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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
富山道中 鉄と水と赤ら顔
38/49

「空を渡りて、石仏と柱の山」

美女平に到着した藤兵衛一行。 ここから立山へ向かうには、二つの道があるという。ひとつは、またしてもくねくね道の馬車。 もうひとつは、空を渡る“綱渡り箱”。


「馬車で行くとなると、距離は五倍以上…」 と、係の者が説明するのを聞きながら、 藤兵衛と番頭の権兵衛は、顔を見合わせて即答した。


「“綱渡り箱”で行こう」


「異議なしでございます」


「えー、馬車の方が楽しいのに…」 と、定吉は少し残念そうだったが、


「すまぬ、定吉。わしらの胃袋がもう限界なのじゃ…」 と、藤兵衛が苦笑いでなだめた。


札を求め、乗り場へ向かうと、そこには見慣れた形の“綱渡り箱”。 斜面に沿ってぴんと張られた綱に吊られ、空を渡るあの箱である。


「ふぅ…これなら、くねくねせぬ分、まだましじゃ」 と、藤兵衛は胸をなでおろした。


箱に乗り込み、扉が閉まると、 ごとん、と音を立てて動き出す。

最初はゆっくりと、だが確実に高度を上げていく。 眼下には、深い森が広がっていた。


「おお…これはまた、見事な木々じゃ」 と、藤兵衛は窓に顔を寄せた。

針葉樹の森が、まるで緑の絨毯のように広がり、 その間を縫うように、細い道が蛇のように走っている。


「……あれが馬車道か。見ただけで酔いそうじゃ」 と、藤兵衛は背筋をぞくりと震わせた。


ふと、右手の窓の外に目をやると、 岩の上にぽつんと佇む石仏の姿が見えた。


「おお…あれは…」


藤兵衛は、そっと手を合わせた。


「どうか、無事に富山まで辿り着けますように…  そして、あの二人が、できれば静かでありますように…」


風が箱を揺らすたびに、心臓がひやりとする。 だが、眼下の景色はそれを忘れさせるほどに美しかった。


やがて、進行方向の先に、奇妙な光景が現れた。 柱のような岩が、幾重にも折り重なっている。


「おおっ、あれは…」


「まるで、石でできた竹林のようですな」


「すごい…積み木みたい!」


「自然とは、かくも不思議なものを生み出すのじゃのう…」 と、藤兵衛はしみじみと呟いた。


空を渡ること半刻。 “綱渡り箱”は、ゆっくりと立山駅に滑り込んだ。


「ふぅ…無事に着いたか」 と、藤兵衛は胸を撫で下ろした。


「さぁ、ここからは駅馬車で富山へ向かいますぞ」 と、番頭が声をかけると、


「やっと地に足がついたー!」 と、定吉がぴょんぴょんと跳ねていた。


藤兵衛は、最後にもう一度、空を見上げた。 青空の下、綱が風に揺れていた。


「さて、富山の商談、うまくいくとよいがのう…」


そう呟きながら、藤兵衛は駅馬車の方へと歩き出した。

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