「橋を渡れば、夏の気配と再会の兆し」
海月の宇宙をたっぷりと堪能した藤兵衛は、展示室を出るとすぐに館長のもとへ向かった。
「いやはや、まことに見事な展示でござった。あれは…言葉では尽くせませぬな」
と、感動を余すところなく伝えると、館長は目を細めて喜び、
「藤兵衛殿のご協賛があってこそ。まさに“海月屋”の名にふさわしい展示となりました」
と、固く握手を交わした。
水族館を後にし、潮風に吹かれながら歩いていると、ふと耳にしたのは「江の島神社」の名。
「ほう、神社があるとな。せっかくじゃ、参っていこうかのう」
そう思い立ち、江の島へと続く大きな橋を渡り始めた。
一歩、また一歩と進むたびに、江の島の姿が少しずつ大きく、近くなっていくように感じられる。
潮の香りとともに、陽射しも強くなり、額に汗がにじむ。
「ふぅ…これはなかなかの陽気じゃ。喉も乾いたし、ひと休みとするか」
島に渡ると、ちょうど道端に茶屋が見えた。
暖簾をくぐり、団子と茶を頼むと、涼しい風が吹き抜けて心地よい。
「神社へはこの先の階段を登ればよいのですか?」 と、茶屋の娘に尋ねると、
「はい、まっすぐ行って石段を登ればすぐです。でも…」 と、娘はにっこり笑って続けた。
「最近は“動く階段”ってのができまして。楽に登れますよ」
「なぬ? 動く階段とな? まさか、あの横濱博覧会で見た“動く歩道”の親戚か?」
と、藤兵衛は目を丸くした。
団子を食べ終え、茶をすすりながら、動く階段への興味をふくらませていると——
隣の茶屋から、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
「喜多さんよ、ここには歩く階段があるってよ」
「それをいうなら弥次さん、動く階段でしょう」
……はて、この声は……?
藤兵衛の手が、茶碗の途中でぴたりと止まる。
額の汗が、団子の蜜よりも甘く感じられたのは、気のせいではなかった。




