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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
富山道中 鉄と水と赤ら顔
39/50

「薬と鉄と、静けさの裏に」

立山駅から富山までは、駅馬車での移動となった。 石畳の上をカラコロカラコロと軽快に響く車輪の音。 その心地よいリズムに揺られながら、藤兵衛は静かに目を閉じた。


(さて…商談の段取りは抜かりないが…)


例年通りの取引とはいえ、近年は世の中の流れが早い。 物流の形も、商いの手法も、少しずつ変わってきている。 それに合わせて、こちらも柔らかく、しかし芯を持って臨まねばならぬ。


「若旦那、顔が険しゅうございますぞ」 と、隣の権兵衛がそっと声をかける。


「うむ、少し考えごとをしておった」 と、藤兵衛は微笑み返した。


やがて、馬車は富山駅に到着。 一行は近くの旅籠に宿を取り、ようやく荷を下ろした。


「思えば、今日は盛りだくさんでございましたな…」 と、権兵衛が布団を敷きながら呟く。


「とろり~馬車に始まり、黒部の湖、温泉、弥次さんの池飛び込み、くねくね道に綱渡り箱…」 と、定吉が指を折って数えている。


「……あの騒ぎも、今となっては旅の彩りかのう」 と、藤兵衛は苦笑しながら、帳面を開いた。


明日の予定を確認し、商談の要点を再確認する。


「うむ、これでよし」


三人は、静かに灯りを落とし、深い眠りについた。


翌朝。 旅籠の朝餉は、昆布の佃煮に白粥、そして薬草茶。


「さすがは富山、薬の国じゃのう」 と、藤兵衛は湯気の立つ茶碗を手に、ほっと息をついた。


食後、一行は富山の薬屋へと向かった。 毎年顔を合わせている老舗の商人が、笑顔で出迎えてくれる。


「おお、藤兵衛様、今年もようこそお越しくださいました」


「こちらこそ、変わらぬご厚情、ありがたく存じます」


商談は、終始和やかに、しかし要点はしっかりと。

藤兵衛は、相手の言葉に耳を傾けつつ、 こちらの意向も丁寧に、かつ明確に伝えていく。


「では、今年も例年通りの分量で。ただ、来年以降は、配送の形を少し見直す必要があるやもしれませぬ」


「なるほど、なるほど。確かに、最近は流通の形も変わってきておりますからな」


無事に商談をまとめ終えた藤兵衛は、 ほっと一息つきながら、茶を一口。


「ところで、若旦那。最近、富山では“鉄道馬車”なるものができましてな」 と、商人が話し始めた。


「鉄道馬車?」


「ええ、馬が引くのですが、鉄の道の上を走るのです。富山駅から富山城まで行けましてな。城を見学したあと、遊覧船に乗るのが、今ちょっとした流行でして」


「ほう…それはまた、風雅な」


藤兵衛の胸に、ふつふつと興味が湧いてきた。


(富山城…遊覧船…これは、ぜひ行ってみたいものよのう)



だが——


ふと、脳裏をよぎる二つの影。 赤ら顔と、のんびりした声。


(……いや、まさか。さすがに今回は…)


自分にそう言い聞かせながらも、 藤兵衛は、どこか落ち着かぬ気配を感じていた。


(……いや、いかんいかん。気のせいじゃ。  あれだけの騒ぎのあと、さすがにもう…)


だが、旅慣れた者の勘というものは、 時に、理屈よりも確かである。

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