表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
伊勢の光と、餅の音
50/64

「神のあと、餅のさき」

皇大神宮での参拝を終えた藤兵衛たちは、そのまま境内を巡り、荒祭宮あらまつりのみやへと向かった。


「天照大御神の荒御魂を祀る社、ですな」と、権兵衛が静かに手を合わせる。


続いて、風日祈宮かぜひのみのみや月読宮つきよみのみや、そして倭姫宮やまとひめのみやへと、 一社一社、丁寧に参拝していった。


「……さっきの赤ら顔は、気の迷いじゃろう」 と、藤兵衛は自分に言い聞かせるように呟いた。


神域の空気に包まれ、心も少しずつ落ち着きを取り戻していく。

だが、早朝からの参拝で、腹はすっかり空いていた。


「若旦那、“おかげ横丁”という場所があるそうですよ」と、定吉が地図を広げる。

「ほう、茶屋もあるのか。では、そこで一服としようかのう」


おかげ横丁に入ると、 まだ朝のうちだというのに、すでに人の流れができていた。


「おっ、あの茶屋が開いておりますな」と、権兵衛が指さした店に入ると、 香ばしい団子の匂いが鼻をくすぐった。

「熱い茶と団子を三つ」と頼むと、すぐに湯気の立つ茶と、甘辛いタレの団子が運ばれてきた。

「ふぅ……沁みるのう」

「朝の冷えに、これはありがたいですな」

「団子、もちもちしててうまいです!」


三人がほっと一息ついていると、 奥の席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「神酒といっても、飲みすぎたら駄目だからね」

「い〜や、大丈夫大丈夫。わしは神に近い存在だからな!」


(……まさか)

藤兵衛は、そっと奥の席に目をやった。

そこには、白装束に白袴をまとった赤ら顔の男と、その隣で困り顔の男が座っていた。

「……あっ」 思わず声が漏れる。

「どうしました、若旦那?」 と、権兵衛が顔をのぞき込む。

「……弥次さんが、おる」 と、藤兵衛が小声で言うと、

「えっ……あ〜、ほんとだ。弥次さんだ」 と、定吉がぽつり。

「し〜っ!」 と、藤兵衛が慌てて口に指を当てる。

定吉も慌てて口をつぐむ。


しばらくすると、

「わしが酔ってないことを証明してやる!」と、弥次さんが勢いよく立ち上がり、茶屋を飛び出していった。

「ちょ、ちょっと待ってよ弥次さん!」 と、喜多さんが慌てて追いかける。

だが、勘定だけはきっちり済ませてから出ていくあたり、 妙に律儀なところがある。


「……何かが起きるぞ」 と、藤兵衛が呟き、三人も勘定を済ませて後を追った。

広場では、ちょうど餅つきの催しが始まっていた。


「よいしょー! よいしょー!」


その掛け声の中に、 ひときわ調子のいい声が混じっていた。


「よいしょー! わっはっは! 見たかこの杵さばき!」


そこには、杵を振り回して餅をつく弥次さんの姿があった。


「……なんだかんだ言って、馴染んでおるのう」 と、藤兵衛が呆れたように言う。

「すごいですね、あの人……」 と、定吉は目を丸くしていた。

「そろそろ次の方と交代を……」 と係の者が声をかけると、


「なにおう〜! わしはまだまだいけるぞぉ〜!」 と、弥次さんがふらりとよろけた。

「おっとっと……」

そのままぐらりと倒れ込み、杵が手から離れて宙を舞う。


「わああああっ!」 と、周囲が騒然となる中——


「すみませんすみません! 大丈夫ですから!」 と、喜多さんが必死に頭を下げていた。

弥次さんはというと、 地面に転がったまま、「ぐお〜〜〜」と鼾をかき始めていた。


「……さて、帰ろうか」 と、藤兵衛は静かに言った。

「はい……」

「ええ……」


三人は、どこか遠い目をしながら、 再び旅籠への道を歩き出した。


― 終 ―

ここまで藤兵衛の旅を読んでいただきありがとうございます。

お伊勢参りができたということで一区切り、とはならず、まだまだ旅は続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ