「呑んで寝て、そして潜る」
安定航行に入ったじぇっとふぉいるの船内。弥次さんは、どこからともなく取り出した一升瓶を手に、すっかり宴会モード。
「へへっ、やっぱ旅といえばこれよ、これ! 海の上で呑む酒は、また格別だねぇ!」
「はいはい、ほどほどにしときなよ。あんた、さっき転がったばっかりなんだから」
喜多さんは苦笑しながらも、盃を一度だけ交わして、あとは水をちびちび。
「……うん、やっぱり弥次さんは呑兵衛だな」
藤兵衛、背後から漂う酒の香りと笑い声に、そっと心の中でつぶやく。
やがて、喜多さんが「ちょっと厠に」と席を立つと、弥次さんはひとりで勝手に盛り上がり、やがて――
「ぐおぉぉぉ……ぐがぁぁ……」
大鼾をかき始めた。
「……うるさいのう」
藤兵衛、眉をひそめながらも、もはや驚きはしない。と、そこへ――
「ちょっと! またあなたですか!」
先ほど説教していた船員が、怒りを抑えきれぬ様子で駆け寄ってきた。
「なんで酒なんて持ち込んでるんですか! しかも鼾がうるさくて、他のお客様の迷惑になります!」
弥次さん、うっすら目を開けて、
「へいへい……すんませんねぇ……」
と、まるで蚊の鳴くような声で適当に返事をする。
「まったく……!」
船員は呆れ顔で立ち去っていった。
その背中を見送りながら、弥次さんはぽつりとつぶやく。
「うるさいっていってもなぁ……あ、そうだ。あの中に入れば、音も漏れねぇんじゃねぇか?」
そう言うやいなや、座席の下の収納をガバッと開けて、ずるずると中に潜り込んでいく。
「……おいおい、まさか本気で……」
藤兵衛、思わず身を乗り出す。
座席の下にすっぽりと収まった弥次さん、満足げに「ふふん」と鼻を鳴らし、蓋を半分閉める。
「……これは、何かが起こる予感しかしないのう」
藤兵衛、胸の奥に湧き上がる期待と不安を抱えながら、じっとその座席を見つめるのであった。




