「窯と猫と、またしても」
常滑に到着した藤兵衛一行は、 早速、常滑焼の窯元へと向かった。
「おお、あちこちから煙が上がっておる」 と、藤兵衛が目を細める。
斜面に沿って掘られた登り窯から、 白い煙がゆらりと立ちのぼっていた。
「まるで山が息をしているようですな」 と、権兵衛が感心する。
「煙の匂いが、なんだかお腹すいてきます……」 と、定吉は鼻をくんくん。
斜面の手前には、露店がずらり。
茶碗、甕、壺、鉢、急須── どれも見事な造形で、土の温もりが伝わってくる。
「これは……なかなか良い味を出しておるのう」 と、藤兵衛は手に取った急須をじっと見つめた。
「若旦那、目が商人の目になっております」 と、権兵衛が笑う。
「この急須、家で使いたいです!」 と、定吉はすでに買う気満々。
窯元の店主と商談に入った藤兵衛は、 おしゃれな急須と茶椀を中心に仕入れを決定。
「江戸でもきっと人気が出るじゃろう」 と、満足げに頷いた。
商談がまとまったところで、
「ところで……窯を見せてもらうことはできぬかのう?」 と、
藤兵衛が駄目元で尋ねると——
「ちょうど今、空いている窯がありますよ」 と、店主が快く案内してくれた。
案内された窯は、斜面に沿って掘られた登り窯。
「ここが焚き口、奥が燃焼室、この柱が分焔柱、そして焼成室……」 と、店主が丁寧に説明してくれる。
「煙出しを通って、あの煙突から外へ抜けるのです」
「……これは、なかなか大変な作業じゃな」 と、藤兵衛が感心すると、
「ええ、でも今はもっと楽に焼ける窯を開発中でして」 と、店主が笑った。
「ほう、それは楽しみじゃ。今後とも、良しなに頼みますぞ」 と、藤兵衛が深々と頭を下げた。
そのとき、定吉が思い出したように言った。
「そういえば、来る途中で大きな猫を見たのですが……」
「ああ、あれか」 と、店主が苦笑い。
「若い衆が作った等身大の招き猫ですよ。縁起物として人気でしてな。少し歩けば見られますよ」
「それは見ておかねばなるまい」 と、藤兵衛が頷き、一行は再び歩き出した。
しばらく歩くと——
「あっ、あれです!」 と、定吉が指さす。
そこには、人の背丈ほどもある招き猫。
「……これは、なかなかの迫力じゃな」 と、藤兵衛が見上げる。
「ご利益ありそうですな」 と、権兵衛が手を合わせる。
三人は並んで、商売繁盛を祈願した。
「では、次に行くかのう」 と、藤兵衛が言い、
駅馬車の駅へ向かい始めたそのとき——
「……あっ!」 と、再び定吉が声を上げた。
「どうした?」 と、藤兵衛が振り返ると、
「……あれ……」 と、定吉が指さす先には、もう一体の招き猫。
「……どれどれ……」 と、近づいてみると——
「……何か、変じゃのう……」 と、藤兵衛が眉をひそめた。
等身大、朱色の招き猫。
だが、顔が……赤い。
「……はっ!」 と、藤兵衛が気づいた。
赤ら顔。
そしてその隣には、
「もう止めようよ、弥次さん……」 と、困り顔の喜多さん。
「……」
「……」
「……」
三人、完全沈黙。
「……さて、駅に急がねばな」 と、藤兵衛が静かに言い、 くるりと背を向けて歩き出した。
「はいっ」
「すぐ行きます」 と、権兵衛と定吉も、何も見なかった顔で後に続いた。
背後では、 「にゃ~ん! 商売繁盛じゃ~!」 と、
弥次さんの声が、 常滑の空に響いていた。




