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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
湯けむり越しに、光るもの
52/65

「真珠の海に、影ひとつ」

駅馬車に揺られて一刻。 藤兵衛たちは、何事もなく志摩駅へと到着した。


「いやはや、珍しく静かな道中であったのう」 と、藤兵衛が伸びをしながら言えば、

「ええ、何も起きないと、逆に不安になりますな」 と、権兵衛が苦笑する。

「でも、海の匂いがしてきましたよ!」 と、定吉が鼻をくんくんさせていた。


女将の話を思い出しながら、 三人は海沿いの道を歩き出した。


「真珠の筏がある場所を探せば、すぐ分かるとのことじゃったな」 と、藤兵衛が言うと、

「このあたりの方に聞いてみましょう」 と、権兵衛が近くの漁師に声をかけた。


聞き込みはすぐに実を結び、 三人は真珠を扱う店のある浜辺へと向かった。

潮の香が、風に乗って鼻をくすぐる。 その中に、魚介の生臭さも混じっていた。


「海にしては、随分と波が穏やかなんですね」 と、定吉が不思議そうに言う。

「これが、真珠を育てる秘訣かもしれんのう」 と、藤兵衛が目を細める。

「江戸では、真珠を育てるなんて聞きませんしねぇ」 と、権兵衛も感心していた。


入り組んだ湾の奥、 静かな水面に浮かぶ筏の列が見えてきた。


「おお、あれじゃな」 と、藤兵衛が指さす。

筏の近くには、木造の小さな店が建っていた。


暖簾をくぐると、 「は~い」 と、明るい声とともに、店の女将が現れた。


「こちらで真珠を扱っていると聞いたのですが」 と藤兵衛が尋ねると、

「はいはい、ございますとも。母上様への贈り物ですか?それなら、こちらなどいかがでしょう」


女将が差し出したのは、 艶やかに光る真珠の数々が並ぶケース。


「……なかなか、いい値段じゃのう」 と、藤兵衛が目を細める。

「でも、親父殿の財布から出るのじゃ。ならば、良いものを選ばねばのう」

女将はにっこり笑って、「若旦那の“いい人”にも、ひとつ買ってあげなさいな」 と、さらりと突っ込んできた。

「当たり外れはあるけど、貝を選んで自分で開けるなら、お手頃価格で真珠が手に入りますよ」

「若旦那、どうせなら自分で取った真珠を簪の飾りにしたら、いい人ができた時に渡せますよ」 と、権兵衛が言えば、

「若旦那、がんばってください!」 と、定吉がにこにこしながら背中を押す。

「……ここまで言われては、引けぬのう」 と、藤兵衛は苦笑しながら、 一つの貝を選んだ。


「では、あちらで開けてみてくださいな」 と、女将に案内された奥の作業場。

そこには、すでに二人の男が貝を開けていた。


その背中を見た瞬間——


(……あれ?)


藤兵衛の目が細くなる。


一人は、白装束に赤ら顔。 もう一人は、困ったように眉を下げている。


(ま、まさか……)


藤兵衛の胸に、 またしてもざわりとした予感が走った。

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