「空飛ぶ鋼鉄船、いざ出航」
乗船の時刻となり、藤兵衛は乗船口をくぐる。船体は鋼鉄でできており、どこか鳥のような流線形。中へ入ると、思ったよりもこぢんまりとした造りであった。
「ふむ、広くはないが……人も多くはないようじゃな」
船内には数十の座席が並び、空席もちらほら。藤兵衛は手元の乗船券を見やりながら、イ-1の席を探す。
「これか……おお、窓際とはありがたい」
座席は四人掛け、向かい合わせの配置。だが、どうやらこの席には自分ひとりのようだ。隣も空いており、荷物を置こうかと一瞬考える。
「……いや、待てよ。これは……座席が、上がる?」
座面を持ち上げると、そこには収納スペースが。藤兵衛、感心しながら荷物を中へと収める。
「こりゃあ便利な仕掛けじゃのう。まるでからくり箪笥のようじゃ」
と、そのとき――
「おいおい喜多さん、見たかい? あの座席、腹の中に荷物が入るんだとよ!」
「へぇ~、こりゃあ江戸の長屋にも欲しいもんだねぇ。布団も入るかね?」
聞き覚えのある声が、またもや背後から。藤兵衛、そっと振り返ると、案の定、弥次郎兵衛と喜多八の二人が、すぐ後ろの席に腰を下ろしていた。
「……またおぬしらか」
心の中で静かに突っ込みを入れつつ、藤兵衛は窓の外に目をやる。港の風景が、少しずつ夕陽に染まり始めていた。
やがて、船内に響く船員の声。
「まもなく出航いたします。加速時は大きく揺れますので、全員ご着席のうえ、シート帯をお締めください」
船員が通路を歩きながら、乗客に着席を促していく。ところが――
「へいへい、わかってますって。けどね、わたしは揺れに強いんでね、立ってても平気なんですよ」
弥次さん、どこまでも自由人。船員に向かって、にこやかに手を振りながら交渉を始める。
「申し訳ありませんが、安全のため……」
「じゃあこうしましょう。怪我しても文句言いませんって証文、書きますから!」
「……えっ」
あれよあれよという間に、懐から筆と紙を取り出し、さらさらと書き始める弥次さん。
「“我、己が身の揺れに責任を持つことを誓う”……っと。はい、これでよろしい?」
「……まあ、そこまで言うなら……」
船員も困惑しつつ、しぶしぶ了承。隣の喜多さんはというと、ため息まじりに肩をすくめて、
「まったく、また何かやらかすんじゃないよ。あんた、前も転んで鼻血出したろうが」
「へへっ、あれはあれで旅の思い出ってやつよ」
そんなやりとりを背中に感じながら、藤兵衛はシート帯を締め、深く座り直す。
船体が低く唸りを上げ、床がわずかに震え始める。まるで海が息を呑んだかのような、静かな緊張が船内を包み込む。
「さて……いよいよ、空を飛ぶか」
藤兵衛の胸にも、ほんの少しの高鳴りが灯るのであった。




