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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
箱根綱道中 湯けむり越えて
28/50

「曲がり道と斜めの箱と、赤ら顔の行方」

小田原城の見事な天守を後にした一行は、駅馬車に揺られて強羅を目指すこととなった。


乗合馬車には十人ほどが乗り合わせており、藤兵衛たちは三人並んで腰を下ろした。

「ふぅ、ここからは山道じゃ。揺れが増すぞ、しっかりつかまっておれよ」 と、藤兵衛が声をかけると、定吉は「はいっ!」と元気よく返事をした。


馬車が動き出すと、案の定、道はくねくねと曲がりくねり、左右に大きく揺れる。

「うぅ…これはなかなか…」 と、藤兵衛は額に汗をにじませ、内心の動揺を隠すのに必死だった。

そんな中、定吉はというと、窓の外を眺めながら、

「おや、後ろでお酒を呑んでる人がいますね。大丈夫かなぁ」 と、のんきな声を上げた。


「なに…?」

藤兵衛がふらつく頭をなんとか持ち上げて後ろを振り返ると、 そこには、顔をほんのり赤く染めた男が一人。


「……弥次さん……」


その姿を見た瞬間、藤兵衛の中で警鐘が鳴った。

(これは…何かやらかすぞ。いや、やらかさぬはずがない)


だが、今はそれどころではない。

馬車の揺れは容赦なく、藤兵衛の胃袋を翻弄し続ける。

「うぅ…このままでは、わしが厠に駆け込む羽目になるやもしれぬ…」


ようやく強羅に到着すると、藤兵衛はふらふらと馬車を降り、深く深呼吸をした。

「ふぅ…地に足がつくとは、かくもありがたいものか…」


そのとき、後ろから一人の男が足早に駆け出し、近くの厠へと飛び込んでいった。

「……あれは……弥次さん?」

どうやら、酒を呑んで余裕そうに見えた弥次さん、 実は馬車の揺れにやられていたらしく、今まさに“戻し”の最中であった。

「まったく…毎度毎度、よう飽きぬものよのう」 と、藤兵衛は呆れ半分、安堵半分で首を振った。


気を取り直し、一行は“綱引き箱車”の駅へと向かった。

切符を買い、乗車場へ進むと、そこに現れたのは見慣れぬ形の箱。

「おお、これはまた…斜めじゃ」

箱は斜面に沿って傾いた形をしており、前方には太い綱がしっかりと結ばれている。


「なるほど、これで引っ張られて登るのか。まるで山の中の駕籠かごじゃな」


発車時刻になると、係の者が「扉を閉めます」と声をかけ、箱の扉が閉じられた。

ごとん、と音を立てて動き出す箱。

ゆっくりと、しかし力強く、急坂を登っていく。


藤兵衛は車内を見渡した。

「……あの二人は…おらぬな」


どうやら、弥次さんは厠から戻れず、乗り遅れたらしい。

「ふふ、今回は静かに登れそうじゃ」

窓の外には、緑の山肌と、遠くに霞む町並み。

綱に引かれて登るこの不思議な箱の中で、藤兵衛はようやく心を落ち着けた。

(さて、大涌谷ではどんな景色が待っておるかのう…)

だが、旅とは油断したときにこそ、何かが起こるもの。 それを、藤兵衛はまだ知らぬ。

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