「塔の風、そして無限階段の怪」
動く階段を最後まで登りきると、目の前にそびえるは、江の島の展望塔。
白く輝くその姿は、まるで空へと伸びる灯台のようであった。
「おお、あれが噂の塔か。あの上からの眺めは、さぞや見事であろうな」
近づいてみると、塔の内部には螺旋状の階段がぐるぐると天へと続いていた。
「むむ、また階段か…しかも今度は己の足で登れと申すか」
額に汗をにじませながら、藤兵衛は一段一段、きしむ膝をなだめつつ登っていく。
「これも修行、これも修行…じゃが、ここも動く階段にしてくれればのう…」
と、ぶつぶつ言いながらも、ようやく頂上へとたどり着いた。
そこに広がっていたのは、まさに絶景。
三方を囲む青い海。遠くに浮かぶ白い帆。
北を見やれば、水族館の丸い屋根と、駅馬車の停まる広場が小さく見える。
強い日差しに目を細めながらも、海風が汗を乾かし、心地よい涼を運んでくれる。
「ふぅ…登った甲斐はあったのう」
しばし、近くを舞う鴎の群れを眺め、潮騒に耳を傾ける。
時間がゆっくりと流れる、そんなひとときだった。
やがて、名残惜しさを胸に塔を降り、再び地上へ。
「帰りも動く階段が使えれば、どれほど楽か…」 と、思いながら、
足を引きずるようにして動く階段の出口付近を通りかかった、
そのとき——
ぶお~、ぶお~!
突如、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「な、なんじゃ、火事か? いや、まさか…」
慌てて出口から中を覗き込むと、目に飛び込んできたのは、 階段を逆走する、見覚えのある赤ら顔の男。
「弥次さん、危ないからやめなって!」
「大丈夫大丈夫、このまま行けるぞ~!」
……やはり、あの二人であった。
「また酒でも引っかけおったな…」 と、藤兵衛は額を押さえつつ、遠巻きに見守る。
そのとき、弥次さんが振り返って何か言おうとした瞬間—— ズルッ!
「おわっ!」
弥次さんの足がもつれ、見事に転倒。
ごろん、ごろん、ごろん……
だが、そこは“動く階段”。
転がる弥次さんを、階段は容赦なく上へ上へと運び続ける。
「いってぇ!……でも、ちょっと楽しいかも……いや、痛っ! あはははっ!」
まるで無限に続く笑いと痛みのループ。
周囲の見物人は騒然となり、係員が慌てて駆け寄る。
喜多さんは冷静に係員へ事情を説明し、階段を止めるよう頼んでいた。
「ま、あの二人のことじゃ。なんとかなるじゃろ」 と、
藤兵衛は肩をすくめ、塔を背にして歩き出した。
潮風に吹かれながら、島をぐるりと一巡り。
海のきらめき、鳥のさえずり、そして海月の記憶。
心地よい疲れとともに、藤兵衛は江の島を後にした。
― 終 ―
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