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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
海月の宇宙と無限階段
25/43

「塔の風、そして無限階段の怪」

動く階段を最後まで登りきると、目の前にそびえるは、江の島の展望塔。

白く輝くその姿は、まるで空へと伸びる灯台のようであった。


「おお、あれが噂の塔か。あの上からの眺めは、さぞや見事であろうな」


近づいてみると、塔の内部には螺旋状の階段がぐるぐると天へと続いていた。

「むむ、また階段か…しかも今度は己の足で登れと申すか」

額に汗をにじませながら、藤兵衛は一段一段、きしむ膝をなだめつつ登っていく。

「これも修行、これも修行…じゃが、ここも動く階段にしてくれればのう…」

と、ぶつぶつ言いながらも、ようやく頂上へとたどり着いた。


そこに広がっていたのは、まさに絶景。

三方を囲む青い海。遠くに浮かぶ白い帆。

北を見やれば、水族館の丸い屋根と、駅馬車の停まる広場が小さく見える。

強い日差しに目を細めながらも、海風が汗を乾かし、心地よい涼を運んでくれる。


「ふぅ…登った甲斐はあったのう」


しばし、近くを舞う鴎の群れを眺め、潮騒に耳を傾ける。

時間がゆっくりと流れる、そんなひとときだった。


やがて、名残惜しさを胸に塔を降り、再び地上へ。

「帰りも動く階段が使えれば、どれほど楽か…」 と、思いながら、

足を引きずるようにして動く階段の出口付近を通りかかった、


そのとき——


ぶお~、ぶお~!


突如、けたたましい警告音が鳴り響いた。

「な、なんじゃ、火事か? いや、まさか…」

慌てて出口から中を覗き込むと、目に飛び込んできたのは、 階段を逆走する、見覚えのある赤ら顔の男。


「弥次さん、危ないからやめなって!」

「大丈夫大丈夫、このまま行けるぞ~!」


……やはり、あの二人であった。

「また酒でも引っかけおったな…」 と、藤兵衛は額を押さえつつ、遠巻きに見守る。


そのとき、弥次さんが振り返って何か言おうとした瞬間—— ズルッ!

「おわっ!」

弥次さんの足がもつれ、見事に転倒。

ごろん、ごろん、ごろん……


だが、そこは“動く階段”。

転がる弥次さんを、階段は容赦なく上へ上へと運び続ける。


「いってぇ!……でも、ちょっと楽しいかも……いや、痛っ! あはははっ!」


まるで無限に続く笑いと痛みのループ。

周囲の見物人は騒然となり、係員が慌てて駆け寄る。

喜多さんは冷静に係員へ事情を説明し、階段を止めるよう頼んでいた。


「ま、あの二人のことじゃ。なんとかなるじゃろ」 と、

藤兵衛は肩をすくめ、塔を背にして歩き出した。


潮風に吹かれながら、島をぐるりと一巡り。

海のきらめき、鳥のさえずり、そして海月の記憶。

心地よい疲れとともに、藤兵衛は江の島を後にした。

― 終 ―

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