「湯けむりと篝火と、赤ら顔」
伊良湖港に到着した藤兵衛たちは、 船を降りるやいなや、名物探しに動き出した。
「さて、まずは大浅利と海苔じゃな」 と、藤兵衛が鼻を鳴らす。
港の近くにある漁師組合を訪ねると、
「まずは少量からお試しを」とのことで、 さっそく商談成立。
「うむ、これで江戸に戻ったら、“伊良湖の味”として売り出せるやもしれぬ」 と、
藤兵衛は満足げだった。
陽が傾き始め、空が茜に染まる頃、 三人は温泉付きの旅籠に宿を取った。
夕餉には、さっそく大浅利の浜焼きと、 香ばしい海苔、そして炊きたての白米が並んだ。
「この浅利、肉厚でたまらんのう……」 と、藤兵衛が醤油を垂らして頬張れば、
「海苔も香りが違いますな。これは上物です」 と、権兵衛が白米を巻いて口に運ぶ。
「ご飯が止まりませんねぇ!」 と、定吉は三杯目に突入していた。
食後、しばらくして腹が落ち着いた頃、 三人は温泉へと向かった。
湯けむりの立ちのぼる露天風呂に身を沈めると、 一日の疲れがじんわりと溶けていく。
「……やはり、温泉は落ち着くのう」 と、藤兵衛が目を細めて言えば、
「今日も色々ありましたからな」 と、権兵衛が肩まで湯に浸かりながら応じる。
「真珠、すごくきれいでしたよねぇ」 と、定吉が湯の表面をぱしゃりと叩いた。
ふと、藤兵衛が顔を上げると、 遠くに灯台が見えた。
そのてっぺんには、篝火が焚かれている。
「……あれは……?」
目を凝らすと、 人影がひとつ、篝火の前に立っていた。
「……まさか……」 と、藤兵衛が呟く。
「若旦那、どうかされましたか?」 と、権兵衛が顔を上げる。
「あれ……弥次さんじゃないかのう……」
「えっ、どこどこ?」 と、定吉も目を凝らす。
「……あ、ほんとだ。弥次さんですね」 と、定吉があっさり認めた。
灯台の上、篝火を背に、 白装束の赤ら顔が両手を広げていた。
「我が光、世界を照らすのじゃ~~~!!」 と、叫んでいるように見える。
「……」
「……」
「……」
三人は、無言で湯に沈んだ。
「……見なかったことにしよう」 と、藤兵衛がぽつり。
「賛成です」
「はい……」
その夜、三人は静かに布団に入り、 何事もなかったかのように、 すぅ……すぅ……と、寝息を立てた。
灯台の篝火だけが、 夜の海を照らしていた。
書く際の励みになりますので、
よろしければ、↓の評価☆やブックマーク、感想をお願いします。




