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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
蕎麦と薬と、雲の上の湯
34/45

「銀世界、雷鳥、そして静けさの湯」

“綱渡り箱”が山頂の駅に滑り込むと、扉が開いた先には


—— まばゆいばかりの銀世界が広がっていた。

「おおお……」 三人は思わず声を漏らし、しばし言葉を失った。

白銀に染まった山肌、きらきらと輝く雪面、 空は澄み渡り、雲ひとつない青が広がっている。

まるで、天と地の境が溶け合ったような、幻想的な光景だった。


「これは…まるで、別の国に来たようじゃのう…」 と、藤兵衛は息を呑み、

「雪って、こんなにきれいなんですね…」 と、定吉は目を輝かせた。


そのとき——

「ピィー…ピュルルル…」

どこからともなく、澄んだ鳥の鳴き声が響いた。

三人が音の方へ目を凝らすと、 雪の中に、ぽつんと佇む一羽の鳥の姿があった。


「おおっ、あれは…雷鳥ではないか?」

「雷鳥? あの、めったに見られないという…?」

「うむ、雪の精のような鳥じゃ。見られた者には幸運が訪れるとも言う」

雷鳥は、こちらを一瞥すると、ふわりと雪の中に姿を消した。

その一瞬の出会いに、三人は胸を打たれた。


「……これは、良い旅になる予感がするのう」 と、藤兵衛はそっと呟いた。


さて、ここからは日ノ本一高い温泉を目指す。

“綱渡り箱”の駅からは、二町ほどの道のり。

だが、その道は雪に覆われ、すぐ脇には凍てついた池が広がっている。


「こ、これは…落ちたら命に関わるのでは…」 と、番頭が顔を引きつらせる。

「滑らぬよう、足元に気をつけて進むのじゃ」 と、藤兵衛が声をかける。


雪は深く、足を取られるたびに体力が削られていく。

ときおり足を滑らせて、

「うわっ!」

「おっとっと!」

と、声を上げながらも、三人は慎重に、慎重に歩を進めた。


「二町って、こんなに遠かったですかね…」

「いや、これはもう十町分の疲れじゃ…」


ようやく温泉宿の湯けむりが見えたとき、三人はどっとその場にへたり込みそうになった。


「ふぅ…生きて着いた…」

「温泉…温泉…」

「もう、雪はしばらく見とうない…」


宿に入り、湯殿へと案内されると、 そこには岩に囲まれた露天の湯が、湯気を立てて待っていた。

「うおぉぉぉ……」 と、三人は声を揃えて湯に身を沈めた。

冷え切った体が、じんわりと温まっていく。

冷や汗も、雪の冷たさも、すべてが湯に溶けていくようだった。


「これぞ、旅のご褒美じゃのう…」

「極楽…極楽です…」

「雷鳥にも会えたし、温泉にも入れたし、今日は完璧ですね!」


だが——


湯に浸かりながら、藤兵衛はふと眉をひそめた。

(……おかしい)

(ここまで、何も起きておらぬ……)

(あの二人が、静かにしているなど……そんなことがあるものか?)


湯けむりの向こうに、何かが潜んでいるような気がしてならなかった。

「……まさか、湯船の底から出てくる、なんてことはあるまいな……」

藤兵衛は、湯の中でそっと足を引き寄せた。

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