「潮風とともに、いざ江の島へ」
初夏の風が、江戸の町にもそろそろ顔を出し始めたころ。 深川の問屋「海月屋」の若旦那、藤兵衛は、朝から帳簿とにらめっこしていた。
「ふむ、ここの仕入れは…いや、こっちの方が安いか。いや待て、あちらの品は質が…」 と、独り言をつぶやきながら筆を走らせる姿は、まるで水面に浮かぶ海月のように、ふわふわとしながらも芯がある。
そんな折、江の島の水族館から一通の文が届いた。 「新たに海月の展示を始めることとなりました。貴殿の屋号にちなみ、ぜひご協賛を…」
「ほほう、これは面白い。海月屋の名にかけて、ぜひとも一肌脱がねばなるまい」 と、藤兵衛はすぐさま返書をしたため、協賛金を包み、さらに問屋仲間や仕入れ先にまで声をかけて宣伝に奔走した。
「江の島の水族館にて、海月の舞が始まるぞ! 見逃す手はないぞい!」 と、商人仲間の集まりでは、まるで口上師のように語り、 「海月屋の名が水族館に刻まれる日も近いかのう…ふふふ」 と、ひとりほくそ笑む姿は、どこか愛嬌があった。
だが、日々の商いに加えての宣伝活動は、さすがの藤兵衛にも堪えた。 「ふぅ…まるで潮の流れに逆らって泳ぐ鯉のようじゃ…」 と、夜な夜な帳場でうたた寝することもしばしば。
そんなある日、水族館の館長から文が届いた。 「開幕前に、特別に展示をご覧いただきたく…」
「おお、これはありがたい! では、次の休みにでも…」 と、藤兵衛は久方ぶりの休日を、江の島で過ごすことに決めた。
「さて、どのような展示になるかのう…」 と、心躍らせながら、旅支度を整える藤兵衛。 だが、彼の旅に“あの二人”が現れぬはずもなく…。




