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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
箱根綱道中 湯けむり越えて
27/59

「鴨嘴は風のごとく、小田原にて声がする」

慰安旅行の朝。 江戸の駅に集まった海月屋一行は、揃いの羽織をひらめかせながら、鴨嘴の乗り場へと向かった。

「おお、これが鴨嘴か…まるで鉄の龍ですね」 と、丁稚の定吉は目を輝かせ、

「こいつが馬車の代わりになるとは、時代も変わったもんですな」 と、番頭の権兵衛も感心しきり。

藤兵衛は、手にした切符を見てふと眉をひそめた。

「十六両目、イの一からイの三…むむ、イの一とは…」


過去の旅路が脳裏をよぎる。

“イの一”が付くとなぜか現れるあの二人。

だが、今回は番頭と丁稚が両脇に座っている。

「さすがに、今回は遭わぬじゃろう…たぶん…いや、きっと…」 と、心の中で自らに言い聞かせる。


やがて鴨嘴が動き出すと、車窓の景色が風のように流れ始めた。

「うわぁ! 速い! 馬車の十倍はありますよ!」 と、定吉は窓に張りついて大はしゃぎ。

「こりゃあ、商いも早くなるわけですな…」 と、権兵衛も思わず笑みをこぼす。


藤兵衛は、そんな二人の様子を微笑ましく見守りながら、

「こうして皆で旅に出るのも、なかなか良いものじゃのう」 と、心の中でつぶやいた。


半刻も経たぬうちに、鴨嘴は小田原に到着。

「えっ、もう着いたんですか!?」 と、定吉は名残惜しそうに座席を撫でていた。

「帰りにも乗るのじゃ。楽しみは取っておくものよ」 と、藤兵衛が宥めると、

定吉は「はいっ」と元気よく頷いた。


一行は小田原城へと向かい、その堂々たる姿に見入った。

「これが天下の堅城か…石垣の曲線がまた見事じゃ」 と、

藤兵衛は天守を見上げながら、心の奥がくすぐられるのを感じていた。


そのとき——


「おい、喜多さん、小田原といえば蒲鉾だろ、早速買いに行くべ」

「弥次さん、待ってくれよ、そんなに走るとまた転ぶってば」


……どこかで聞いたことのある、いや、聞き慣れた声。

藤兵衛は、ゆっくりと顔をそちらに向けた。

(まさか…いや、まさか…)

定吉は蒲鉾の屋台に目を輝かせ、権兵衛は城の石垣に見入っている。

その横で、藤兵衛は静かにため息をついた。

(旅というものは、やはり一筋縄ではいかぬものよのう…)

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