表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
伊勢の光と、餅の音
49/62

「神の鏡、影の兆し」

神路山と島路山の麓、 五十鈴川のほとりに鎮座する皇大神宮こうたいじんぐう。 天照大御神をお祀りし、 三種の神器のひとつ、八咫鏡やたのかがみを御神体として祀る、 まさに神々の中心とも言うべき場所である。


「さて、内宮では……右側通行、じゃったな」と、藤兵衛が呟くと、三人は五十鈴川に沿って右手に寄りながら歩き出した。

川面には朝の光がちらちらと揺れ、反対側には美しい松の並木が広がっていた。


「……なんとも、清い松よのう」と、藤兵衛が立ち止まり、しばし見上げる。

「枝ぶりが見事ですな。まるで神様の庭のようです」と、権兵衛が感嘆し、

「風が通る音まで、なんか違って聞こえますね」と、定吉も目を細めた。


松の間を縫うように、白砂の参道が続いている。足音が、さらさらと砂利を踏む音だけを響かせ、 言葉少なに、三人はその道を進んだ。


やがて、御手洗場みたらしばが見えてきた。

五十鈴川の清流が、静かに流れている。その水面に手を差し入れると、 冬の冷たさが指先を刺した。

「……冷たいのう」 と、藤兵衛が眉をひそめながらも、両手を清め、口をすすぐ。

「でも、なんだか……しゃんとしますね」と、定吉が手を拭きながら言った。

「身も心も、洗い流されるようですな」と、権兵衛も深く頷いた。


そして、いよいよ正宮・皇大神宮へと至る。

参道の先、玉砂利の奥に、檜皮葺ひわだぶきの御正殿が、静かに佇んでいた。

その姿は、華美ではない。だが、圧倒的な静けさと威厳を湛えていた。


「……ここが、天照大御神の御座所か」と、藤兵衛は自然と背筋を伸ばした。


三人は、玉砂利を踏みしめながら、ゆっくりと前へ進み出る。


そのときだった。


藤兵衛の視界の端に、奥の左手、御垣の向こうに人影が見えた。


(……はて?)


思わず目を凝らす。その人影は、こちらに背を向けて立っていた。


(……あの背中……どこかで……)


ゆっくりと振り返ったその顔は、どこかで見た、赤ら顔。


(ま、まさか……)


その瞬間——



八咫鏡に朝の陽が差し込んだ。

鏡面に反射した光が、まるで一条の光となって、その赤ら顔の人影の背に、後光のように差した。


「……っ!」


まばゆさに、思わず目を閉じる藤兵衛。


一拍ののち、そっと目を開けると—— そこには、もう誰の姿もなかった。


「若旦那、どうされました?」と、権兵衛が小声で尋ねる。

「……いや、今、あの奥に…… 弥次さんのような影が見えた気がしてのう」 と、藤兵衛はひそひそと返す。

「えっ、どこですか?」 と、定吉がきょろきょろと辺りを見回す。

「……わたしには、何も見えませんでしたが」 と、権兵衛も首をかしげる。

「若旦那、やっぱりお疲れなのでは?」

「弥次さんのこと、気にしすぎですよ」 と、二人が口を揃える。

「……そうかのう。そうかもしれんのう」 と、藤兵衛は小さく笑ったが、 胸の奥には、拭いきれぬざわめきが残っていた。


(……まさか、こんな神域にまで……)


だが、今はそれを振り払うように、

「さて、ここからは別宮巡りじゃ」と、藤兵衛は歩を進めた。


神の光と、影の気配。 静けさの中に、何かが潜んでいるような朝だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ