「願と火の用心と、蛸の島」
「それにしても……この日間賀島、蛸、蛸、蛸じゃのう」 と、
藤兵衛は海風に吹かれながら呟いた。
「蛸の島って感じですねぇ」 と、定吉がにこにこしている。
「なんでも、“蛸阿弥陀”と呼ばれる仏様が祀られているとか」 と、
権兵衛が地図を広げる。
「ほう、それは拝んでおかねばなるまい」 と、
藤兵衛が頷き、三人は早速その寺へと向かった。
寺の前に立つと、立札が目に入った。
「昔、地震で海に沈んだ寺の仏像を引き上げたところ、
一匹の大蛸が仏像に抱きつき、守っていた。
それ以来、“蛸阿弥陀”と呼ばれるようになった」
「……蛸、信心深いのう」 と、藤兵衛が感心する。
「この寺では“大漁・安全・子孫長久”を祈願するとよいそうです」 と、権兵衛が読み上げる。
「じゃあ、全部お願いしちゃいましょう!」 と、定吉は張り切って手を合わせた。
三人は、蛸阿弥陀に向かって、 それぞれの願いを胸に、静かに手を合わせた。
「さて、次は“蛸の姿を模した自身番”があるそうですぞ」 と、権兵衛が地図を指さす。
「蛸の自身番……もはや何でもアリじゃのう」 と、藤兵衛が笑う。
しばらく歩くと、遠目に丸っこい形状が見えてきた。
「は~、面白いですねこれ!」 と、定吉が駆け寄る。
近づくにつれ、確かにそれは蛸を模した自身番だった。
丸い胴体に、足のような柱がにょきにょきと伸び、その上には火の見櫓がそびえていた。
「……芸が細かいのう」 と、藤兵衛が感心していると——
「火の用~心~~~!!」 カン!
「火の用~心~~~!!」 カン!
突如、火の見櫓の上から響く大声と拍子木の音。
「……ん?」 と、藤兵衛が顔を上げる。
そこには、赤い服を着た赤ら顔の男が、 火の見櫓の上で仁王立ちしていた。
「……弥次さん……」 と、三人が同時に呟いた。
「駄目だよ、弥次さん!」 と、下から声が飛ぶ。
見れば、喜多さんが下で必死に謝っている。
「すみません、すみません、うちのが……」 と、
近くの自身番の人に頭を下げていた。
「わしがこの島の火を守るのじゃ~~~!!」 と、
弥次さんは拍子木を振り回しながら絶叫。
「……さて、常滑に向かうとするか」 と、
藤兵衛は何事もなかったかのように言い放った。
「若旦那、あの人、いつも酔っぱらって何か変なことやりだしますね~」 と、
定吉が呆れたように言う。
「……ああいう大人になってはいかんぞ」 と、権兵衛が静かに言い聞かせた。
三人は、火の見櫓の騒ぎを背に、 次なる目的地・常滑へと歩き出した。
― 終 ―




