「真珠と簪と、飲み込まれし光」
「なかなか開かないな、この貝……」 と、赤ら顔の男が唸っていた。
弥次郎兵衛、通称・弥次さん。
その手には、貝。 その足元には、なぜか七輪。
「弥次さん、酔っぱらってるんだから、刃物は使っちゃだめだからね」 と、隣で宥めるのは、喜多八、通称・喜多さん。
「だいじょーぶだいじょーぶ。 貝は焼けば開くって、昔から決まってるんだよ」 と、弥次さんは七輪に火を入れ、貝をぽんと乗せた。
「……あの人、何を……」 と、藤兵衛は唖然とした。
「焼いてる……」
「真珠、焼いてどうするんですか……」 と、定吉と権兵衛も、目を丸くして固まっていた。
「……あの御仁、真珠を“焼き貝”と間違えておるのでは……」 と、藤兵衛は頭を抱えた。
女将も一瞬絶句したが、 気を取り直してにっこりと微笑み、
「では、こちらの貝のここに刃を入れて、そっと開いてくださいね」 と、藤兵衛に丁寧に説明してくれた。
藤兵衛は慎重に、貝の隙間に刃を差し込んだ。 ぐっと力を入れると、ぱかりと音を立てて開いた。
中には、まるく、つややかな真珠が一粒、 まるで月の雫のように、静かに光っていた。
「……これは、立派なものじゃのう」 と、藤兵衛が感心すれば、
「やりましたな、若旦那」 と、権兵衛が嬉しそうに頷き、
「すごいですね! 本当に入ってるんだ!」 と、定吉が目を輝かせた。
女将を呼び、 その場で簪に真珠を取り付けることにした。
「この台座に、こうして……はい、できましたよ」 と、女将が差し出したのは、 黒漆に銀の細工が施された簪に、真珠が一粒きらりと光る逸品。
「……これは、なかなかの出来じゃ」 と、藤兵衛は目を細めた。
そのとき——
「おっ、開いた開いた!」 と、弥次さんの声が響いた。
七輪の上で焼かれていた貝が、パカッと音を立てて開いたのだ。
「おお、見ろよ見ろよ! 中に入ってるぞ、これ!」 と、弥次さんが箸でつまみ上げたのは、 藤兵衛の真珠にも劣らぬ、見事な珠。
「……まさか、焼いても出てくるとは……」 と、藤兵衛が呆然としていると——
「せっかくだから、味見してみるか」 と、弥次さんは醤油をちょろりと垂らし、
そのまま貝を一口でぱくり。
「や、弥次さん!? 中に真珠が……!」 と、喜多さんが慌てて止めようとするが、時すでに遅し。
「……なんか、ゴリゴリするな」 と、弥次さんは平然と咀嚼していた。
「……」
「……」
「……」
藤兵衛、権兵衛、定吉、そして女将までもが、 遠い目をして、ただただその様子を見つめていた。
「女将、この簪、どうじゃろうか」 と、藤兵衛が尋ねると、
「ええ、これはもう、十分に合格点でございますよ。きっと、いい人もお喜びになりますわ」 と、にっこり微笑んだ。
「……では、行こうか」 と、藤兵衛は静かに言い、 三人は店を後にした。
背後では、 「うぅ〜、なんかお腹の中で転がってる気がする〜」 と呻く弥次さんと、
「だから言ったでしょ!」と怒る喜多さんの声が、 潮風に乗って、いつまでも響いていた。




