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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
味噌の国、湯の山の空
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「くねくね道と綱の向こうに」

名古屋での商談を終えた藤兵衛一行は、 湯の山温泉を目指して駅馬車に乗り込んだ。


「ここからは、駅馬車で半刻ほどです」 と、案内の者が言う。


「ふむ、近いのう」 と、藤兵衛は気楽な顔で腰を下ろした。


馬車は、最初こそ平地を軽やかに走った。

石畳の音が心地よく、窓の外には秋の田畑が広がる。


「いやぁ、のどかですなぁ」 と、権兵衛がほっとしたように呟く。


だが——


やがて、道はじわじわと傾斜を増し、 馬車は山道へと差しかかった。


「……また、これか」 と、藤兵衛が小さく呻く。


道は、右へ左へと折れ曲がり、 馬車はそれに合わせて、ぐいん、ぐるん、と揺れ始めた。


「うおっ…」

「ひぃぃ…」


藤兵衛と権兵衛は、顔を青ざめさせながら座席にしがみつく。


一方、定吉はというと——

「わー! また来た! 今の曲がりすごい!」

「うわっ、浮いた! 浮きましたよ若旦那!」

と、きゃっきゃとはしゃいでいる。


「……この子は、どこまで元気なのじゃ」 と、藤兵衛は半ば感心しながら、窓の外に目をやった。


紅葉が始まった山肌が、赤や黄に染まり、 その間を縫うように馬車は進んでいく。


「景色は良いのう…ただし、目を開けていられればの話じゃが」 と、藤兵衛は苦笑した。


やがて、馬車は湯の山温泉駅に到着した。


「ふぅ……生きて着いた…」 と、藤兵衛は馬車を降りるなり、深く深呼吸をした。


「空気が…うまい…」

「若旦那、顔色が戻ってまいりましたな」

「いや、まだ胃が揺れておる…」


三人は荷を背負い、温泉付きの旅籠を探して町を歩いた。


「すみませーん、このあたりで三人部屋の空いてる宿は…」 と、定吉が声をかけると、

「ちょうど一部屋、空いてますよ」 と、通りの角にある旅籠の女将がにこやかに応じた。

宿に荷を降ろし、囲炉裏のある広間で一息つく三人。


「いやぁ、いい宿ですねぇ」 と、定吉が畳に寝転がる。


「お湯もよく出ますし、山の幸も揃ってますよ」 と、女将が茶を運びながら話す。


「ところで、女将さん。ここから先は、何か見どころなどありますかな?」 と、藤兵衛が尋ねると、女将は目を輝かせて言った。

「ええ、ございますとも。  この先、藩境まで“綱渡り箱”が通っておりまして、 さらに最近は“綱渡り椅子”という新しい乗り物もできたんですよ」


「綱渡り椅子?」

「はい、箱よりも小さくて、椅子に座ったまま空を渡るんですって。風を感じられて、若い方に人気なんですよ」


「……それは、面白そうじゃのう!」 と、藤兵衛の目がきらりと光った。


「よし、最低限の荷だけ持って、行ってみるぞ!」 と、立ち上がる藤兵衛。


「やったー!」 と、定吉は飛び跳ねる。


「……若旦那の新しい乗り物好きにも困ったものですな」 と、権兵衛は肩をすくめながらも、荷をまとめ始めた。


三人はまだ知らなかった。

この先の空の旅が、また一騒動を呼ぶことを——

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