感じ。でもなんか力が漲ってる感じがして、何でもできそうな気がするんだよな」
全く戸惑っている声色ではないけれど、力が漲っているというのは本当だろう。
彼の身体を巡る魔力は見たこともないほど強く滾っている。
「あなたがとても強いということはわかります」
「そういや王様がパーティーを組んで討伐に行ってもらうって言ってたけど、他のメンバーは?」
「私だけです。もう、戦える人間がほとんど残っていないので……」
「へえ、そうなんだ」
現在、この国に魔王に太刀打ちてきる者は存在していない。
精鋭の冒険者たちは各地に発生している魔物の討伐で手一杯だ。
二人きりのパーティーだと聞いても不安がる様子もなく、ただ私についてきている。
彼は、本当に自分の置かれた状況を理解しているのだろうか。
「いったん私が住んでいる村へ行き、準備を整えて出発したいと思います」
「おっけー」
なんて軽い返事。
けれどそれがなんだか心地良かった。
王宮を出て、王都の街を歩く。
お店も多く、たくさんの人で賑わっているけれど、私はこの空間が嫌いだ。
「またエルフが来てるよ」
「仕方ないさ。強いのは確かなんだから」
「隣にいるのは誰だろう。真っ黒い髪なんて見たことないよ。なんだか気味悪い」
やはり、街の人たちは好奇の目を向けてくる。
噂話が好きで、自分たちと違う者は排除したがる。
ヒロはれっきとした人間で、あなたたちを救う勇者だというのに。
まだ王都には魔王の脅威が届いていないとはいえ、のんきなものだ。
「なんか俺たちめっちゃ見られてない?」
「戦闘種族の生き残りエルフと異世界人が珍しいのでしょう」
「こんなに目立つのなんて生まれて初めてだ。なんか有名人になった気分だな!」
そして彼ものんきな人間のようだ。
私たちは王都の街を抜け、西に向かってひたすら歩く。
半日ほど歩き見えてきたのは、小さな古い家が数件立ち並び、周りには畑が広がる小さな村。
人間の足ならここまで来るのに三日はかかるけれど、ヒロは何も言わずに私の足についてきた。
さすがは勇者といったところか。
「ここはエルフの村です。といっても今は私一人しかいませんが」
元々少数民族ではあった。
魔王討伐で命を落とした者、迫害を受けた者、様々な要因でその数は減り、三百年ほど前には私一人だけになった。
「ずっと一人で暮らしてんの? 王都とかで住まないのか?」
「人間はエルフが嫌いですから。関りは最低限にしています」
「リュリュは優しいんだな」
「私が優しい? なぜですか?」
「だって、人間を怖がらせないように気を遣ってるんだろ? 優しいじゃん」
そんなふうに考えたことなかった。
私にも優しさがあったのか。
仲間が次々に死んでいき、それでもしぶとく生き残り、たとえ一人になっても生きていることに執着しているだけなのに。
ヒロはそんな私に「えらいな」と言って笑いかけてくれた。
それから数週間村に滞在し、ヒロに魔法を教え込んだ。
私が五十年かけて習得した火炎魔法も、エルフしか使えないと言われていた幻影魔法もたった一回教えただけで、使いこなしていた。
身体能力も人間とは思えないほど高く、これが勇者の力なのかと感心するばかりだ。
地を蹴り、高く飛びあがったヒロは剣に炎を纏わせ、巨礫に向かって勢いよく振りかぶる。
剣のぶつかった巨礫は轟音を響かせ、木っ端微塵に砕け散った。
着地すると、嬉しそうな顔で振り返ってくる。
「俺、すごくない!?」
自画自賛する彼は、それを否定する余地もなく本当にすごいとしか言いようがない。
「ヒロと一緒なら魔王討伐も成し遂げられる気がします」
「それはリュリュがいてくれるからだよ。めっちゃ強いし、教え方上手いし」
褒めてくれるけれど、私はそんな大層な者ではない。
ヒロは知らない。私がどれだけ弱く、ずるいやつか。
「私は、一度逃げてきたのです。仲間たちを置いて……」
三百年ほど前、国王からエルフの村に出動要請があり、国を守るために私は仲間たちと魔王討伐へと向かった。
けれど、魔王を前に成す術がなかった。
剣を振り、火を放ち、四方から攻撃を仕掛けるけれど、魔王には何一つ効きはしない。
『リュリュ、あなたは行きなさい!』
『でも!』
『ここで全滅するわけにはいかないの。あなたは必ず生き残って』
一番若くて、未熟で、弱い私をみんなは守ってくれた。
戦い、傷を負い、死にゆく仲間たちを置いてひたすら逃げた。
怖かった。みんながやられていく姿が。一人になるのが。それでも私は自分が死ぬのが怖かった。
王都へ戻り、討伐は失敗したと報告した。
それから私は一人村で暮らしながら、時々王家からくる魔物討伐などの要請をただ無心でこなしている。
「リュリュが生きててくれて良かった。俺、エルフに会ってみたかったんだ」
ニカッと笑うヒロ。エルフという珍しいもの見たさだろうけれど、私に会いたかったと言ってくれているようで、もどかしくなった。
仲間を見捨て、人々からは必要な時に呼び出されるだけで敬遠され、無為に過ごしていた。
何のために生きているかもわからない。そんな私を肯定してくれているようで、心の奥が熱くなる。こんな気持ちになったのは初めてだった。
その後、畑の野菜を収穫して鍋で煮込んでスープにして食べることにした。
小さな家で、小さなテーブルを囲んで食事をする。
このささやかな時間がいつまでも続けばいいのに、なんて思うようになってしまった。
私たちは、一緒に生活をするために出会ったわけではないのに。
「畑仕事もしてるなんてほんと尊敬するぜ。しかも美味い!」
スープをすすりながら、これでもかというくらい褒めてくれる。
「街へ買いに行かなくていいようになるべく自給自足を心がけています」
「リュリュはすごいなあ」
「すごくなんてないです。生きるために最低限のことをしているだけで」
「それがすごいってことだよ。生きていくことって簡単じゃないんだ。リュリュは長い間、たった一人で懸命に生きている。俺は、そんなリュリュと出会えて良かった。一緒に戦えることを誇りに思うよ」
スープを飲みながら伏し目がちに笑うヒロに、私はただ頷くことしかできなかった。
夜、ベッドに入って目を閉じる。最近よく眠れるようになった。ヒロと一緒に訓練をしているからだろうか。
彼にはかつて仲間が住んでいた家で寝てもらっている。
誰も住んでいないけれど、掃除は欠かさずしていた。
こんな形でまた使われるとは思っていなかったけれど、この村に私以外の誰かがいる、それだけでどこか安心する。
たった数週間の暮らしが、何百年もの孤独を埋めてくれるようだった。
そして翌日、魔王討伐へ向けて村を出発した。
いくつもの山を越え、壊滅した街を通り、魔王城を目指す。
魔王城に近くなるほど上級の魔物と多く遭遇するけれど、苦戦することなく圧勝し、問題なく旅を進めた。
森の奥深く。その日も魔物の気配のない辺りで野営をすることにした。
火を熾し、囲むように腰を下ろす。
ついに明日、魔王城に到着する。
私はずっと聞けなかったことをヒロに聞いた。
「魔王を討伐したら、ヒロはどうするのですか?」
「一応、元の世界に帰してくれるって王様から言われてるけど」
「帰って、しまうのですね」
「突然こっちに来て、両親がどうしてるのか心配だから」
「たしかに、それは早く帰った方がいいですね……」
ヒロには、元の世界に大切な家族がいる。
私は? 私には何がある?
ヒロがいなくなれば、私にはもう何もない。
魔王を討伐すれば、国王から任務を言い渡されることもなくなるだろう。
そうしたら、本当に私は独りぼっちだ。
でも、今までだってそうだったじゃない。
村で一人暮らしていくだけ。
何も変わらない。
変わらないはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
するとヒロがおもむろに口を開いた。
いつもとは違う、真剣な表情で。
「俺さ、本当はこの世界に来た時、すっげえビビッてたんだ」
「え? そうなのですか?」
はじめて会ったときからヒロは無邪気で、どこかあっけらかんとしていて、そんな様子は全く感じられなかった。
「いきなりお前は勇者だから魔王を倒せって言われて、何それって感じで。なんかあの王様胡散臭かったし。こんな世界俺には関係ないしって」
「国王のこと、胡散臭いと思っていたのですね」
「だって上手いこと言いながら全然顔が笑ってないし、俺のこと、ナメクジでも見てるような目してた」
「案外よく観察されていますね」
勇者だと言われたのに次の日には王宮を出て行けと言われるし、面倒はエルフに見てもらえと言われ、これからどうなるのだろうと不安だったそうだ。
「でもリュリュに『共に命を懸けて戦う者』だって言われて、なんかわかんないけど大丈夫だって思ったんだ。凛々しい立ち姿と、落ち着いた透き通るような声が、この子になら命を預けられるって」
「買い被りすぎです」
「でも実際リュリュは強いし、なんでもできるし、異世界から来た俺をなんの疑いもなく受け入れてくれて、向き合ってくれた。だから俺は、この子の生きてきた世界を守りたいと思ったんだ」
知らなかった。
そんなことを考えていたなんて。
きっと、不安を隠すために無邪気に振る舞っていたんだ。
そして私は、その姿に救われていた。
「今は、不安ではないのですか?」
「不安だよ。でも、リュリュとならやれると思う」
「私も、そう思います」
私たちはそっと、寄り添うように寝転んだ。
翌朝、日が登ると同時に起き出し出発する。
しばらく歩き、森を抜け、昼か夜かもわからない薄暗い草原に出た。
そして、目の前にそびえ立つ禍々しいオーラを放つ魔王城。
足を止め、その巨城を見上げる。
私にとっては二度目の戦地。仲間を失った悔恨の地でもある。
もし、また太刀打ちできなかったら今度は私がヒロを逃がそう。
彼は絶対に死なせてはいけない。
「俺は、最後まで絶対にリュリュと一緒に戦うから」
私の考えていることがわかったのか、ヒロは手をぎゅっと握ってくる。
その力強い手の温もりに、弱気になってはいけないと気づかされる。
「そうですね。最後まで戦いましょう」
「なあ、景気づけに耳触らせてくれない?」
「景気づけってなんですか。ダメです」
「残念。でもまあ、サクッとやりましょか」
私たちは魔王城の中へと足を進めた。
大きな扉に螺旋階段、大理石の床が天井から入り込む光を反射している。
緊張感漂う中、奥へと進んでいく。
瞬間、視界が真っ暗になり先のない暗闇が広がった。
「ヒロ! 気を付けて」
「わかってる」
背中を合わせ、全方からの攻撃に備える。
徐々に暗闇から色のない真っ白な世界へと変わっていき、目の前に現れたのは人間よりもはるかに大きく、醜悪で太く鋭い角を持つ恐ろしい姿の魔王。
仲間の命を奪った、あの時と同じ強烈で禍々しい魔力を纏っている。
「リュリュ、大丈夫だ。勝てる」
後ろから聞こえる頼もしい声。そこに迷いなど何ひとつ感じられなかった。
「はい!」
魔王は容赦なく私たちに襲い掛かってきた。
漆黒の羽を広げ、迫りくる。鋭い爪を振りかざし魔力でできた刃を放つ。
けれどもヒロは難なく交わし、目にもとまらない速さで魔王の背後に回ると、炎を纏わせた剣で鋭く切り付ける。
すごい。魔王が押されている。
勝てる、という言葉に確信が持てる。
だからって、私が何もせずにいるわけにはいなかない。
一人になってもたくさんの訓練を積んだ。
多くの魔物討伐をこなしてきた。
ヒロと出会って強くなった。
全ては、この時のために。
ヒロに注意が向いた魔王の足元に、火矢をいくつも放つ。あまり効いてはいない。でもそれでいい。
炎を纏った矢が足元を囲むと、鎖で締め付けたようにその動きを封じた。
動きの鈍くなった魔王へヒロが何度も剣を振るう。
私は脛部めがけて大きな火砲を放った。
そして魔王が下を向いた瞬間、私たちは飛び上がり、同時に脳天を突く。
魔王は大きな咆哮を上げ、末端からボロボロと崩れ落ちていった。
――足を着け、汗を拭い、呼吸を落ち着かせる。
お互いの息づかいだけが聞こえる静寂。
ヒロは灰と化した魔王の残骸を見つめながら、歓喜の声を上げるわけでもなく、静かに呟いた。
「帰ろうか」
「はい。帰りましょう」
◇ ◇ ◇
村へと戻ってきた私たちは、最後の食事を共にすることにした。
畑から野菜を採ってきて、大きめに刻んでしっかりと煮込む。
そしてテーブルにつき、ヒロがいつも言っている「いただきます」という言葉を口にする。
ヒロは少し驚いた顔をした後「いただきます」と言い、食べ始めた。
しばらく畑の手入れをしていなかったので、野菜が成長し過ぎて大味になっている。
それでもヒロは変わらず美味しいと食べている。
「リュリュはさ、これからどうすんの?」
スープをすすりながら、いつもの調子で聞いてきた。
「魔王もいませんし、ここでのんびり暮らします」
「旅とかしないのか?」
「旅は、もう飽きましたから」
本当は飽きるような旅なんてしたことはない。
昔仲間と共に各地で戦っていたときも、ヒロと共に魔王を討伐した旅も、時間でいえば些細なものだ。
けれど、私は疲れたのかもしれない。
戦うことでしか存在価値がなかったと心の底ではわかっていたから。
だから国王から要請があれば言われるがまま討伐へ行った。
もう戦う必要がないのなら、私はただここにいればいい。
でも、今になって考えてしまう。
ヒロとは、もっと別の出会い方をしていれば、私たちは違う関係になれたのだろうか。
なんて考えても仕方のないこと。
私と彼が、普通に出会って、普通の時間を過ごすなんてありえないのだから。
翌日、元の世界へ帰してもらうために王宮へ向かうというヒロを見送る。
王都まで着いて行こうかと言ったけれど、私を気遣ってかここでいいと断られた。
村の入り口で向かい合い、別れの言葉を交わす。
「リュリュ、俺のこと忘れないでくれよ」
「忘れるわけないじゃないですか」
「でもほら、エルフって長寿だろ? 百年、二百年経てばそのうち忘れるかなって」
「千年、二千年経っても忘れませんよ。だってヒロは、私の人生の一部なのですから。会えなくても、私の中で生きています」
「なんかそれ、今から俺死ぬみたいじゃない?」
「そういう冗談はやめてください。あなたが元の世界へ帰っても、同じときを生きていると思うだけで私はいつまでも生きていけます」
ヒロは、私の頭をそっと撫でた。
そしてゆっくりと手が下りてきて、耳に触れるか触れないかのところで止まり、離された。
「……元気でな」
「ヒロも……お元気で」
ニカッと笑い、大きく手を振ったヒロは私に背を向けて歩き出した。
何度も、何度も、駆け出して彼の背中に飛びつきたくなるのを我慢して、その姿が見えなくなるまで見送った。
それから私はまた一人の暮らしが始まった。
畑を耕し、誰も住んでいない家の掃除をして、もう使うことのないであろう戦闘の訓練をする。
慣れていたはずの生活だったのに、物足りなく感じるのはなぜか。
理由はわかっている。彼と過ごした日々を知ってしまったから。
別れがくることは初めからわかっていた。
それでも、出会う前にはもう戻れない。
私はきっとこれから先、何百年も何千年も、命が尽きるその時まで、こんな思い抱えて生きていくのだろう。
◇ ◇ ◇
あれから、もう何代国王が変わったかわからないくらいの時代が流れた。
その日もいつも通り畑の手入れをしていると、王都の方から凄まじい魔力を感じた。
悪い魔力ではない。むしろ、どこか懐かしいような。それでいてこの世界のものではないような。
すぐに、彼の顔が浮かんだ。
そんなはずない。わかっているのに、心臓の鼓動が早くなる。
感じた魔力はすぐになくなった。
気のせいだと言い聞かせ、私は無心で畑を耕す。
けれど、しばらくすると微かにまた魔力を感じた。
手を止め、額の汗を拭う。
落ち着け私。何を考えているの。
数年ぶりに王宮の魔術師が何かの使いでやってきたのかもしれない。
だんだんと近づいてくる人の気配。
真っ直ぐにこの村に入ってきた。
そして私は、足音のする方に目を向ける。
「――どうして、ここに」
視界に飛び込んできたその姿に、全身が震える。
「戻ってきたんだ」
「ではなくて、どうして戻ってきたのですか? それに、どうやって?」
「リュリュの隣が一番落ち着くから」
元の世界へ帰る前に、王宮の魔術師に転移魔法を教えてもらったのだと言う。
そしてこっそり時限式の魔法陣を描いてから、戻っていたらしい。
「でも、ご家族がいると……」
「今度はちゃんとお別れ言ってきたから。俺は遠い場所で暮らすけど幸せにやってくから心配しなくていいって」
「では、これからずっとここにいるのですか?」
「そのつもりだけど。リュリュは嫌か?」
「嫌なわけないです。私も、ヒロの隣が一番落ち着くんです」
嬉しくて、もどかしくて、夢を見ているようだった。
あれから人々の暮らしは大きく変わった。
一部の王族を除き、私の存在を知っている人はほとんどいない。それくらい時代は流れた。
なのに――
「ヒロ……全然変わっていませんね」
「だって向こうの世界では一年しか経ってないから」
一年? こっちでは千年は経っている。
異世界ではそんなに時間の流れが違うの?
戸惑いながらも、あの頃と何一つ変わっていない彼の笑顔が今目の前にあることが嬉しくで仕方がない。
「リュリュ、全然変わってないな」
「エルフ、ですから」
私たちはどちらからともなく駆け寄った。
向かい合い、懐かしい顔をじっと見つめる。
「耳、触っていい?」
本当に諦めが悪い人だな。
だけど、それがヒロらしい。
「仕方ないですね」
ゆっくりと伸びてくる手に、目を伏せる。
さぐるようにそっと触れられ、そしてなぞるようにスーッと指が動き、大きな手のひらで包まれる。
はじめて感じる優しい手の温もりに、全身が熱を帯びてくる。
「思った通り、柔らかくてすべすべで……可愛い」
「……くすぐったいです」
「ごめん、敏感なんだったよな。でも嬉しくて」
そう言って無邪気に笑うヒロの顔が、はじめて会った時の顔と重なった。
心が温かくなって、安心する、優しい笑顔。
なんの疑いもなく、そのままの私を受け入れてくれる。
きっと私の居場所は、あの瞬間から、変わらずここにあったんだ――。
お読みいただきありがとうございます。
長編で構想を立てていたお話でしたが、現在長編にする余裕がなく短編として書かせていただきました。
長編でも短編でもリュリュとヒロの尊い関係は変わらないと思っています。
もし、旅の途中でこういうエピソード欲しかったとか、もうちょっとイチャイチャも見たかったとか、ご意見ありましたらコメントいただけると嬉しいです。
ご参考にさせていただきます。
ちなみに筆者、基本的に恋愛物を書いておりまして、戦闘描写が壊滅的に下手くそです( ;∀;)
現在勉強中ですが、上手くなるには時間がかかりそうでございます……。
あとはヒロ視点で物語が進んでも面白いかな、とも思いながらやっぱり私はリュリュに感情移入しちゃいますね。
なんて余談を呟いてしまいましたが、お読みいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。




