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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
蕎麦と薬と、雲の上の湯
31/46

「信州の香り、富山の知恵」

「いやはや、信州の秋風は、やはり格別じゃのう」


藤兵衛は、信州の町並みを歩きながら、鼻をくすぐる蕎麦の香りに思わず足を止めた。

今回の旅は、信州の新たな商家との初めての商談。

海月屋としても、これからの取引の要となる大事な場面である。


「海月屋の品は、江戸でも評判と聞いております」

「ありがたきお言葉。こちらの蕎麦粉も、香り高く、品がある。ぜひとも扱わせていただきたい」


商談は終始和やかに進み、双方の信頼が芽吹くような、実りあるひとときとなった。

「これでまた、ひとつ縁がつながったのう」

と、藤兵衛は満足げに蕎麦をすすりながら、次の目的地・富山へと思いを馳せた。


「さて、富山の薬問屋へ向かうとするか。毎年この時期に顔を出すのが恒例となっておる」


すると、信州の商人がふと口にした。

「そういえば、若旦那。立山連峰を越える新道が開通したそうですぞ」

「ほう、新道とな?」


「“とろり~馬車”という新しい乗り物ができましてな。

 それに乗れば、立山の中腹まで楽に行けるとか。

 そこからは、箱根で乗られたという“綱渡り箱”で山頂近くまで。

 さらに進めば、富山方面へ抜ける馬車も通っております」


「なんと…! 立山を越えて富山へ…それはまるで、空と山と地をつなぐ旅ではないか!」


藤兵衛の胸に、久しく感じていなかった高揚感が湧き上がる。

「しかも、山頂付近には“日ノ本一高い温泉”があると聞きましたぞ」

「なにぃ!? それは…行かぬ手はあるまい!」


その夜、藤兵衛は宿の囲炉裏端で、番頭と丁稚に旅程を語った。

「信州から富山へ、立山を越えて行く。途中には空を渡る箱、そして雲の上の湯。

 これはもう、商談と旅の妙味、両方味わえる道中じゃ」


「若旦那、まるで童のような目をしておられますな」

と、番頭が笑えば、

「温泉! 温泉! 山のてっぺんって、どんな景色なんでしょう!」

と、定吉もはしゃいでいた。


「ふふ、よいか、旅とはな、道中にこそ宝があるのじゃ。

 それを見つける目と、楽しむ心を忘れるでないぞ」


こうして、藤兵衛一行は、信州の蕎麦の香りを背に、

立山連峰を越え、富山の薬の知恵へと向かう旅路へと足を踏み出した。

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