「熱湯と猫と、湯上がりの夜」
常滑での商談を終えた藤兵衛は、 ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、少し東に行った半田に温泉があると聞いたのう。
窯元の熱気で汗もかいたし、疲れもたまっておる。
ここらで一風呂浴びて、骨の芯まで癒やされたいものじゃ」
「若旦那、温泉と聞いて目が輝いておりますな」 と、権兵衛が笑う。
「やったー!温泉だー!」 と、定吉はすでに草履を脱ぎかけていた。
「まだじゃ、まだ駅馬車に乗らねばならぬ」
駅馬車に乗り込み、東へ向かう三人。
車窓から外を眺めていると、 先ほど見た招き猫が再び姿を現した。
「おお、またあの猫じゃ」 と、藤兵衛が言ったそのとき——
「若旦那!あれです、あれ!」 と、定吉が指さす。
その奥に、さらに巨大な招き猫が鎮座していた。
「……なんと、まだ上があったとは……」 と、藤兵衛が目を丸くする。
「まるで猫の階級制度ですな」 と、権兵衛が妙な納得をしていた。
やがて駅馬車は半田に到着。
「さて、温泉付きの旅籠を探すとしよう」 と、藤兵衛が歩き出す。
ほどなくして、湯けむりの立ちのぼる旅籠を発見。
そのまま一泊することに決めた。
荷を降ろし、早速温泉へ。
「では、いざ参る!」 と、藤兵衛が意気揚々と湯殿へ向かう。
湯船に足を入れた瞬間——
「熱っ!熱っつ!!」 と、定吉が飛び跳ねた。
「何をそんなに大げさな……」 と、藤兵衛も足を入れて——
「……熱っつ!!」 思わず声が漏れた。
「……ぴりぴりしてきおる……これは……なかなか刺激があるのう……」 と、
若干のやせ我慢を交えつつ、じわじわと湯に沈む藤兵衛。
一方、権兵衛はというと——
「いやぁ、良いお湯ですな」 と、まるで茶の湯のような落ち着きで浸かっていた。
「番頭さん、皮膚が違うんじゃないですか!?」 と、定吉が叫ぶ。
結局、藤兵衛と定吉はぬる湯の方へ避難し、
「ふぅ……これくらいがちょうどよいのう」 と、ようやく落ち着いた。
湯上がりには、夕餉が待っていた。
地元の魚と山の幸が並ぶ膳に、三人は舌鼓を打つ。
「この湯豆腐、口の中でとろけますな」 と、権兵衛。
「さっきの熱さが嘘みたいです……」 と、定吉はほおを赤くしながら白米をかきこむ。
「女将、ここの湯はなかなかの熱さじゃったが、あれは……?」 と、藤兵衛が尋ねると、
「まぁ、うちの温泉はちょっと熱めなんですのよ。
でもね、成分が濃厚で、身体の芯から効くんですの!
若い方にはちょっと熱いかもしれませんけど、
これがまた、癖になるんですのよ~!」
女将の熱弁に、三人はただただ頷くしかなかった。
「……確かに、効いてる気はしますのう……」 と、藤兵衛がぽつり。
「効きすぎて、ちょっと皮膚がびっくりしてます……」 と、定吉がそっと腕をさすった。
こうして、湯と飯に癒やされた三人は、ふかふかの布団に身を沈め、
それぞれの夢の中へと旅立っていった。
その夜、藤兵衛の夢には、 巨大な招き猫が湯船に浸かっている姿が現れたとか、
現れなかったとか——




