「鉄の道、城の影、そして水しぶき」
商談を終えた藤兵衛一行は、さっそく話題の鉄道馬車を見に富山駅へと向かった。
「おお、これが…」 と、藤兵衛は目を細める。
鉄の格子のようなレールの上に、馬車の車輪がぴたりと乗っている。
駅馬車のように人が集まるのを待つのではなく、定刻発車とのこと。
「なるほど…決まった道を、決まった時刻に… これなら、荷の到着も読みやすい。商いにも使えそうじゃのう」
商人らしい目線でその利便性に感心する藤兵衛。
「若旦那、目が光っておりますぞ」 と、番頭が苦笑する。
鉄道馬車は、カラコロと軽やかに走り、定刻通りに富山城の近くへ到着した。
富山城は、白壁が美しく、堀の水面にその姿を映していた。
「小田原城に比べると、こぢんまりとしておるが、この静けさがまた、北国の城らしくてよいのう」 と、藤兵衛が感想を述べると、
「石垣の積み方が違いますね!」 と、定吉が目を輝かせていた。
見学を終え、城下の茶屋で一服していると——
「だから飲みすぎだって、弥次さん」
「な~に、大丈夫大丈夫」
……聞き覚えのある声が、隣の茶屋から。
「ま、まさか……」
藤兵衛は、そっと隣の茶屋を覗いた。
そこには—— 顔を真っ赤に染めた、昨日も見たあの男。
「……やはり、おったか」
嫌な予感が、背筋をすうっと撫でていく。 だが、もう遊覧船の時間である。
「……まぁ、まさか船では何も起きまい」 と、自分に言い聞かせながら、藤兵衛は番頭と定吉を連れて乗り場へ向かった。
遊覧船に乗り込むと、船頭が声をかける。
「全員お揃いになるまで、少々お待ちくだされ~」
そして、最後に乗り込んできたのは——
あの二人。
「……これは、絶対何かが起きる」 と、藤兵衛は確信した。
船は静かに川面を滑り出す。 船頭が名所を案内しながら、穏やかな時間が流れる。
「おや、順調ですな」
「このまま何も起きなければよいのですが…」 と、番頭がぽつり。
だが——
「よし、行くぞ!」
突然、弥次さんがばっ!と立ち上がった。
「お客さん! 危ないですから座ってください!」 と、船頭が慌てて声をかけるも、 弥次さんは赤ら顔のまま、両手を広げて叫んだ。
「俺は! 寒中水泳をするんだぁぁぁ!!」
ドボーンッ!!
水しぶきが高く上がり、船内は一瞬で騒然。
「ちょ、ちょっと! 弥次さん!? なんで今!?」 と、喜多さんが顔を真っ青にして立ち上がる。
「すみません! すみません! ほんとすみません! でも放っておいて大丈夫です! あの人、昨日もやってますから!」 と、平謝りの嵐。
「わ~! すごいですね、あの人! ほんとに泳いでる!」 と、定吉は目を輝かせている。
「大丈夫ですかねぇ…」 と、番頭は心配そうに水面を見つめる。
そして藤兵衛は—— 湯呑を手に、ぽつりと呟いた。
「……そういえば、昨日も寒中水泳をしたいと言っておったか。山の池に比べれば、川の水など…まだましじゃのう」
妙に達観した顔で、湯気の向こうを見つめていた。
― 終 ―
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