「じぇっとふぉいる、空を駆ける」
江戸は深川、問屋「海月屋」の若旦那・藤兵衛は、商いのために伊豆大島へと渡っておった。潮の香りに包まれながら、普通客船に揺られること数時間、無事に商談をまとめた帰り道――。
「ふむ、せっかくの帰り道じゃ。あの“じぇっとふぉいる”なる空飛ぶ鋼鉄船とやら、試してみるのも一興よのう」
藤兵衛、時代の風に敏感な男。前回の“鴨嘴”なる陸を滑る鉄の馬車に味をしめ、今度は海を飛ぶという奇妙な乗り物に心を躍らせておった。
港の乗船所に着くやいなや、券売所にて乗船券を求める。
「おお、これはまた……イの一番の座席とは、こりゃあ縁起がよいわい」
手にした乗船券には、見覚えのある文字――「イ-1」。前回の旅でも同じ番号であったことを思い出し、思わずにんまり。
「これはまた、何やら良きことが起こりそうな予感がするのう」
乗船までにはまだ間がある。藤兵衛、港の屋台をひやかしつつ、焼きとうもろこしを片手にぶらりと歩く。潮風に炙られた醤油の香りが、なんとも食欲をそそる。
「うむ、これぞ旅の醍醐味よ」
と、そこへ――
「……だからよぉ、喜多さん、あれは“じぇっと”って言うんだってば!」
「へぇ? じゃあ“ふぉいる”は何だい、箔でも貼ってあるのかい?」
どこかで聞いたことのある、いや、聞き間違えようのない声。藤兵衛、とうもろこしを口に運ぶ手を止め、そっと声の方へ目をやる。
そこには、あの二人――
弥次郎兵衛と喜多八。
「……また、おぬしらかい」
心の中でそっと突っ込みを入れつつ、藤兵衛の胸に、再び波乱の予感がざわりと立ち上がるのであった――。




