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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
湯けむり越しに、光るもの
51/65

「真珠と駅馬車と、母上のご機嫌」


お伊勢参りを終え、 朝の光に包まれながら旅籠へと戻った藤兵衛たち。


「ふぅ……やっぱり、宿の座布団はありがたいのう」 と、藤兵衛が腰を下ろすと、

「若旦那、今日はよく歩かれましたからな」 と、権兵衛が湯呑を差し出す。

「団子で腹を満たしたとはいえ、やはり疲れましたねぇ」 と、定吉は畳にごろんと寝転がった。


そのとき、女将が帳面を手にやってきた。

「藤兵衛様、飛脚便が届いておりますよ」 と、丁寧に差し出されたのは、 海月屋の大旦那からの手紙だった。

「ほう、親父殿からか……」 と、封を切ると、 そこには達筆な文字でこう綴られていた。

「喫緊の納期は片づけておいた。 志摩に立ち寄り、母上への贈り物として 立派な真珠をひとつ、仕入れてまいれ。」

「……なるほど、母上のご機嫌取りか」 と、藤兵衛は苦笑した。

「女将、志摩への行き方と、真珠について教えてくれぬかのう」

「はいはい、志摩までは駅馬車が出ておりますよ。 それに、志摩の真珠といったら、それはもう……  大きくて、つやつやで、まるで月の雫のようなんですから! 私も一度でいいから、あんなの首に巻いてみたいですわぁ~」


女将は目を輝かせながら、 身振り手振りで真珠の魅力を語り続けた。


「……なるほど、女将の熱量で真珠の価値がよく分かった」 と、藤兵衛は少し引き気味に頷いた。


部屋に戻ると、藤兵衛は二人に予定変更を伝えた。

「というわけで、志摩へ向かうぞ」

「大旦那様も、大奥様のご機嫌取りに大変ですねぇ」 と、定吉がぽつり。

「これっ、そういうことを言うものではない」 と、権兵衛がたしなめる。

「まあまあ、確かに母上にも、そういうものがあってもよいかものう」 と、藤兵衛が笑うと、

「若旦那は、いい人用に真珠を仕入れては?」 と、権兵衛がさらりと突っ込んできた。

「いやいや、そうはいっても、そういう人はいないからねぇ……」 と、藤兵衛は頭をかきながら、 どこか照れたように笑った。


荷をまとめ、三人は駅馬車の乗り場へと向かった。


「志摩って、海が近いんですよね?」 と、定吉がわくわくした様子で聞く。

「うむ、真珠といえば海じゃからな。潮の香りが楽しみじゃ」 と、藤兵衛もどこか楽しげだった。


駅に着くと、すでに数人の旅人が待っていた。


「志摩行きの馬車は、もうすぐ参りますよ」 と、駅の係が声をかける。

「さて、また新たな旅の始まりじゃな」 と、藤兵衛は空を見上げた。


冬の陽は高く、 その光が、これから向かう志摩の海を思わせるように、 きらりと輝いていた。

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