「狐の涙と狸の謎と、赤ら顔の演者」
翌朝、半田の旅籠にて。
湯の余韻を残しつつ、三人は朝餉をいただいていた。
「やはり、温泉のあとの飯は格別じゃのう」 と、
藤兵衛が湯気の立つ味噌汁をすすれば、
「昨夜はぐっすり眠れましたな」 と、権兵衛がほっこり笑う。
「ぼく、夢で猫に追いかけられました……」 と、定吉は少しげんなりしていた。
そのとき、女将がにこにこと現れた。
「お口に合いましたか?ところで、このあたりで有名なお話があるんですのよ」
「ほう、どのような?」 と、藤兵衛が箸を止めると——
女将は急に舞台女優のような口調になり、 語り始めた。
「昔々、いたずら好きな子狐がおりまして……
村の若者が母親のためにとってきた魚を、
いたずらで奪って逃げてしまったのです……」
「……」
「……」
「……」
「その母親は魚を食べられず、亡くなってしまい……
子狐は贖罪のため、毎日食べ物を届けたのですが……
若者はそれをまたいたずらだと思い、火縄銃で……撃ってしまったのです……」
「……」
「……」
「……あ、ああ……それは……なんとも……」 と、
藤兵衛は若干引き気味に相槌を打った。
「すぐ近くに、そのお話の展示がございますの。よろしければ、ぜひ……」
というわけで、 狐の悲話にやや戸惑いつつも、 三人は展示を見に行くことにした。
展示館に入ると、 係員がまたしても舞台口調で語り始めた。
「この物語は、命の尊さと、誤解の悲しみを……」 と、語りが進む中——
「そして、若者は……火縄銃を構え、
あちらの方のように……あれ? あの人……誰だ?」
係員が指さした先には、 火縄銃を構える男の姿。
三人がそちらを見ると——
「ダァァァン!!」
火縄銃がまさかの実弾発射(演出)!
「ひゃっ!」 と、小さな悲鳴が上がる。
煙の中から、赤ら顔の男が飛び出し、 狸らしきものを高々と掲げて叫んだ。
「取ったど~~~!!」
「……弥次さん……」 と、三人は同時に呟いた。
「弥次さん、すご~~い!!」 と、拍手を送るのは、もちろん喜多さん。
だが、それだけではなかった。
周囲には、拍手喝采する観客たちがずらり。
どうやら、地元の観光劇の一幕だったらしい。
「……すごいですね~」 と、定吉が目を輝かせる。
「……あの人は、何をやっておるんですかね……」 と、権兵衛が首をかしげる。
「……撃って命中させたということは、酔ってないのか……?
いや、しかし……あの赤ら顔……」 と、藤兵衛はもやもやした表情でつぶやいた。
「演技なのか、素なのか…… あの御仁、境界があいまいすぎる……」
狐の悲話を見に来たはずが、 狸の珍劇を見せられた藤兵衛たち。
狐の涙も、狸の笑いも、 すべては旅の一興か——
― 終 ―
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