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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第4話 この世に生まれてくるはずがなかった子供

 瀬城に言われたとおり、祝はICUの前に設置された長椅子に座って、彼が戻ってくるのを待っていた。

 隣には、えっぐ、えっぐと嗚咽を繰り返す八尋がいる。とっとと帰れと追っ払ってやりたかったが、心配してくれている相手にそこまで邪険に扱うのは、さすがに心苦しくて言えなかった。

 親戚連中は、瀬城に面会されていかれますかと尋ねられても、適当に断って早々にその場をあとにした。


「祝、おばさんならきっと大丈夫よ。なんてったって、瀬城先生がついてるんだもの。先生は、この帝徳大学病院一の名医なんだから」

 自身に言い聞かせているかのような口振りで、八尋が言う。

 祝はため息混じりに、ああ、と返すだけだった。


 八尋のはなすする音が廊下に響く。なんだか、自分が泣かしているかのようで居心地が悪い。それに息急ききって駆けつけたものだから、喉も乾いた。

 

 祝は、一階に併設されてあるコンビニへ行こうと腰を上げ、「飲みモン買ってくる」とだけ伝えてその場を離れた。

「じゃあ、わたしも――」と、八尋が腰を上げようとするので、慌てて振り返ってそれを制した。

「いい、いいから! おまえの分も買ってくるからっ!」

 押し返すような手振りを加えると、八尋は少し不服そうな顔をしつつも、黙ってそれに従った。

 時刻は十八時過ぎ。診察時間は終わっていない。ということは、ロビーには、まだ人が沢山いるはずだ。

 やっと泣きやんではくれたものの、いまだ目を真っ赤に腫らした女子高生と、そんななかを一緒歩くなんて、気恥ずかしくて祝にはできない。

 一人になると、ようやくほっと息をつき、気を取り直してエレベーターへと歩を進めた。


 下矢印のボタンを押して、四階まで上がってくるエレベーターを待った。日頃の運動不足がたたってか、膝あたりにずっしりとした疲労感を覚えた。


 そこへ、隣の階段から聞き慣れた声が流れてきた。

三階と四階のあいだの踊り場から、三人の女の声が聞こえてくる。

 此葉の三人の兄の妻たちだ。


「闘い抜いてくれるですって? 冗談じゃないわよ! やっと死んでくれると思ったのに――まさか、また生き延びたりしないでしょうね」


「そんな……もうさすがに無理でしょ」


「わからないわよ。だってあの人が余命宣告を受けたのって、もう二十年近く前じゃない。またしぶとく生き延びて、何食わぬ顔で目ぇ醒ましたりするんじゃないの?」


 憎さげに、それでいて苦いものでも噛んでいるかのような声振りで、此葉の話であるとすぐにわかった。


「まったく――何かあるたんびに呼び出されるこっちの身にもなってほしいわよ。世間体があるから、こっちだって、ああ、そうですか、で済ますわけにはいかないし」


「旦那に言っても、俺だって仕事ぬけ出して行くんだぞって言われれば、行かないわけにはいかないしね」


「辛気臭い顔して医者のはなし聞いてなきゃいけないのも、もううんざりだわ」


「だけどお義姉さん、ちょっと笑ってたでしょ」


「やだ、バレてた?」


 バレるわよぉ、と、ケラケラと笑う声が響き渡った。


「だけど、今度こそは潮時よ。この病院にも、もう来なくていいって思うとせいせいするわ。それに――あの子の顔も、もう見なくて済むんだし」


「ああ、祝くんね」


 俎上に載せられ、本人の肩がびくりと跳ねた。心臓を鷲掴みされているような心地になって、みるみる身体が強張ってゆく。


「あの子って、もういくつになったんだっけ?」


「今年の春で高校生よ。うちの下の娘と同い年だもの」


 いつまでも盗み聞きしてたって、いいことなんか一つもない。そんなことはわかってるのに、祝はじっとその場で立ちすくみ、息を潜めて聞き入っていた。


「だけど、見たぁ?」


 棘の増した声が、祝の耳を突き刺した。


「あの子ったら、高校生になっても相変わらずの礼儀知らずよね。わざわざ来てやってるわたしたちに、一言の挨拶もないんだから」


 この声は確か――ほかの二人から義姉さんと呼ばれていた女の声だ。コノハが保って三週間と言われてニヤリと笑い、瀬城がそれでも最善を尽くすと言えば睨みつけ、此葉のいるICUに憎悪をぶつけた女の声。


 だって、しょうがないわよと、ほかの二人もお義姉さんに負けじと棘を含む。

「両親が、そろってまともじゃないんだもの。子供がまともに育つわけがないじゃない」


「父親は、生まれた次の日に死んで、母親は、出産のせいで病気が悪化して、それっきりほとんど病院暮らし。躾ける人間がいないんだから、そりゃあ非常識な子供になるでしょ」


 大袈裟なため息をついたお義姉さんが、「まったくよね」と忌々しげに言った。「そもそも、病院の入院棟で知り合った男と女よ。まともな結婚生活なんて、できっこないって反対しても聞く耳持たずで、子供まで産んじゃって――此葉さんも馬鹿だけど、旦那は最低のグズ男よ」


 「そういえば、此葉さんの死んだ旦那、なんて名前だったかしら」


「えーと、さ、さ……」 


朔弥さくやよ。稲司朔弥いなもりさくや

 吐き捨てるように答えた声の主は、またしても二人のお義姉さんだ。


「病弱な女を妊娠させて、生まれた途端に責任も果たさずに死んじゃって――そのうえ、祝くんの養育費はこっちの家の財産をあてにしてたんだから、とんでもないゲス野郎よ」


 祝の肩が、怒りに震えた。ゲスはてめえらの方だろうが! 糞ババアども!


 だけど――と、ふいに一人の女の声がくぐもった。「祝くんが本当に生まれてきたときは、びっくりしたわよ。あれだけ病弱だった此葉さんに子供なんて産めっこないって思ってたし、医者にだって止められてたのよ。母子ともに命の保障はできないって」


「確かに、わたしもあのときは驚いたわ。余命宣告まで受けてるひとが、まともに出産なんてできるわけないって思ってたもの」


 ふんっと、鼻から吐き出したであろう、太い息の音が聞こえてきた。

「だ、か、ら、真面まともじゃないんじゃないの」

 

 それは、やはり期待を裏切らないお義姉さんの声だった。頭に思い描いているのであろう少年へ、いっそ優しいとすら思えるほどの憫笑びんしょうを絡ませ、彼女は言った。


「本来なら、この世に生まれてくるはずなんてなかったから、あの子は真面まともじゃないんじゃないの。可愛げもなけれゃあ愛嬌もなくて、母親の代わりに面倒みてやったわたしたちへの礼儀もなってない。そのうえ常識すらないんだから。あんなみっともない子供ってのは、この世に生まれてくるはずがないのに、生まれきちゃった突然変異ってやつなのよ」


 まったく――と唾を吐くような調子で言い捨てて、最後にとどめとばかりに畳みかける。


「なにが、〈祝う〉って書いてほおりよ、馬ッ鹿じゃない。あの子が生まれてきて喜んだ人なんて、あの出来損ないの両親以外に誰一人としていやしなかったじゃないの」


 気がついたときには、もう祝は階段へと歩み出していた。

 速歩調で――というよりも、踊り場へと降り立った瞬間に、勢いよく拳を振り下ろすための助走をつけ、腕はすでに振りかぶられていた。

 怒りや悔しさや悲しみは、たった一つの純粋な殺意に変わって、逆巻くように全身を焚きつけた。息を潜めてまでこそこそとしていたのに、今は少しでも早く、痛みでもって自分の存在を知らせてやりたかった。


 あと一歩で、下り階段に足が踏み込む。彼女たちの視界にも捉えられ、おそらくは、盗み聞きされていたことにも、すぐさま気づく。その一歩を持ち上げたそのときだった――


















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